0162.アーテルの子
テレビのニュースで、空襲の映像を放送したのは最初の二日だけだ。
それ以降は、アナウンサーがさらっと出撃を読み上げるだけで、戦果などの詳しい報道はなくなった。ここ数日に至っては出撃すら報じない。
インターネットの掲示板で見た自称・軍事に詳しい人の書き込みでは、戦略上、秘密にした方がいい場合は、情報統制されることがあるらしい。
中学生のファーキルには、その書き込みの真偽や秘密にする理由は不明だが、何となく納得した。
休日の今朝も爆撃機の編隊が次々と基地を飛び立つ。
ファーキルは、基地がよく見える東の丘に立ち、出撃する群を見送った。
機影は、薄雲がたなびく冬空に溶け込み、あっと言う間に見えなくなる。
イグニカーンス市の西端には南ヴィエートフィ大橋がある。その先に島影が霞んで見えた。
少し遅れて、爆音が大気を震わす。
ラキュス湖から吹き上げる風が少年の髪をそよがせた。
報道されなくても、この目で実際に見て戦闘の継続を確認できた。
宣戦布告が発表された当日、基地周辺では、戦争反対を唱えるデモが行われた。
デモ隊は排除され、首謀者ら数名が逮捕された。知識人らは「言論の封殺、重大な人権侵害だ」と批難声明を出した。
その後もデモは散発したが、その度に逮捕者を出す。
……やるんなら、ちゃんと結果が出るやり方で、もっと目立たないようにやんないと。
アーテル共和国内のパソコンやタブレット端末には、フィルタリングが義務付けられ、情報の検閲とアクセス規制もある。
ファーキルは、違法アプリをインストールしてタブレット端末の設定をいじり、フィルタを解除した。ネットの検閲を突破して、サーバが外国にある掲示板やサイトにアクセスする為だ。
ラキュス湖北岸付近のルブラ王国領ミクランテラ島には、魔法使いの国際組織「霊性の翼団」の本部がある。
それもネットで知った。
インターネット上には、魔法使いや魔術に関する情報が氾濫する。
親や先生にバレたら洒落にならない。
ブラウザの履歴とキャッシュは残さない。
よからぬサイトでアクセスログを誤魔化すアプリを買って、警察にも調べられないようにした。
ネトゲで仮想通貨を稼ぎ、それでアプリ代を支払った直後にネトゲは退会した。
ファーキルは、大人たちが隠す真実を知りたかった。
丘から見下ろす基地の北には、世界最大の塩湖ラキュスが広がる。
攻撃目標は、北に浮かぶネーニア島と更に北東に位置するネモラリス島だ。
アーテル共和国は、チヌカルクル・ノチウ大陸本土だけでなく、本土とネーニア島の間に浮かぶランテルナ島も領有する。
本土とランテルナ島は、南ヴィエートフィ大橋で結ばれる。
本土の基地を飛び立った戦闘機や爆撃機が、ランテルナ島を経由して目標地点へ向かう。
空襲の主な標的はネーニア島中部の都市だ。
ネーニア島は中央を横切るクブルム山脈で南北に分けられる。南半分はラクリマリス王国、北側がネモラリス共和国領だ。山脈の東端にはキルクルス教徒の自治区がある。
リストヴァー自治区の惨状は、教団経由でアーテル共和国民にも広く知られる。
ファーキルも、聖アストルム教会で自治区のスラム街の映像を見せられた。
撮影したのは、自治区在住の「星の標」団員らしい。
アーテル共和国とネモラリス共和国には、分裂後の三十年間、国交がない。
ビデオテープは、機械の筺体に隠して密輸される。湖の東端にあるアミトスチグマ王国を経由し、陸路伝いに複数の国を通ってラニスタ共和国に渡った。
キルクルス教の信者団体「星の標」の本部は、ラニスタ共和国にある。そこでダビングされ、アーテル共和国内の教会に配布されるのだ。
そうやって、遥々遠回りしてアーテルの教会に来たビデオだが、ファーキルにはいまいち信用できなかった。
ファーキルには、映像の真贋を確認できない。
そもそも、アーテルかラニスタのどこかで撮影したかもしれないのだ。
星の標の役員は涙ながらに語った。
これを手に入れるのにどんなに苦労したか、記録された自治区の暮らしがどんなに悲惨か、よく見て知って欲しい……と。
彼らが熱心に語れば語る程、ファーキルの中で映像の嘘臭さが増した。
ラキュス湖から吹き上がる風は冷たい。
塩湖に浮かぶ島国のラクリマリス王国は、多神教のフラクシヌス教国で、領内にはその聖地がある。
ラキュス湖南地方の土着宗教で、世界的に見れば、信者数はキルクルス教の足下にも及ばない。しかし、この地では最大の多数派だ。
キルクルス教国のアーテル共和国とラクリマリス王国の関係は、冬の湖水より冷え切っている。
基地の戦闘機や爆撃機は、ファーキルの目にも明らかに減った。
掲示板の書き込み通り、ランテルナ島の基地に駐留するからなのか、ネモラリスの魔法使いに迎撃されたからなのか。
ただの中学生のファーキルには、どちらが正しいとも言えなかった。




