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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1570.本格的な聖歌

 ……こう言うのって、奥さんが星の囁きで相談す……あ、教会行けないからか。


 ファーキルは、いたたまれなくなってきた。

 この日、ジンクム教会の礼拝に出席したラニスタ人の信徒と、潜入した武力に依らず平和を目指す同志たちに同情した。

 画面越しでさえ胃が痛むが、中断せず、礼拝動画の試聴を続ける。



 「ご協力、有難うございました。あなたとあなたのご家族が、幸せと喜びに満ち溢れますように」


 チェルニテース司祭の質問は、心を(えぐ)られるようなものばかりだが、彼の声音は終始穏やかで、咎める棘はない。本心から信徒の幸せを願うのかもしれないが、もう少し、波風が立たない言い回しをできないものか。

 ファーキル自身「普通に幸せな家庭」を知らず、どんな言い方ならいいか、わからなかった。



 「先程の話題に戻りましょう」

 司祭が仕切り直し、礼拝堂内の重苦しさが僅かに和らいだ。


 「貧困や隷属、搾取、差別などは、目に見えてわかりやすいものばかりではありません。何故かおわかりの方、おられますか?」

 チェルニテース司祭が、説教壇から満員の会衆席を見回す。

 悪い例として使われた男性は、再び(うつむ)いた。

 司祭は彼に構わず、手を挙げた若い女性に答えを求める。


 「司祭様は先程、たくさんの属性を挙げて下さいました。その属性に対する思い込みで、目を塞がれるからです」

 「ご回答、有難うございます。その通りで、周囲の人々が、幾ら知の(ともしび)を掲げて道を明るく照らしても、自らの目を塞ぐ人々には、その光も、道も、見えないのです」

 信徒たちの拍手に包まれ、答えた女性が着席する。


 「聖なる星の道へ到る道は、現世(うつよ)にあります。道を見失わないよう、しっかり目を開いて歩んで下さい」



 その後は、普通に聖典の一節を朗読し、世俗の具体的な例を交えて神学の詳しい解説をする「普通の礼拝」だった。


 礼拝の常連は、大抵が顔見知りだ。

 先程の男性と妻は、育児経験のある信徒が放っておかないだろう。夫婦は司祭の手前、彼らの助けを拒み(にく)い。

 この方法で上手くゆくのか。ファーキルは一人っ子で、乳幼児の面倒を見た経験がなく、全く想像がつかなかった。



 パソコンの画面では、聖典の解説が終わり、説教壇の隣に聖歌隊が整列した。

 会衆席の信徒は、楽譜が載る聖典のページを開かず、間に挟んであった紙を取り出して広げる。

 カメラ……同志が持つタブレット端末の視点が、信徒の手許に寄る。


 ファーキルは息を呑んだ。


 視点が更に寄る。五線譜の下にあるのは、力ある言葉だ。

 その上には、一回り小さいフォントで共通語の文字もあるが、知らない単語ばかりだ。恐らく、力ある言葉の発音を記したものだろう。

 見習い司祭や地元の司祭が、通路を回って楽譜がない信徒に配る。


 「古い時代に定められた聖歌は、正しき(わざ)が失われぬよう、聖者様が記録なさったものです。楽譜は、当時のものを現代様式に書き換え、古代語には読みを付しました」

 チェルニテース司祭が礼拝堂内を見回し、全員に行き渡ったのを見届けて言う。

 「一般信徒用の聖典では、歌詞が共通語訳または、現地語訳のみですが、折角ですから、聖者様が残された正しき(わざ)本来の歌詞で歌いましょう」


 尼僧がオルガンを奏でた。

 呪歌には、前奏も伴奏もないが、アミエーラたちがスニェーグに教わるのを何度も聞いたファーキルには、すぐわかった。

 この前奏は、呪歌【道守り】の歌い出しと同じ旋律だ。


 聖歌隊の堂々とした歌声に会衆のたどたどしい発音が重なった。

 彼らはキルクルス教の聖歌として、【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派の呪歌【道守り】を当たり前のような顔で歌う。

 道や建物に呪文と呪印があり、魔法使いと共に暮らすラニスタ人は、初見で気付いた者が多い筈だ。


 後ろ姿で、表情は全くうかがえないが、彼らは今、どんな気持ちなのか。

 歌い手が力なき民ばかりで、【魔力の水晶】もなく、杖で道に線を引かず、線に沿って歩きもしない。


 楽譜通りにただ歌うだけでは、魔物や雑妖の侵入を防ぐ効力は全く発現しない。

 その点で言えば、湖南語訳や共通語訳で歌うのと変わらない。


 だが、何らかの事情で必要が生じた際には、【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派の歌い手の補助として、【魔力の水晶】を握って(うた)えば、彼らキルクルス教徒の歌声も、みんなを守る力になる。


 リストヴァー自治区に派遣されたフェレトルム司祭と、アーテル共和国に派遣されたレフレクシオ司祭は、聖歌を本来の歌詞で謳わせたことがない。


 ……ラニスタ人が魔法使いともそれなりに共存できてるから……なのかな?


 もし、アーテル共和国のルフス光跡教会で同じことをすれば、後で星の(しるべ)に捕えられ、火炙りにされるだろう。



 特に妨害もなく、「いつものこと」として、力ある言葉による聖歌が終わった。動画もそこで終わる。


 ……この人が大聖堂から出されたの、やっぱ信者の苦情と聖歌なんだろうな。


 聖歌はともかく、チェルニテース司祭が言う「問題の存在への気付き、誰かが掲げた灯を見ること、解決方法を知ること」に関しては、ファーキルも同意できる。

 差別などからの解放云々は、手段をもう少し工夫すれば、いい方向に動きそうな気がした。


 紛争の最中(さなか)にあるラキュス湖南地方のアーテル、ネモラリス、ラニスタの三カ国中、ラニスタは比較的平和だ。

 星の(しるべ)による爆弾テロや、ネーニア島への空襲に対する報復でネモラリス憂撃隊が動く可能性はある。それでも、戦争当事国より遙かに安全だ。

 アーテルとの国境に近い一部地域を除けば、インターネットも使える。戦争に巻き込まれた隣国としては、腥風樹(せいふうじゅ)を植え付けられたラクリマリス王国よりずっとマシだった。


 若手司祭三人の言動が、大聖堂内でどのように評価され、派遣先を決定する際、どう判断材料にされたか、うっすら見えた気がした。


 ……そう言えば、開戦直後以来、ネモラリスに対する軍事行動って、ないよな。


 ラクリマリス王国による湖上封鎖で、爆撃機を出せないだけかもしれないが、何となく引っ掛かる。

 ファーキルは、過去の報告書でラニスタに関する記述に見落としがないか、後で確認しようとメモした。


☆星の囁きで相談……「1428.客寄せの司祭」「1429.拡散する楽譜」参照

☆一般信徒用の聖典では、歌詞が共通語訳または、現地語訳のみ……「804.歌う心の準備」参照

☆楽譜通りにただ歌うだけでは(中略)効力は全く発現しない……「1150.意味のない歌」「1151.知るきっかけ」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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