1604.人口比の偏り
「そんな子は自力で身を守れないから、親は人一倍気を遣って育てるけど、それでも魔物とかに捕食されて、長生きできない子が多かったわね」
元神官の声が憂いを帯びる。
アルキオーネは、挑戦的な声で問いを重ねた。
「わざと見殺しにして厄介払いしたとかじゃなくて?」
「怖いコト言うのね。……守り切れなかった自分を責めて泣く親御さんや、抜け殻みたいになる親御さんが多くて、遺体の一部しかない子供のお葬式って、悲しくていたたまれなかったわ」
元神官フィアールカが答えると、アルキオーネは黙って頷いた。
フラクシヌス教徒の家庭では、魔力の有無に関して異質な子が産まれても、危害を加えられない。
報告書で読んだキルクルス教徒の家庭とは随分、違う。
ネモラリス領内の隠れキルクルス教徒は、三歳児検診の魔力検査で、我が子に魔力があると知ると、他の隠れ信徒と共謀し、事故に見せ掛けて殺した。
アーテル領内のキルクルス教徒は、何かの弾みで我が子に魔力があると知れば、ランテルナ島へ捨てに行く。自ら手に掛ける親も居るが、星の標が見せしめに母子を火炙りにする場合もあった。
アーテル共和国では、それらが事件として扱われず、司法の手に委ねられることなく終わる。
バルバツム連邦などアルトン・ガザ大陸のキルクルス教徒は、実親か星の標が殺害するが、司法の手が入るだけ、まだマシかもしれない。だが、大抵の場合、親は自殺に追い込まれるらしい。
ファーキルが、“真実を探す旅人”の名で運用するSNSのアカウントには、そんな陰惨な話が毎日のように届く。
夫婦間の波風は、どちらの信仰でも立つかもしれないが、何故、子供の扱いに差が生じるのか。
アミエーラ自身、リストヴァー自治区で産まれた力ある民だ。
もし、幼少期に発覚したなら、星の標に殺されただろう。アーテルでは母子だけが火炙りにされるらしいが、自治区では当たり前のように一家が皆殺しにされる。
思わず、自分の両肩を抱く。
クフシーンカ店長が、アミエーラの祖母が託した【魔力の水晶】で魔力の有無を確認し、逃がしてくれなければ、今もこの世に居られただろうか。
想像するのも恐ろしかった。
「半世紀の内乱の渦中にあっては、親子や身内であっても、魔力の有無や信仰で分断が生じ、互いに争ったのだから、狂った時代だったと言う他ない」
当時を知るラクエウス議員が重い声で言い、白い眉の下で固く目を閉じた。
……隊長さんが生まれた村は、内乱時代も割とみんな仲良く暮らしてたって言ってたけど。
信仰を異にする者が混在する小さな村には、内乱前の寛容な空気が残ったからだろう。
フラクシヌス教徒が、岩山の神スツラーシを崇める少数派だったからかもしれないが、今となっては確認できない。
「教員免許も、魔術指導員免許も、難民キャンプには所持者が少ないので、魔法の指導は大昔みたいに親御さんか、他の魔法使いに頼るしかないんですよ」
「でも、難民キャンプに居る人って大体、力なき民ですよね?」
クラピーフニク議員が話を戻すと、アルキオーネが指摘した。
アミトスチグマ王国医師会の統計情報によると、八割以上が力なき陸の民だ。
魔法使いなら、国内の「空襲に遭わなかった地域」へ避難すれば、そこで仕事や住居を得るのは、あまり難しくない。
だが、力なき民は、できる仕事の種類が限られる上、民間の共同住宅は入居時の収入条件が厳しかった。建物の魔法防護を発動させる【魔力の水晶】代や、魔力の充填料金を加算され、火災保険の掛け金も跳ね上がる。
報告書からは、力なき民の暮らしが、平和な頃から厳しかったと窺えた。
仮設住宅に入居できなかった者は、親戚や友人宅への居候か、住込みの仕事を探すか、車中泊になる。それも不可能な場合、神殿を頼る。さもなくば、野宿だ。
