1602.意識する違い
「立場や価値観の違う相手で、情報量の差も大きいと、真意を読取るのが難しくなりますからね」
「儂らも勿論、完全な理解は不可能だと弁えた上で付き合わねばならんのだが、つい、忘れてしまいがちだな」
若手のクラピーフニク議員が困った顔をすると、大ベテランのラクエウス議員が頷いた。
その最たるものが、半世紀の内乱であり、今回の魔哮砲戦争だ。
「だから、こっちの意図が相手にちゃんと伝わるなんて、自惚れちゃダメよ」
アミエーラは、運び屋フィアールカの一言で、仕立屋のクフシーンカ店長から教わったことを思い出した。
「婦人服用の生地の方が、色柄が豊富なんですね」
針子のアミエーラは、問屋から届いたばかりの布を棚に片付けながら、何の気なしに言った。
「どうしてだか、わかるかしら?」
思いもよらないことを真剣な声で聞かれ、一瞬、頭が真っ白になった。
棚に並ぶ生地を見回し、答えを探す。
「えっと、女の人の方がおしゃれ好きだから……ですか?」
「どうして女性の方がおしゃれを好むと思う?」
重ねて問われ、困って考え込むと、店長は色鮮やかな生地を撫でて言った。
「男の人と女の人では、色の見え方が、生まれつき違うからよ」
「えッ?」
初めて耳にした話に言葉が出ない。
「全員がそうではないし、女性よりも色の感受性が高い男性も居るけれど、色を識別する目の細胞が、生まれつき足りない人や、上手く機能しない人は、女性よりも男性の方が多いのよ」
色覚異常は、男性では二十人に一人程度だが、女性は五百人に一人、居るか居ないかだ。
「えっ? じゃあ、白黒しか見えないんですか?」
「その見え方の人も居るけれど、極稀ね。赤と緑を見分けられない人が多いの」
「えぇッ? あんなわかりやすいのにですか?」
「そうよ。私たちにはわかりやすくても、彼らにはわからないの」
「彼らにはわからない……色……?」
次々と驚くことを言われ、だんだん頭がついてゆけなくなってきた。
「生まれつき、その色にしか見えないから、お互い、相手の色の見え方はわからないの」
色の見分け難さの程度や組合せ、見える色の偏りも、人による。
異常と正常の境界は、曖昧な諧調だ。「正常」の範囲に収まる者でも、人によって色の見え方が異なる。
「生まれてからずっと、世界の見え方がそうだから、自分の眼が赤と緑を区別できないと気付かない人も居るのよ」
アミエーラは、赤と緑が同じに見える景色を想像した。
新聞の白黒写真に青と黄色だけ、後から塗り足したようなものだろうか。それとも、赤と緑が、白黒以外の「みんなとは違う色」に見えるのだろうか。
「じゃあ、男のお客さんが、服の色柄をあんまり気にしないのは、色がわからないからなんですね?」
「それだけではなくて、男性社会に特有の習慣や、職業上の事情……色々な原因が影響しあっているのよ」
「特有の習慣……」
口の中で繰り返してみたが、よくわからない。
「“色の見え方が違う人”が居るのを常に心の片隅に置いて、色の組合わせには気を付けるんですよ」
あの頃は、なんだかよくわからなかった。
だが、自治区外のネモラリス領、ラクリマリス領、ランテルナ島、そして、アミトスチグマ王国に来て、それぞれ全く異なる文化に触れ、ようやく店長に言われた意味がわかってきた。
魔法の服の刺繍は、【編む葦切】学派の職人によると、着用者に色の見分けがつかなくても、魔力さえ充分なら、きちんと発動する。
知識があれば、呪文や呪印の種類を読み取って、必要な魔力の予想がつく。試着すれば、魔力の流れでもわかると言う。
魔法に関する色の効果を確認する方法は、目で見るだけではないのだ。
アミエーラは、思い切って言ってみた。
「同じ物の色でも、人によって見え方が違うそうです。だから、立場とかで見える所の違う人だったら、もっと色々違って見えると思うんです」
「そうですよね。同じ景色でも、身長が違えば、違って見えますし」
長身のクラピーフニク議員が頷くと、小柄なサロートカも言った。
「半視力の人と霊視力がある私たちでも、視え方が違うせいで、考えまで違ったりしますもんね」
「完全に伝わらないのを忘れず、でも、なるべくわかりやすくって、難しいですよね」
ファーキルがしみじみ言う。
SNSと動画共有サイトのアカウントを運営する身として、色々と思うところがあるのだろう。
「意図はロクに伝わんなかったのに、私たちの行動はリゴル代表の狙い通り……ちょっと悔しいけど、これでいいのよね?」
アルキオーネが、肩の力を抜いてみんなを見回す。
「別々の藁束を縒って一本の縄にするみたいなものね」
運び屋フィアールカがぽつりと呟く。みんなの眼が、緑髪の元神官に集まった。
ファーキルが聞く。
「どう言うコトですか?」
「藁縄、作ったコトない?」
フィアールカを除く全員が、首を横に振った。
桁違いに年上のフィアールカが苦笑する。
「えーっと、じゃあ、髪を三ツ編にするとこ、想像してみて」
「三ツ編? ちょっとしてみます」
「アルキオーネちゃん、いい?」
「仕方ないわね」
エレクトラとアステローペが、アルキオーネの両隣に座り直した。
艶やかな黒髪を左右それぞれ、手櫛で三束に分ける。器用な手つきで手際良く進め、あっと言う間に端まで編んだ。
「髪束は、どこまで編んでも三束のままだけど、ひとつの三ツ編になるでしょ」
「ホントだ」
ファーキルが目を丸くする。
「色々と違う人たちが、ひとつの属性に同化しなくても、同じ目的を持って、同じ方向に進めば、違いを残しても、ひとつになれることだってあるのよ」
リゴル社長が代表を務める星界の使者、リストヴァー自治区、アミトスチグマ王国の慈善団体を繋げたのは、ひとつの目的だ。
ストンと腑に落ち、アミエーラは深く頷いた。




