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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1610.食害された畑

 「ファーキルさん、お久し振りです」

 「あ、お久し振りです。お元気でしたか?」

 話し掛けてきた難民の明るい笑顔には、確かに見覚えがある。ファーキルは、当たり障りのない挨拶を交わしながら、記憶を手繰った。


 力なき民の若者はモルコーヴ議員にも挨拶し、ファーキルに向き直る。

 「こんなとこで珍しいって言うか、バザー以来じゃないですか?」

 「そうなんですよ。こっちに来るのは初めてで……」

 夏のバザーで一日中、一緒に店番した若者だ。

 レノ店長から助言を受け、売り方を工夫した。


 「この子、誰?」

 中学生くらいの少女が、明らかに身形(みなり)のいいファーキルを(いぶか)しげに見る。

 「インター……なんとかって奴でバザーの宣伝や、寄付集めしてくれてる人」

 「初めまして、ファーキルって言います」

 「あなたがファーキルさん……あ、初めまして。私はアルシオーンです」

 表情を改めて名乗った金髪の少女は、ファーキルに無遠慮な視線を向けた。


 第一区画の第五集会所の前に人が集まって来る。

 「モルコーヴ先生! こんにちは」

 「看護師さんが、抗生物質がまた足りなくなったって言ってました」

 「この間キャベツ蒔いたんですけどね」

 「それから、熱冷ましと傷薬と血圧のお薬と、それからえーっと、何だっけ?」

 「芽が出た途端、あっという間に芋虫が食べ尽くしてしまって」

 「とにかくお薬が全然足りないんです」

 「紋白蝶があんなにキャベツ食べるなんて知りませんでしたよ」

 「モルコーヴ先生、農薬か何か都合つきませんか?」

 「真実を探す旅人さんにお薬もっともらえないか、お伝え願えませんか?」


 モルコーヴ議員は瞬く間に囲まれ、ファーキルと茶髪の若者、金髪のアルシオーンは人垣から弾き出されてしまった。


 ……薬、あんなにいっぱい買っても、まだ足りないんだな。


 真実を探す旅人のアカウントで稼いだ広告収入は、毎月ほぼ全額を医薬品の購入に充てる。

 ファーキルには何の免許も資格もない為、購入はマリャーナを通じ、総合商社パルンビナ株式会社が代行する。


 一度、薬師(くすし)アウェッラーナに一カ月分の納品書を見てもらった時、何もかも足りないが、血圧降下剤に限っては、アガート病院の一カ月分と同じくらいの量だと言われた。


 地方都市に立地する中規模病院並の入荷では、四十万人以上の難民に対して、焼け石に水にもならないのだ。



 「あ、そうだ。今日は辞書を届けに来たんです」

 「辞書? 食べ物じゃないんですね?」

 若者が、ファーキルの説明に肩を落とす。

 「子供たちの勉強にって、まとまった寄付があったんです」

 茶髪の若者は気を取り直し、集会所の扉を開けた。

 「辞書が届きましたよー!」

 「辞書?」

 集会室から落胆の空気が漏れる。

 ファーキルは努めて明るい声で、教材と学習会の説明をした。


 話が終わっても、モルコーヴ議員は人垣から出られそうもない。

 「ちょっと畑の視察に行ってもいいですか?」

 赤毛の亡命議員は難民の要望を聞きながら、一瞬、ファーキルに顔を向けて頷いた。茶髪の青年が、人垣からファーキルに視線を戻す。

 「視察? 畑を見てどうするんです?」

 「芋虫の食害が酷いって聞こえたんで、写真を撮って、農業の【畑打つ雲雀(ヒバリ)】学派や、虫の専門家に見てもらって、対策を相談します」

 「俺、案内しますよ」


 ファーキルは二人について、不規則に並ぶ丸木小屋の隙間を縫う細道を歩いた。アルシオーンの上着の背中と裾には、呪文と呪印の刺繍がある。茶髪の若者は、後ろ姿も無地だ。



 角を曲がると、急に視界が開けた。

 丸木小屋四棟分くらいの畑だ。黒土の(うね)が並ぶ空間の中央で、柵に囲まれた大木が悠然と立つ。

 ファーキルは、目のない樹木に見下ろされるような威圧感を覚えた。


 畑には整然とした畝があるだけで、作物は何ひとつない。

 「一晩でみんな食べられちゃったんです」

 「えぇッ?」

 「隣の畑は鹿にやられたって言ってました」

 「夜中にトイレに行った人が見たそうです」

 二人は驚くファーキルに構わず、断片的な情報を寄越す。


 プロの農家が居ない森林で畑を守るのは、想像以上に大変らしい。


 「隣の畑は、芋虫にやられなかったんですか?」

 「畑を【簡易結界】で囲んでたそうですよ」

 金髪のアルシオーンが、こちらもそうすればよかったと悔しがる。

 「魔法、使えるんですね?」

 「えぇまぁ【簡易結界】とかは普通に……呪文の意味をよく考えたら、害虫も防げるって気付けたのに、ダメですね」

 「呪文の意味?」

 茶髪の青年が聞くと、力ある民のアルシオーンは湖南語で(そら)んじて見せた。


 「()の輪 天なり 六連星(むつらぼし) 満星(みつぼし)巡り

  輪の内 地なり 星の(かき) 地に(めぐ)

  垣の内 呼ばぬ者皆 立ち去りて 千万(ちよろず)昆虫除(はうむしの)けて

  雑々(かずかず)妖退(あやししりぞ)け 内守(うちまも)れ (たい)らかなりて (しず)かなれ」



 千万(ちよろず)昆虫除(はうむしの)けて



 ……いや、これ、わかんないだろ……力ある民なら、わかって当たり前?


 力なき民のファーキルは、魔法使いのアルシオーンを何と言って慰めたものやらわからず、話を逸らした。

 「えっと、去年はどうだったんですか?」

 「去年もらったのは南瓜の種だったんで、ここまで酷いコトにはならなかったんです」

 茶髪の青年が草一本ない畑を見遣り、傷だらけの革靴が(うね)の間をゆっくり進む。


 「害虫は【簡易結界】で防げるって教えてもらえし、こういう柵で囲めば鹿」

 大木を囲む柵に触れた青年は、振り向き掛けた姿勢で動きを止めた。

 彼の口から細い声が漏れる。


 「柵……重ね……淋しい……」


 「あッ! ちょッ……ゲルディウス! しっかりして!」

 アルシオーンが顔色を変えた。

 叫びを聞きつけ、集まった難民たちが畑を遠巻きにする。


 アルシオーンは黒土を蹴ってゲルディウス青年に駆け寄った。茶髪の青年の膝から力が抜け、糸が切れた操り人形のようにへたり込む。

 「ゲルディウス! 戻って来て!」

 アルシオーンが青年の両肩を掴んで揺さぶるが、全く反応がない。金髪の少女が青年の腕を引っ張り、強引に立たせようとするが、びくともしなかった。


 ファーキルも手伝おうと一歩踏み出す。


 「来ちゃダメ! 誰か、魔法使いの人、呼んで下さい!」

 アルシオーンに叫ばれ、ファーキルは細道から不安げに見守る顔を見回した。


 ……力ある民ったって、モルコーヴ先生じゃ、腕力足りないよな?


 他に魔法使いの心当たりはない。

 野次馬の服には、呪文も呪印もなかった。

☆バザー以来/一緒に店番した若者……「1140.自活力の回復」「1141.帰らない日々」参照

☆アガート病院……「0005.通勤の上り坂」「0006.上がる火の手」参照

☆教材と学習会……「1598.届かない教育」「1599.手に入る教材」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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