仕事も住居もないなら、平和な国へ逃れた方がマシだ。
ラクリマリス王国へ逃れた場合、ロークの友人のようにラクリマリス人の親戚が居れば、定住や帰化の許可が出る。
身内が居なくても、力ある陸の民か湖の民なら、就職が比較的容易で、定住もできる。
力なき陸の民がラクリマリス領に留まれたのは、難民輸送船か、クーデター前のクレーヴェル行きの船を待つ間だけだった。
ネミュス解放軍の一部はクーデター勃発後、隠れキルクルス教徒狩りを行った。
力なき民を含む世帯が多数、首都クレーヴェルを脱出。これもまた、難民キャンプの力なき民の比率を押し上げる一因となった。
難民キャンプで暮らす魔法使いは、身寄りをすべて亡くした湖の民や、身内に力なき民が居る陸の民が多い。
身ひとつで逃れた魔法使いは、「終戦にはまだ遠いが、空襲が落ち着いて復興事業が始まった」との情報を得ると、次々と【跳躍】で帰国した。
警備員ジャーニトルなど、生存を知った者に呼び戻された者も居る。
魔法使いの専門職が少なくて当然だ。
力ある民のクラピーフニク議員が、曖昧な表情で言う。
「それは、アミトスチグマ政府もずっと気にしてて、寄付で来た絵本って、魔法の躾関係が多いんですよ」
「絵本だけでなんとかなるですか?」
「多分。無理なんじゃないかな?」
「そうですよね。でなきゃ、魔術指導員免許なんてわざわざ作らなくていいし」
アミエーラは、予想通りの答えに肩を落とした。
タイゲタがファーキルを見る。
「次のライブで、魔法の教科書も募集する?」
「待って!」
「えッ?」
フィアールカの鋭い制止にギョッとする。
「ちゃんとした魔法の教科書は、魔道書扱いなの」
「それで……何が、待って、なんです?」
ヤル気に水を差されたアルキオーネが、この場で唯一の湖の民を睨む。
緑髪のフィアールカは、気にせず続けた。
「魔法文明圏では、悪用されないように売買や譲渡に制限が掛かってるの」
「えっ? でも、アウェッラーナさんは、本屋さんで普通に力なき民向けの魔法の本、買ったって言ってましたよ?」
運び屋フィアールカは微かに苦笑を浮かべ、アミエーラに向き直った。
「あの人、見た目は子供っぽいけど、【思考する梟】学派の徽章を持ってる専門家なのよ」
「あ……」
「力なき民や徽章のない魔法使い、それに未成年者が買う時は、身分証の提示が必要で、図書館でも禁帯出です」
クラピーフニク議員の説明は、あまりにも意外だった。
☆ネモラリス領内の隠れキルクルス教徒……「511.歌詞の続きを」「795.謎の覆面作家」「809.変質した信仰」参照
☆ランテルナ島へ捨てに行く……「753.生贄か英雄か」参照
☆星の標が見せしめとして、母と子を火炙り……「809.変質した信仰」「810.魔女を焼く炎」参照
☆自治区では当たり前のように一家が皆殺し……魔法の治療を受けただけでも「1327.話せばわかる」参照
☆クフシーンカ店長が(中略)魔力の有無を確認……「0091.魔除けの護符」参照
☆隊長さんが生まれた村……「888.信仰心を語る」「1556.少年兵の信仰」参照
☆民間の共同住宅は入居時の収入条件……「612.国外情報到達」「1467.会場での調査」「1540.欺かれた人々」参照
☆ロークの友人……「544.懐かしい友人」参照
☆隠れキルクルス教徒狩り……「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」「0979.聖職者用聖典」「1047.乾電池がない」参照
実行犯……「1541.競い合う双子」参照
☆警備員ジャーニトル……「865.強力な助っ人」「876.警備員の道程」「877.本社との交渉」参照
☆本屋さんで普通に力なき民向けの魔法の本、買った……「641.地図を買いに」参照




