表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1646/3515

1604.人口比の偏り

 「そんな子は自力で身を守れないから、親は人一倍気を遣って育てるけど、それでも魔物とかに捕食されて、長生きできない子が多かったわね」

 元神官の声が憂いを帯びる。


 アルキオーネは、挑戦的な声で問いを重ねた。

 「わざと見殺しにして厄介払いしたとかじゃなくて?」

 「怖いコト言うのね。……守り切れなかった自分を責めて泣く親御さんや、抜け殻みたいになる親御さんが多くて、遺体の一部しかない子供のお葬式って、悲しくていたたまれなかったわ」

 元神官フィアールカが答えると、アルキオーネは黙って頷いた。



 フラクシヌス教徒の家庭では、魔力の有無に関して異質な子が産まれても、危害を加えられない。

 報告書で読んだキルクルス教徒の家庭とは随分、違う。


 ネモラリス領内の隠れキルクルス教徒は、三歳児検診の魔力検査で、我が子に魔力があると知ると、他の隠れ信徒と共謀し、事故に見せ掛けて殺した。


 アーテル領内のキルクルス教徒は、何かの弾みで我が子に魔力があると知れば、ランテルナ島へ捨てに行く。自ら手に掛ける親も居るが、星の(しるべ)が見せしめに母子を火炙りにする場合もあった。

 アーテル共和国では、それらが事件として扱われず、司法の手に委ねられることなく終わる。


 バルバツム連邦などアルトン・ガザ大陸のキルクルス教徒は、実親か星の(しるべ)が殺害するが、司法の手が入るだけ、まだマシかもしれない。だが、大抵の場合、親は自殺に追い込まれるらしい。

 ファーキルが、“真実を探す旅人”の名で運用するSNSのアカウントには、そんな陰惨な話が毎日のように届く。



 夫婦間の波風は、どちらの信仰でも立つかもしれないが、何故、子供の扱いに差が生じるのか。



 アミエーラ自身、リストヴァー自治区で産まれた力ある民だ。

 もし、幼少期に発覚したなら、星の(しるべ)に殺されただろう。アーテルでは母子だけが火炙りにされるらしいが、自治区では当たり前のように一家が皆殺しにされる。


 思わず、自分の両肩を抱く。

 クフシーンカ店長が、アミエーラの祖母が託した【魔力の水晶】で魔力の有無を確認し、逃がしてくれなければ、今もこの世に居られただろうか。

 想像するのも恐ろしかった。



 「半世紀の内乱の渦中にあっては、親子や身内であっても、魔力の有無や信仰で分断が生じ、互いに争ったのだから、狂った時代だったと言う他ない」

 当時を知るラクエウス議員が重い声で言い、白い眉の下で固く目を閉じた。


 ……隊長さんが生まれた村は、内乱時代も割とみんな仲良く暮らしてたって言ってたけど。


 信仰を異にする者が混在する小さな村には、内乱前の寛容な空気が残ったからだろう。

 フラクシヌス教徒が、岩山の神スツラーシを崇める少数派だったからかもしれないが、今となっては確認できない。



 「教員免許も、魔術指導員免許も、難民キャンプには所持者が少ないので、魔法の指導は大昔みたいに親御さんか、他の魔法使いに頼るしかないんですよ」

 「でも、難民キャンプに居る人って大体、力なき民ですよね?」

 クラピーフニク議員が話を戻すと、アルキオーネが指摘した。



 アミトスチグマ王国医師会の統計情報によると、八割以上が力なき陸の民だ。


 魔法使いなら、国内の「空襲に遭わなかった地域」へ避難すれば、そこで仕事や住居を得るのは、あまり難しくない。

 だが、力なき民は、できる仕事の種類が限られる上、民間の共同住宅は入居時の収入条件が厳しかった。建物の魔法防護を発動させる【魔力の水晶】代や、魔力の充填料金を加算され、火災保険の掛け金も跳ね上がる。


