0163.暇潰しの戯れ
ファーキルは街灯にもたれ、ポケットからタブレット端末を取り出した。
ロックを解除し、ブラウザを起動する。
何かあった時の為に、ブックマークには学校の公式サイトと裏サイトだけ登録してあった。
休日の今日も、同級生たちは朝から昨日のことをネタにする。
書き込みの時間を見ると、徹夜でそんな話ばかりしていた。
……ヒマかよ。他にするコトないのか。
ファーキルは失笑した。
自分に関する部分だけスクリーンショットを撮り、専用フォルダに保存する。
フォルダはトップ画面の目立つ所に置いた。
……ヒマ潰し……なのかなぁ?
各クラス最低一人か二人は必ず、いじめられる子がいる。
ファーキルはいつも、ほんのちょっとした言い間違いや仕草などを嘲られた。
クラス内でファーキルの意見は絶対に通らない。聞こえないフリをされるか、数名から寄って集って全否定される。
ファーキルが正しくても、間違い扱いで叩き潰された。
数学の解答ですらそうだ。
半年くらい前の自習時間、誰かが「一人一問ずつ、黒板に書いて問題を解く練習をしよう」と言いだした。明らかに「いじめられっ子を晒し者にする」のが目的だが、賛成多数で実行された。
リーダー格のいじめっ子が場を仕切り、問題集から難易度の高い問題を書き写して五人を指名した。
家が貧しい、大人しい、スポーツが苦手、口下手、外見がパッとしない……五人に共通するのは争い事が苦手な性格だ。
ファーキルは、外見がパッとしなくて男子としては大人しい方だ。
大人しくするのは、トラブルが面倒なのと、どうせ彼らに言ったところでコトバが通じなくて時間のムダだからだ。
何も言わないのをいいことに彼らはすっかり増長した。
この中学では、テストの成績の公表は行われない。
プライバシー尊重と、それをいじめのネタにさせない為だ。
だからなのか、ファーキルがさっさと問題を解いて席に戻ると、彼らはひそひそ聞えよがしに罵倒した。
「まだ習ってないのに解けるワケねぇよなー」
「ハッタリかましただけで、間違ってるって」
「考えたってわかんないし、早く座りたかったんだろ。察してやれよ」
誰であるかわかるようにイヤミを言うが、絶対に対象者の名前だけは出さない。
彼らは、名指しにしないことで、逃げ道を用意したつもりなのだ。
もし、言い返されても「別にお前のことなんか言ってねぇし」「自意識過剰~」とニヤニヤ笑って逃げる。
その「逃げ道」を塞ぐ方法は幾らでもあるが、ファーキルは面倒なので幼稚な彼らを相手にしなかった。
他に指名された子たちは、彼らがファーキルを嘲う間に急いで解答を書く。
最後の一人は「さっさとしろよ」と急かされ、「わかりません」と書き殴って席に戻った。
リーダー格が腰巾着に命じて、先生の机から模範解答の冊子を引っ張り出させた。
自分の手は汚さない。後で先生にバレても、取り巻きのせいにする気なのだが、彼らはリーダー格に唯々諾々と従う。
端の問題から順に答え合わせする。
リーダー格はまず、貧しい子が書いた「わかりません」を二重線で消した。その下に赤チョークで正解を書き写し、こちらを向いた。
「こんなんもわかんないんじゃ、論外だ。小学校からやり直せよ」
二問目。
大人しい子の答えは合っていた。
リーダー格はわざとらしい笑みを浮かべて褒めた。
「お前にしちゃ、やるじゃん」
スポーツの苦手な子、口下手な子の間違いには容赦なくつっこむ。
ここぞとばかりに上から目線で勉強の大切さを演説した。
取り巻きたちは、リーダー格の演説に感動した顔で頷く。
ファーキルの答えも、正解だった。
彼らは、その事実を認めなかった。
「どうせカンニングだって」
「えぇーッ? たかが自習でそこまでするー?」
「答えだけ合ってても、教科書のやり方じゃないし、ダメじゃん」
くすくす忍び笑いを漏らし、聞えよがしに勝手なことを言う。
ファーキルは、彼らの目の前で正々堂々と問題を解いたが、そんなことは関係ないらしい。
彼らは、ファーキルの学力が低いと信じ、きちんと回答する姿を見たにも関わらず、カンニングを真実だと思い込む。
頑なに「カンニングを厳しく糾弾する姿勢」を崩さなかった。
この時間は結局、糾弾大会と化して勉強どころではなくなった。
ほんの僅かな子が、無関係を装う為にせっせと問題集を解くだけだ。
身体的な暴力は流石にマズいと思うのか、いつも下らない口撃止まりだ。
カンニングしなかった証拠はないが、した証拠もない。
水掛け論になるだけだ。
それに、ファーキルの言い分は「発言者がファーキルである」ことを理由に認められない。
ファーキルは、彼らの理不尽な糾弾を無視して問題集を解き続けた。
……こいつら、何しに学校来てんだろうな?




