1567.変容する社会
……これ、王様の死因書いてないけど、銃で暗殺とかも有り得そうだな。
アーテル共和国出身のファーキルは、隣のラニスタ共和国について、よく知らなかった。初めて接した情報が多く、新鮮な気持ちで、時を忘れて読み耽る。
ラニスタ共和国成立後、今度は一票の格差を是正する運動が起こり、公職選挙法が制定された。幾度かの改正を経て、現在の「成人年齢に達したすべての国民に平等な一票を与える」ことで落ち着く。
キルクルス教徒は増えたが、魔法使いへの迫害は、長らく発生しなかった。力ある民が居なければ、実体のない魔物から身を守れない為だ。
隣のラキュス・ラクリマリス共和国で半世紀の内乱が勃発し、アーテル党から追放された過激派「星の標」が逃れて来るまで、平和な共存が続いた。
ラニスタ共和国内の魔法使いたちは、主に漁業や貨物船の操船、魔物や魔獣の駆除、力なき民でも使える呪符や、【魔除け】の敷石など、安全関連の資材製造などに携わる。
キルクルス教が国教と定められたが、フラクシヌス教の神殿は廃止されず、現在も残る。
……えっ? あるの?
ファーキルは、思いもよらない情報に頭を殴られたような思いで、文章に視線を走らせた。
読み間違いではない。フォルダのサムネイル画像に視線を移し、幾つか開いた。入口に【魔力の水晶】を盛った台座こそないが、確かにパニセア・ユニ・フローラ神殿だ。
報告書の続きに目を戻す。
流入した星の標は、ラニスタ共和国内で勢力を拡大。当初は、政治やキルクルス教の神学に関する書籍の出版によって、思想を広めた。
力をつけた星の標は、ラキュス・ラクリマリス共和国に残る共鳴者に武器や資金を提供。密かに帰国し、戦闘に加わする者も現れる。
半世紀の内乱後、アーテル共和国として独立したに故郷へ帰る者と、ラニスタ共和国に留まる者に分かれた。
また、一部のラニスタ人が、復興特需目当てに移住。内乱による労働力の減少を補った結果、復興が早まった。
星の標は、平和なラニスタ共和国への亡命中、現地人と結婚し、家族を増やした者が多い。国際結婚の親戚宅へ行く為、以前より両国の交流が盛んになった。
内乱中は、アーテル党から追放されたものの、武器や資金の支援や、現在のラニスタ共和国とのパイプ、豊富な資金を背景に政権の中枢に食い込んだ。
アーテル共和国内に残るフラクシヌス教神殿は、悉く破壊され、聖職者はラクリマリス王国か、ネモラリス共和国への移住を余儀なくされた。
ある程度の復興が進んだ頃から、星の標による魔法使いの残党狩りが始まる。ランテルナ島に移住しなかった力ある民や、和平成立後に産まれた力ある民、その子の母親が主な標的にされた。
政権の中枢に入り込んだ星の標は、魔法使いへの加害を正当化し、誰一人として処罰されなかった。
魔法使い狩りはラニスタ共和国にも波及。星の標は、魔法使いへのテロ行為を繰り返すが、大半の国民はそれを是とせず、犯罪として取締られる。
しかし、大半が爆弾や燃料を用いた自爆テロで、被疑者死亡により、実行犯は起訴されなかった。
生き延びた実行犯も、警察病院で死亡する。また、不発で捕えられた実行犯は、拘置所から姿を消すか、不審死を遂げ、裁判の記録には一件も「魔法使いに対するテロ事件」が残らなかった。
……仲間に消されるのか。
ファーキルは、改めて狂信を突きつけられ、背筋が凍った。
同時に、ラニスタ人が星の標を支持しないらしいとわかり、少し安心する。
湖の民は緑髪で、遠目にも魔法使いとわかりやすい。周辺国に移住し、現在はラニスタの全人口中、一パーセントにも満たない。
魔獣駆除業者は、髪の色や人種を問わず、テロの標的にされなかったが、港湾施設や漁船などは、無人になる時間帯を狙って爆破された。
実行犯の死亡で賠償を請求できず、政府による補償もない。
保険会社は、テロ被害を保険の適用外にした為、経済的な理由で廃業に追い込まれる漁業者が後を絶たなかった。
元々魔法使いが少ない為、整備された港は、小規模のものが東部に幾つかあるだけだ。護岸が爆破されても、テロを恐れて工事を引受ける業者が居ない。漁業に続き、水運業も風前の灯だ。
ラニスタ共和国軍は、徴兵制と募兵制を併用し、兵役は男女とも二年間。募兵の職業軍人は定年制だ。
表向きは、近代兵器で武装した力なき民の兵士のみで構成される。だが、国境警備隊の一部が、夜間に遠距離射撃を実行したことから、【暗視】または【索敵】の術を使える魔法使いが存在する可能性が高い。
ファーキルは、画像を一枚ずつ開いて確認した。
破壊された港は、爆撃でも受けたような惨状だ。
歩道の石畳は数枚置きに【魔除け】の敷石が混じる。通行人の服装は、一見して魔法使いとわかるものがない。
建物には、タイルの装飾に紛れ、呪文や呪印がある。
呪符屋の爆破跡は、店頭が少し焦げただけで、店舗本体は無事らしい。焦げ跡の上から新商品のお知らせが貼ってある。
防護の術が、爆弾の威力に勝ったのだろう。
……そりゃ、お店の人だって、対策するよな。
ファーキルは、地下街チェルノクニージニクのゲンティウス店長を思い出しながら、ジンクム教会のフォルダに移動した。
☆アーテル共和国出身のファーキル……「0162.アーテルの子」参照
☆政治やキルクルス教の神学に関する書籍の出版……「1483.出版社に依頼」参照
☆和平成立後に産まれた力ある民、その子の母親……「809.変質した信仰」「810.魔女を焼く炎」参照
☆星の標は魔法使いへのテロ行為を繰り返すが、大半の国民はそれを是とせず……「0005.通勤の上り坂」参照
☆国境警備隊の一部が、夜間に遠距離射撃……「1221.予期せぬ襲撃」参照




