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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

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1605.自習できない

 「ネモラリスって、本を買うのにいちいち身分証がいるんですか?」

 エレクトラが、クラピーフニク議員に疑わしげな目を向けた。


 リストヴァー自治区出身のアミエーラとサロートカは勿論(もちろん)、魔法の本など見たことがない。

 アミエーラは、ラクエウス議員を見たが、半世紀の内乱前に生まれた彼も知らないらしく、若手議員を見詰めて答えを待つ顔だ。


 魔法使いのクラピーフニク議員は、当たり前だと言いたげに頷いた。

 「僕は国会議員だけど、魔法使いとしては、家事とかで使う【霊性の鳩】学派をちょっと齧っただけの素人なんで、身分証なしだと売ってもらえません」

 「万引きしたってページが開かないからね」

 運び屋フィアールカは、エレクトラに意地の悪い笑みを向けた。金髪の少女が、困った顔で隣の同僚を見る。

 タイゲタは、眼鏡を掛け直して、代わりに聞いた。

 「ページが開かない? ネモラリスって、紙の本しかないんですよね?」

 「そんなチャイルドロックみたいなコト」

 アルキオーネも、信じられないと言いたげに緑髪の運び屋を見た。

 「紙の本だからできるのよ。【渡る白鳥】学派の【禁止】の術」

 「禁止……? それで、どうなるんです?」


 「本屋さんが合言葉で解除しない限り、ページが開かないの」

 「購入時だけじゃありません。もうひとつ【制約】の術で条件付けしてあって、十八歳未満の子供だけで読もうとしても、ページが開かないんです」

 キルクルス教社会出身者たちは、魔法使いの二人の説明に言葉もなく頷いた。



 アルキオーネが気を取り直して聞く。

 「つまり、教科書だけ手に入っても、自習できないってコトですか?」

 「保護者か、免許を持てるような魔法使いが傍に居れば、自習でも読めるんですけどね」

 「どうしてそんな面倒なコトを?」

 エレクトラが(いぶか)る。

 「魔力の扱いを誤れば、大変なコトになるからよ。それこそ、キルクルス教徒が()しき(わざ)って呼ぶ通り」

 「指導者の居ない所で練習すると、危ないからね」


 アミエーラの魔法の練習には、歌手オラトリックス、ピアノ奏者スニェーグ、呪医セプテントリオー、それに【編む葦切(ヨシキリ)】学派の縫製職人の誰かが、必ずついてくれる。

 魔法の刺繍は、まだ力なき民でもできる作業しかさせてもらえないが、呪歌は、自前の魔力で実際に術を行使するところまで進んだ。


 力なき民でも【魔力の水晶】があれば、【癒しの風】や【道守り】などは行使できる。


 ……あれって、そんな危ない魔法とは思えないけど?


 難しくもない。小学生のアマナとエランティスも、少しの練習で【癒しの風】を使えるようになったくらいだ。


 アミエーラが疑問を口にすると、フィアールカはタブレット端末を置いて、若者たちを見回した。

 「そこから説明が必要だとは思わなかったわ」

 「だって、こっちは知る機会がなかったのに」

 アステローペが可愛くむくれてみせる。


 「力なき民が【水晶】で魔法の練習をする時、魔法使いが身体に触れて、魔力の流れ……【水晶】から引き出す誘導をするでしょ?」

 運び屋フィアールカに聞かれ、ファーキルとアルキオーネが頷く。

 アミエーラも、呪医セプテントリオーと繋いだ手から魔力の風を感じたのを思い出した。


 「(ほとん)ど制御が必要ない【癒しの風】とかでも、【水晶】から魔力を引き出すのに失敗して割れたり、火傷することがあるの」

 「えぇッ? そんなの聞いてないんだけど?」

 アルキオーネが、会議用長机に両手をついて腰を浮かした。

 運び屋フィアールカは、鋭い視線を涼しい顔で受け留める。

 「言って無闇に怖がらせるのもどうかと思うし、【癒しの風】や【道守り】くらいなら、大抵の人が一回の誘導で、何も考えずに感覚を掴めるようになるからよ」


 「あ、あの、自分の魔力の時は……」

 アミエーラが恐る恐る聞くと、クラピーフニク議員が教えてくれた。

 「例えば【炉】の術で魔力の制御に失敗したら、円の中じゃなくて、自分の指先とかを燃やしたり、【癒しの風】みたいな広範囲の術だと、術者の毛細血管が切」

 「えぇッ?」

 力なき民の驚きが、説明を掻き消す。

 アミエーラは恐ろしさに声も出ない。


 「落ち着いて聞いてくれる? 少なくとも、僕が知ってる人で、そんな魔力の暴発事故を起こした人は居ません」

 「魔法使いの指導を受けて練習する分には大丈夫だし、簡単な術で魔力の制御に慣れてきたら、初めてでも【灯】とか単純な術は、指導がなくても使えるようになるから、そこまで心配する程のものではないわ」


 アルキオーネが大きく息を吐いて座り直した。

 ラクエウス議員が難しい顔で、壁に投影された難民キャンプの地図を見る。

 「しかし、迂闊に練習もできんとなると、なかなか大変だな」


 難民キャンプ在住の魔法使いたちは、力なき民の暮らしを支える為、連日連夜、目が回る程の忙しさだ。

 パテンス神殿信徒会のボランティアや、休日にはアミトスチグマ王国各地の学生などが来てくれるが、全く人手が足りず、勉強までは手が回らない。


 「ねぇ、今度のライブで勉強教えてくれる人、募集してみない?」

 アルキオーネがタイゲタ、エレクトラ、アステローペ、そしてアミエーラを順繰りに見て言う。

 プロの四人には遠く及ばないが、アミエーラも、歌い手がだんだん板についてきた。それでも、こうして不意に話を振られると、動揺してしまう。


 「今もオラトリックスさんたちが、呪歌の指導に通ってますよね?」

 ファーキルが、ノートパソコンで議事録を作る手を止め、首を傾げる。

 クラピーフニク議員が申し訳なさそうに答えた。

 「あれは、中学生以上が対象で“すぐ使える人を育成する指導”だからね。小さい子にイチから教えるのとは、また別なんだよ」


 「あー、もう! 魔法って面倒臭いのね」

 アルキオーネが机に拳を叩きつけた。

 エレクトラが、その震える肩に手を置いて(なだ)める。

 「インターネットだって、端末にペアレンタルコントロールや、チャイルドロックを掛けて制限してるし、似たようなもんじゃない?」

 「そんなようなものね」


 二年も放置された理由がよくわかった。


 「幼年者への魔術指導の件、ジュバーメン議員に相談するんで、一旦保留でお願いします」

 クラピーフニク議員に反対する者はなく、報告会はお開きになった。

☆アミエーラの魔法の練習/繋いだ手から魔力の風を感じた……「872.流れを感じる」「927.捨てた故郷が」参照

☆呪歌は、自前の魔力を遣って実際に術を行使……「928.呪歌に加わる」「929.慕われた人物」参照

☆小学生のアマナとエランティスも、少しの練習で【癒しの風】を使える……「348.詩の募集開始」「349.呪歌癒しの風」→「741.双方の警戒心」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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