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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1568.礼拝での問い

 ジンクム教会は、ラニスタ共和国で最初に建立された最大の教会だ。

 資金は、世界中の信徒から集めた寄付で、信仰を問わず、地元民を雇用して建築作業などに従事させた。

 気前よく賃金を払い、ラキュス湖畔では全く異質な外来信仰の印象をよくする試みだ。

 力ある民と湖の民に対しては、大して印象操作の効果が見られなかったが、力なき民からは次々と改宗者が現れた。


 また、アルトン・ガザ大陸からもたらされた新しい建築技術なども学べた。

 教会経由で技術書を入手する為に改宗する者や、販路拡大の為、教会へ共通語を学びに通う者も出る。教会では、昼休みの時間帯に十五分、休日は礼拝の後で一時間程度、信仰を問わない語学教室を開き、足を運ぶ者を増やした。


 当時のラニスタ王家とフラクシヌス教団は、キルクルス教団の動きに反応を示さなかった。力なき民がどんなに祈りを捧げても、女神の【涙】である青琩(せいぼう)の力にはならないからだ。

 禁止すれば、却って、力なき民の反発を招く。


 アルトン・ガザ大陸から来たキルクルス教の信仰は、燎原(りょうげん)の火の如く、ラニスタ領内で暮らす力なき民に広がった。



 昔も今も、ラニスタ人の大半は、力なき民だ。

 伝来から二百数十年が経ち、すっかり暮らしに根を下ろした。

 西隣の旧ラキュス・ラクリマリス共和国のような大きな争いはなく、比較的平和にフラクシヌス教との共存が続く。


 ジンクム市は、段丘上に築かれたラニスタ共和国随一の大都市だ。

 キルクルス教会の建立後、急速に繁栄し、首都アクシオーを凌ぐ大都市に発展した。ラキュス湖の畔にパニセア・ユニ・フローラ神殿、街全体を眺望できる丘の頂にジンクム教会が佇み、それぞれの信徒を静かに待つ。



 動画は、丘から見下ろす風景と、湖畔から丘を見上げる街並で始まった。

 カメラの視点が丘に近付き、ジンクム教会が大映しになる。開け放たれた大扉に「ジンクム教会」の文字が重なり、視点が内部に切替わる。

 扉前から人が(まば)らな長椅子の列越しに説教壇を見る映像に、席が信徒で埋まった映像が重なり、司祭の説教が始まった。


 別角度からの映像で、司祭の顔に視点が近付く。

 顔立ちがハッキリわかる大きさで数秒停止し、「チェルニテース司祭」の文字が胸元に表示された。

 画面が固定され、金髪の司祭の話が、当たり(さわ)りのない挨拶から、説教の本題に踏み込んだ。


 「ラニスタ共和国は来年の五月、民主化二百周年を迎えるとお伺いしました」

 バンクシア人のチェルニテース司祭は、ラニスタ共和国に派遣されて一年近く経つが、説教はまだ共通語だ。

 ジンクム教会に集まった信徒は、語学が堪能なのだろう。会衆席は後ろ姿ばかりで、表情はわからないが、あちこちで首が縦に動いた。


 「この地には、民主化の少し前、聖者様の教えが訪れました。歓迎はされなかったようですが、フラクシヌス教の聖職者や、魔法使いから迫害されず、受け容れられました。みなさん、これが何故か、お分かりでですか?」

 一呼吸置いて、会衆席のあちこちでぱらぱら手が挙がった。

 チェルニテース司祭はどうやら、一方的な説教ではなく、信徒に質問を投げ掛けて共に考える方針らしい。


 司祭に回答を求められ、年配の女性が立ち上がって流暢な共通語で語る。

 「フラクシヌス教が多神教で、他の信仰に寛容だからです」

 「ご回答、有難うございます。そうですね。フラクシヌス教の教えでは、この世に生きる者は皆、仲間なのだそうです」

 司祭に微笑を向けられ、答えた女性は、キルクルス教の祈りの(ことば)を唱えて着席した。会衆席の者たちが頷き、拍手が起きる。


 ラニスタでは国民の大部分がキルクルス教徒になり、何世代も重ねたが、ラキュス湖畔に暮らす者の常識として、フラクシヌス教の教義は押さえてあるらしい。

 アーテル共和国と違い、身近に神殿があり、少数ながら、力ある民と交流があることも大きそうだ。


 「(ひるがえ)って、私たちはどうでしょう? 異なる信仰や思想、国籍や出身地、社会階層、経済状況、年齢、性別、髪の色、そして、魔力の有無などで、私たちとは異なる人々を無意識に差別してはいないでしょうか?」

 教養のある信徒たちは、誰一人として手を挙げない。

 チェルニテース司祭は、もう一度、見回して続けた。

 「差別と言う程ではなくても、個人の人格を無視した頭ごなしの拒絶や否定、負担の固定などを行ってはいないでしょうか?」


 信徒たちが隣の者と囁きを交わし、礼拝堂に森の葉擦れのように広がった。


 「先程、色々並べたものは、すべて、その人の一面を切り取った属性に過ぎません。例えば、貧富の差は、その人が善良であることや、人を思いやるあたたかな心を持つことには、関係ありません」


 信徒たちは司祭に向き直って頷いた。


 「貧しくとも、図書館などに通って自ら学ぶ人々は、知識と教養が豊かです。貧富の差と頭の善し悪しや、教養の有無も、無関係です」



 パソコンの画面で、礼拝堂に詰め掛けた信徒が深く頷く。

 ファーキルは、チェルニテース司祭に同意したラニスタ人に内心、首を傾げた。


 頭に浮かんだのは、少年兵モーフの痩せて(すさ)んだ顔だ。

 リストヴァー自治区では、学費が全て無償だが、彼は事故で父を喪った後、生活費を稼ぐ為に働いて、小学校にもロクに通えなかった。

 勿論(もちろん)、図書館に足を運ぶ機会などなかっただろう。


 半世紀の内乱時代に生まれた親世代は、読み書きできない者が多い。彼の母親もそうで、労災事故の遺族に対する補償や、社会福祉制度の存在すら知らなかった。

 救済制度があっても、知らなければ、利用できないのだ。


 ジンクム教会に通う共通語に堪能な善男善女は、少年兵モーフのような極貧層の暮らしなど、想像もつかないだろう。

 それとも、ラニスタ共和国には、リストヴァー自治区の東部バラック街のような極貧地区は、存在しないのだろうか。


 バンクシア共和国の大聖堂から来た若きエリート司祭は、モーフのように貧困で学びの機会を奪われ、社会のどん底しか知らない者と、言葉を交わしたことがあるのだろうか。



 ファーキルが疑問に思う間にも、動画は進む。

 チェルニテース司祭は、会衆席をゆっくり見回して言った。

☆フラクシヌス教の教えでは、この世に生きる者は皆、仲間……「541.女神への祈り」参照

☆労災事故の遺族に対する補償や、社会福祉制度の存在……「1419.叶えたい願い」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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