 報告書からは、力なき民の暮らしが、平和な頃から厳しかったと窺えた。


 仮設住宅に入居できなかった者は、親戚や友人宅への居候か、住込みの仕事を探すか、車中泊になる。それも不可能な場合、神殿を頼る。さもなくば、野宿だ。

 仕事も住居もないなら、平和な国へ逃れた方がマシだ。


 ラクリマリス王国へ逃れた場合、ロークの友人のようにラクリマリス人の親戚が居れば、定住や帰化の許可が出る。

 身内が居なくても、力ある陸の民か湖の民なら、就職が比較的容易で、定住もできる。

 力なき陸の民がラクリマリス領に留まれたのは、難民輸送船か、クーデター前のクレーヴェル行きの船を待つ間だけだった。


 ネミュス解放軍の一部はクーデター勃発後、隠れキルクルス教徒狩りを行った。

 力なき民を含む世帯が多数、首都クレーヴェルを脱出。これもまた、難民キャンプの力なき民の比率を押し上げる一因となった。


 難民キャンプで暮らす魔法使いは、身寄りをすべて亡くした湖の民や、身内に力なき民が居る陸の民が多い。

 身ひとつで逃れた魔法使いは、「終戦にはまだ遠いが、空襲が落ち着いて復興事業が始まった」との情報を得ると、次々と【跳躍】で帰国した。

 警備員ジャーニトルなど、生存を知った者に呼び戻された者も居る。



 魔法使いの専門職が少なくて当然だ。



 力ある民のクラピーフニク議員が、曖昧な表情で言う。

 「それは、アミトスチグマ政府もずっと気にしてて、寄付で来た絵本って、魔法の(しつけ)関係が多いんですよ」

 「絵本だけでなんとかなるですか?」

 「多分。無理なんじゃないかな?」

 「そうですよね。でなきゃ、魔術指導員免許なんてわざわざ作らなくていいし」

 アミエーラは、予想通りの答えに肩を落とした。


 タイゲタがファーキルを見る。

 「次のライブで、魔法の教科書も募集する?」

 「待って!」

 「えッ?」

 フィアールカの鋭い制止にギョッとする。


 「ちゃんとした魔法の教科書は、魔道書扱いなの」

 「それで……何が、待って、なんです?」

 ヤル気に水を差されたアルキオーネが、この場で唯一の湖の民を睨む。

 緑髪のフィアールカは、気にせず続けた。

 「魔法文明圏では、悪用されないように売買や譲渡に制限が掛かってるの」


 「えっ? でも、アウェッラーナさんは、本屋さんで普通に力なき民向けの魔法の本、買ったって言ってましたよ?」


 運び屋フィアールカは(かす)かに苦笑を浮かべ、アミエーラに向き直った。

 「あの人、見た目は子供っぽいけど、【思考する(フクロウ)】学派の徽章(きしょう)を持ってる専門家なのよ」

 「あ……」


 「力なき民や徽章のない魔法使い、それに未成年者が買う時は、身分証の提示が必要で、図書館でも禁帯出(かしだしきんし)です」

 クラピーフニク議員の説明は、あまりにも意外だった。

☆ネモラリス領内の隠れキルクルス教徒……「511.歌詞の続きを」「795.謎の覆面作家」「809.変質した信仰」参照

☆ランテルナ島へ捨てに行く……「753.生贄か英雄か」参照

☆星の(しるべ)が見せしめとして、母と子を火炙り……「809.変質した信仰」「810.魔女を焼く炎」参照

☆自治区では当たり前のように一家が皆殺し……魔法の治療を受けただけでも「1327.話せばわかる」参照

☆クフシーンカ店長が(中略)魔力の有無を確認……「0091.魔除けの護符」参照

☆隊長さんが生まれた村……「888.信仰心を語る」「1556.少年兵の信仰」参照

☆民間の共同住宅は入居時の収入条件……「612.国外情報到達」「1467.会場での調査」「1540.欺かれた人々」参照

☆ロークの友人……「544.懐かしい友人」参照


☆隠れキルクルス教徒狩り……「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」「0979.聖職者用聖典」「1047.乾電池がない」参照

 実行犯……「1541.競い合う双子」参照


☆警備員ジャーニトル……「865.強力な助っ人」「876.警備員の道程」「877.本社との交渉」参照

☆本屋さんで普通に力なき民向けの魔法の本、買った……「641.地図を買いに」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