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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1594.精神汚染の害

 「えっ? おばちゃん、何で?」

 男子中学生が不安な声を上げた。

 隣で男子小学生が、兄と同じ顔をして【渡る雁金(カリガネ)】学派の術者を見る。


 若い母親は、ずり下がった幼児を起こさぬよう、そっと抱き直して言った。

 「木の精霊の“好き”って言う感情に心を絡め取られて、その木の傍から離れられなくなるの。飲まず食わずでずっとそこに居るから、飢え死にして最終的に腐って養分になるからよ」

 「それがさっき言ってた精神汚染?」

 若い母親は、高校生の姪に研究者の顔で頷いた。


 男子中学生が、恐ろしい話の穴をつつく。

 「でも、帰って来なかったら、家族が心配して捜しに行くよな?」

 「勿論(もちろん)、一人で森に入ったりしないから、一緒に行った(きこり)仲間とかが最初に気付くんだけど」



 精霊による精神汚染を受けた者は、こちら側の声が届かなくなる。

 魂だけを幽界(かくりよ)に連れてゆかれるからだ。

 木の精霊は、肉体である樹木をこの世に置いて幽界(かくりよ)へ出掛けても支障ないが、人間はそうではない。

 彼らにはその違いがわからず、無邪気に遊び場へ連れ出すのだ。


 精神汚染された魂は、この世を忘れ、木の精霊と至福の時を過ごす。特に何をするでもなく、木の精霊と共に在るだけで無上の喜びを与えられるのだ。



 「それは、捕まった人自身の心から自然に湧き上がる喜びじゃなくて、木の精霊の気持ちに染まってるだけなの」

 「えぇッ……おばちゃん、それって、助かンないの? 仲間が連れて帰るとか」

 「魂を抜かれてるんだから、身体だけ強引に移動させても意味ないの」


 男子中学生が、望みを託して再び聞いた。

 「ホントに一回捕まったらおしまい? 何かない?」

 「一応、あるにはあるけど、ここじゃ無理よ」

 「えぇッ? 何で?」

 「道具も何もないからよ」

 「柵作ってくれた職人さんに頼んで、作ってもらうのナシ?」

 少年が必死の形相で食い下がる。



 難民キャンプの丸木小屋は、精霊が宿る(かなめ)の木を避けて建てられる。奥地へ行く程、要の木が増え、家々の間隔が開いた。

 区画の敷地が広がれば広がる程、【魔除け】の敷石など、防護資材の必要量が増す。【道守り】などの呪歌による防護範囲も広がり、更に人手が必要になる上、守りが手薄になる。


 道も、(かなめ)の木を避けて通す為、真っ直ぐではなく、車輌が侵入し(にく)くかった。

 畑も、要の木を囲んで作られ、耕作地が分断されて作業効率が著しく落ちる。


 要の木はどの区画にも残るが、そもそもここは、人間ではなく彼らの土地だ。


 伐採して今際(いまわ)(きわ)に死の呪いを掛けられる恐怖ではなく、先住民に対する畏敬の念を以て残すよう、パテンス市建設業組合から助言された。

 ネモラリス難民は素直に従ったが、(かなめ)の木が生活の邪魔にならないと言えば、嘘になる。


 大森林から遠い役人たちは、簡単に「伐れ」と言うが、実際に精霊の声を聞いた者たちは、首を縦に振れるものではなかった。

 特に、秦皮(トネリコ)の木と化した主神フラクシヌスを信仰する者は、(かなめ)の木を傷付けるなど、とんでもないと言う。



 若い研究者は、不安がる子供らに厳しい現実をつきつけた。

 「その道具は【編む葦切(ヨシキリ)】学派じゃなくて【渡る雁金(カリガネ)】学派のだから、職人さんは作り方を知らないって言ってたわ」

 「だから、代わりに【魔除け】の柵を作ってもらったのよ」

 力ある民の元看護師が、妹の説明に明るい声で付け加えた。


 男子中学生が、もどかしげに聞く。

 「おばちゃんは作れないの?」

 「ここじゃ無理よ」

 「何で?」

 「魔法陣を織り込んだ布に魔力を貯められる宝石を付けるんだけど、魔法の色糸が何種類も、たくさん要るし、銀の糸や宝石は高いし、織機(しょっき)もないし……ウチには全部揃ってたけど、空襲で焼けちゃったからね」

 「寄付とかで全部揃ったら、作れる?」

 「材料自体、すっごく高いの。それに、この子の世話と家事があるし、何カ月も集中して作業するなんて無理よ」


 難民キャンプには、できない理由と諦めしかない。

 ネモラリスが平和なら、子供を保育所に預け、人を雇って家事を頼んで、仕事に集中できるだろう。


 ……いや、そもそも、こんな問題に直面しなかったのだ。


 「一個作ンのに何カ月も掛かンの?」

 「そうよ。この食卓の半分くらいの大きさの布で、魔力を籠めながら、複雑な魔法陣を織り込むからね。一日に二センチか三センチくらいしか進まないのよ」

 少年二人だけでなく、その父も嘆息した。

 「おばちゃんが寝てる間、誰かに手伝ってもらっても無理?」

 「一人の魔力で織り上げなきゃいけないのよ。【編む葦切(ヨシキリ)】学派の道具や呪符には、作る人と魔力を籠める人が別でもいいのが割と多いんだけど、【渡る雁金(カリガネ)】学派の道具はそうじゃないの」


 精霊の声が届く範囲に近付きさえしなければ、高価で作成が難しい呪具など必要ない。

 呪医セプテントリオーは、何の気なしに質問した。


 「まだ、精神汚染の被害は出ていませんよね?」

 一瞬で空気が凍り、重い沈黙が降りる。


 少年二人が泣きそうな顔で、近所のおばちゃんと巡回の呪医に視線を彷徨わせ、【渡る雁金(カリガネ)】学派の若い研究者が、重くなった口を開く。

 「直近は去年の秋……第九区画で二人……犠牲者が出ました」

 呪医セプテントリオーと子供たちが、同時に息を呑む。

 「それで、私に何か対策して欲しいって相談が来たんです」

 「すみません。そんなことがあったとは全く……」

 「怪我や病気じゃありませんし、呪医(せんせい)方に連絡がいかなくても仕方ないですよ」

 自嘲を含むどこか投げ()りな声が返った。


 ……それで、徽章(きしょう)を服に隠していたのか。


 呪医セプテントリオーは、食卓の下で拳を握った。

 「他の区画でも、木の傍でぼーっとしてる人が魔獣に食べられたって言う話が、ちょこちょこあるみたいで……でも、【魔除け】の柵ができてからは……ないと思います」

 元看護師が【操水】で二杯目の香草茶を淹れて言った。巡回の呪医に説明する(てい)だが、妹を慰める声だ。


 「救援物資として、その呪具があれば何とかなりそうですか?」

 「一枚で、大きな家を建てられるくらい高価ですから、万が一盗まれたら責任取れません。一番の対策は、近付かないコトですよ」

 泣きそうな顔で微笑み、【渡る雁金(カリガネ)】学派の研究者は、木製のマグカップを手に取った。

 「柵の外でも声が聞こえたんなら、君はかなり感受性が強いみたい。なるべく近付かないでね」

 中学生の少年は、言葉もなく、首振り人形のように頷いた。


 「交代でーす!」

 もう一人の現役看護師の声で、(にわ)かに慌ただしくなった。

 「はいはい、お前たち、集会所へ勉強しに行きなさい」

 「三時になったら、ウチに集まっておやつ食べていいからね」

 「ごちそうさまでした」


 医療者たちは、大急ぎで診療所に戻った。

☆大森林から遠い役人たちは簡単に「伐れ」と言う……「1184.初対面の旧知」「1185.変わる失業率」参照

☆魔法の色糸……「1348.魔法の糸相場」「1365.火のない所に」「1386.ルブラの要望」、国際相場が値上がりした「1367.新たな取引網」「1368.素材等の需要」参照


※ 魔法陣を織り込んだ布に魔力を貯められる宝石/材料自体、すっごく高い

 【送還布(そうかんふ)】の説明……「黒い白百合(https://ncode.syosetu.com/n5910dd/)」の「42.対策会議参照

 使用例……「48.呪符発動」「49.魔物の力」参照

 救助には、同様の呪具で逆方向に作用する呪具が必要だが、駅前の一等地に店舗を新築できるお値段。


☆【編む葦切(ヨシキリ)】学派の道具や呪符には、作る人と魔力を籠める人が別でもいい……「0139.魔法の使い方」「0951.魔法の必要性」「1186.難民支援窓口」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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