表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十二章 隣国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1644/3514

1602.意識する違い

 「立場や価値観の違う相手で、情報量の差も大きいと、真意を読取るのが難しくなりますからね」

 「儂らも勿論(もちろん)、完全な理解は不可能だと(わきま)えた上で付き合わねばならんのだが、つい、忘れてしまいがちだな」

 若手のクラピーフニク議員が困った顔をすると、大ベテランのラクエウス議員が頷いた。


 その(さい)たるものが、半世紀の内乱であり、今回の魔哮砲戦争だ。


 「だから、こっちの意図が相手にちゃんと伝わるなんて、自惚(うぬぼ)れちゃダメよ」

 アミエーラは、運び屋フィアールカの一言で、仕立屋のクフシーンカ店長から教わったことを思い出した。



 「婦人服用の生地の方が、色柄が豊富なんですね」

 針子のアミエーラは、問屋から届いたばかりの布を棚に片付けながら、何の気なしに言った。

 「どうしてだか、わかるかしら?」

 思いもよらないことを真剣な声で聞かれ、一瞬、頭が真っ白になった。

 棚に並ぶ生地を見回し、答えを探す。

 「えっと、女の人の方がおしゃれ好きだから……ですか?」

 「どうして女性の方がおしゃれを好むと思う?」


 重ねて問われ、困って考え込むと、店長は色鮮やかな生地を撫でて言った。

 「男の人と女の人では、色の見え方が、生まれつき違うからよ」

 「えッ?」

 初めて耳にした話に言葉が出ない。

 「全員がそうではないし、女性よりも色の感受性が高い男性も居るけれど、色を識別する目の細胞が、生まれつき足りない人や、上手く機能しない人は、女性よりも男性の方が多いのよ」


 色覚異常は、男性では二十人に一人程度だが、女性は五百人に一人、居るか居ないかだ。


 「えっ? じゃあ、白黒しか見えないんですか?」

 「その見え方の人も居るけれど、極稀(ごくまれ)ね。赤と緑を見分けられない人が多いの」

 「えぇッ? あんなわかりやすいのにですか?」

 「そうよ。私たちにはわかりやすくても、彼らにはわからないの」

 「彼らにはわからない……色……?」

 次々と驚くことを言われ、だんだん頭がついてゆけなくなってきた。


 「生まれつき、その色にしか見えないから、お互い、相手の色の見え方はわからないの」


 色の見分け(にく)さの程度や組合せ、見える色の偏りも、人による。

 異常と正常の境界は、曖昧な諧調だ。「正常」の範囲に収まる者でも、人によって色の見え方が異なる。


 「生まれてからずっと、世界の見え方がそうだから、自分の眼が赤と緑を区別できないと気付かない人も居るのよ」


 アミエーラは、赤と緑が同じに見える景色を想像した。

 新聞の白黒写真に青と黄色だけ、後から塗り足したようなものだろうか。それとも、赤と緑が、白黒以外の「みんなとは違う色」に見えるのだろうか。


 「じゃあ、男のお客さんが、服の色柄をあんまり気にしないのは、色がわからないからなんですね?」

 「それだけではなくて、男性社会に特有の習慣や、職業上の事情……色々な原因が影響しあっているのよ」

 「特有の習慣……」

 口の中で繰り返してみたが、よくわからない。

 「“色の見え方が違う人”が居るのを常に心の片隅に置いて、色の組合わせには気を付けるんですよ」



 あの頃は、なんだかよくわからなかった。

 だが、自治区外のネモラリス領、ラクリマリス領、ランテルナ島、そして、アミトスチグマ王国に来て、それぞれ全く異なる文化に触れ、ようやく店長に言われた意味がわかってきた。



 魔法の服の刺繍は、【編む葦切(ヨシキリ)】学派の職人によると、着用者に色の見分けがつかなくても、魔力さえ充分なら、きちんと発動する。

 知識があれば、呪文や呪印の種類を読み取って、必要な魔力の予想がつく。試着すれば、魔力の流れでもわかると言う。

 魔法に関する色の効果を確認する方法は、目で見るだけではないのだ。



 アミエーラは、思い切って言ってみた。

 「同じ物の色でも、人によって見え方が違うそうです。だから、立場とかで見える所の違う人だったら、もっと色々違って見えると思うんです」

 「そうですよね。同じ景色でも、身長が違えば、違って見えますし」

 長身のクラピーフニク議員が頷くと、小柄なサロートカも言った。

 「半視力の人と霊視力がある私たちでも、視え方が違うせいで、考えまで違ったりしますもんね」

 「完全に伝わらないのを忘れず、でも、なるべくわかりやすくって、難しいですよね」

 ファーキルがしみじみ言う。

 SNSと動画共有サイトのアカウントを運営する身として、色々と思うところがあるのだろう。



 「意図はロクに伝わんなかったのに、私たちの行動はリゴル代表の狙い通り……ちょっと悔しいけど、これでいいのよね?」

 アルキオーネが、肩の力を抜いてみんなを見回す。


 「別々の藁束を()って一本の縄にするみたいなものね」

 運び屋フィアールカがぽつりと呟く。みんなの眼が、緑髪の元神官に集まった。

 ファーキルが聞く。

 「どう言うコトですか?」

 「藁縄、作ったコトない?」

 フィアールカを除く全員が、首を横に振った。

 桁違いに年上のフィアールカが苦笑する。

 「えーっと、じゃあ、髪を三ツ編にするとこ、想像してみて」

 「三ツ編? ちょっとしてみます」

 「アルキオーネちゃん、いい?」

 「仕方ないわね」


 エレクトラとアステローペが、アルキオーネの両隣に座り直した。

 艶やかな黒髪を左右それぞれ、手櫛で三束に分ける。器用な手つきで手際良く進め、あっと言う間に端まで編んだ。


 「髪束は、どこまで編んでも三束のままだけど、ひとつの三ツ編になるでしょ」

 「ホントだ」

 ファーキルが目を丸くする。


 「色々と違う人たちが、ひとつの属性に同化しなくても、同じ目的を持って、同じ方向に進めば、違いを残しても、ひとつになれることだってあるのよ」


 リゴル社長が代表を務める星界の使者、リストヴァー自治区、アミトスチグマ王国の慈善団体を繋げたのは、ひとつの目的だ。

 ストンと腑に落ち、アミエーラは深く頷いた。

☆全く異なる文化に触れ

 自治区外のネモラリス領……「0160.見知らぬ部屋」「0194.研究所で再会」参照

 ラクリマリス領……「255.魔法中心の街」「539.王都の暮らし」「592.これからの事」参照

 ランテルナ島……「0228.有志の隠れ家」=「319.ゲリラの拠点」、「492.後悔と復讐と」「493.地下街の食堂」参照

 アミトスチグマ王国……「701.異国の暮らし」「813.新しい年の光」参照


☆知識があれば、呪文や呪印の種類を読み取って……例「446.職人とマント」「454.力の循環効率」参照


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