0166.寄る辺ない身
ファーキルは、魔術による防衛を外国のサイトで知って衝撃を受けた。
この地方では、魔法の助けがなければ生き延びられないのだ。
……ずっと、国ぐるみで助けてもらってるのに、何でだよ。
アーテル共和国は、西隣のスクートゥム王国とは国交がない。純粋な魔法文明国だからだ。
国民は恩恵に与りながら、それを知ろうともせず、魔術を毛嫌いし魔法使いを見下す。
ファーキルも、違法な手段で外国のサイトを見るまで、自分たちが魔法使いに守られるとは知らなかった。
辺りを見回した。寒風吹き荒ぶ丘には、痩せた中学生の他ひとつも人影がない。
コートの内ポケットを探る。
目立たない場所に自分で付け足した小さなポケットだ。
中身を取り出し、掌に乗せた。
淡い光を宿した小さな水晶だ。
小学生の頃、防空壕跡で遊んだ時にみつけた。誰にも内緒で今も大切に持つ。
ある日、その表面にびっしり刻まれた模様が細かい文字だと気付いた。
最近ふと思いついてネットで調べた。
刻まれた文字は、力ある言葉……魔力の制御コードで、これは【魔力の水晶】だとわかった。
旧ラキュス・ラクリマリス共和国時代は普通に流通したが、現在のアーテル共和国では、禁制品に指定される。
【魔力の水晶】は二種類ある。
ひとつは、単に魔力を蓄積するだけの充電池のようなもの。魔法の道具などに組込んで使う。
力ある民なら、手に握って自分の魔力に上乗せして使える。
力なき民は同じことをしても、単独では魔法を使えない。力ある民と共に同じ呪文を唱和し、その補助になれるだけだ。
もうひとつは、魔力を蓄積し、それを使う作用力も一時的に与える補助具。
力なき民でも、これを握って呪文を正しく唱えれば、一人で魔法が使える。
今、ファーキルの手にあるのは後者だ。
コートの内ポケットには、呪文を書き写した手帳もある。
どちらも警察に見つかれば、子供でも逮捕されるキケンな代物だ。
ファーキルは、【水晶】をポケットに仕舞うと丘を降りた。
帰宅したが誰も居ない。その方が好都合だ。
ファーキルは父の部屋に入り、タブレット端末をプリンタに接続した。
これまでのいじめの証拠を印刷する。何度も用紙を足し、刷り終えると分厚い束になった。
自室に戻り、時系列に並べてファイルに綴じる。
ファーキル自身のことが六冊。
他のいじめられっ子が酷いことをされる動画や、掲示板のアドレスなどのまとめは二冊になった。
彼らは、ファーキルの外見がパッとしないことから学力が低いと思い込んだ。
容姿と学力は連動しない。「頭よさそうな雰囲気」と「実際の知能の高さ」は、必ずしも一致しない。
だが、イメージを鵜呑みにする彼らには、現実が見えなかった。
ファーキルは、授業中にSNSやゲームをせず、普通に勉強しただけだ。
帰宅後も、普通に予習や宿題をするだけで、塾や家庭教師は利用しない。
長時間ネットに張り付かず、日付が変わる前にタブレットの電源を落とす。
ただそれだけで、進路指導では、担任や指導教諭から「どこの高校でも進学できる」と太鼓判を押された。
ファイルを学習机に積み重ねる。
端末を充電器に繋いで、その横に置いた。
通学鞄から教科書とノートを出して本棚に移す。
代わりに、少しの着替えと下着、タオル、懐中電灯と電池、折り畳み傘、筆記具とカッター、水筒と保存食、数日前に自分名義の口座から払戻した全財産を詰め込んだ。
念の為、共通語の辞書だけ鞄に戻す。
呆気ないくらい簡単に準備が終わった。
ファーキルの両親は、同級生と同種の生き物だ。
中学に入ってすぐ、学校の事を相談したが、息子であるファーキルを責め、見当違いな助言を与えた。
「いじめられる者には、それなりの原因があるもんだ。自分の悪い所を反省して改善するんだ。いいな?」
「もっと要領良く、みんなと同じにしないから、いけないのよ」
「いじめられるような子に育って情けない。ホントに俺の子か?」
「いつもニコニコ明るくして周りから浮かないようにすれば、いじめられなくなるから、ねっ?」
それ以来ずっと、家を出る機会を窺い続けた。
父は明日から出張で、始発の飛行機でラニスタ共和国へ行き、母は空港まで見送りに行く。
ファーキルは心を落ち着け、いつもと同じ態度で時を待った。
☆魔術による防衛……「0165.固定イメージ」参照
☆違法な手段で外国のサイトを見る……「162.アーテルの子」参照
☆学校の事……「0162.アーテルの子」~「0165.固定イメージ」参照




