1566.隣国の報告書
五日後、歴史動画の修正作業が終わる前にラニスタ共和国の調査報告書が上がった。同志たちは、ジンクム教会にも無事潜入でき、チェルニテース司祭の礼拝動画と音声ファイルもある。
レフレクシオ司祭のルフス光跡教会での説教動画の件は、歴史動画を確認してもらった日に聞いてみたが、断られた。
運び屋フィアールカは、まだその時ではないと言う。それでも、公開に備え、バルバツム連邦の同志に打診すると約束してくれた。
聖職者用の聖典動画の件は、既に別のバルバツム人同志に依頼済みで、準備中だと言う。
「用意ができたら知らせるつもりだったの」
「そうでしたか。なんだか……すみません」
……俺が思い付くコトなんて、誰でも思い付くよな。
ファーキルは先日の遣り取りから意識を引き剥がし、現在の作業に集中した。
クラウドには、多様なデータが上げられた。
動画と音声の他、現地の新聞をPDF化したもの、ラニスタ政府や、報道機関などの公式サイトを撮ったスクリーンショット、内容をコピーしたテキスト、ダウンロードした画像、現地で撮影した街の画像などだ。
星の標に関する匿名掲示板の書込みも、スクリーンショットとテキストが保存してある。
現地を撮った画像フォルダの中身を確認する。
ラニスタ共和国は、半世紀の内乱や魔哮砲戦争の被害がなく、古い街並と近代的なビルが混在する。アーテル共和国の近代的な街並で育ったファーキルには、不思議な光景に思えた。
新旧の建物が入り混じる中、バルバツム連邦製の電気自動車や、やや古い型のガソリン車が走る。歩道をゆく人々は勿論、現代の服装だ。
歩道脇で、すっかり見慣れた物をみつけ、心臓が跳ね上がった。
……えッ? まさか、そんな……?
震える手でマウスを操作し、画像を拡大表示する。
見間違いではなく、古ぼけた石碑には、力ある言葉が刻んであった。
ファーキルは、魔術資料のフォルダを開いた。ほぼ間違いないだろうと目星をつけ、【霊性の鳩】学派のフォルダを開く。目当ての画像は【魔除け】だ。
石碑の画像と並べて表示する。
……やっぱり、【魔除け】の石碑だ。
アーテル共和国内の魔術に関する遺物は、大部分が破壊された。時折、無自覚な力ある民が、取りこぼしの遺物と接触して、星の標に狩られる。
アーテル政府は、それらの遺物をロクに回収しなかった。
SNSでは、穢れた力を持つ者を炙り出す為にわざと放置するのだと、憶測が飛び交う。
これ系の書き込みは、検閲対象ではないらしく、何年もインターネットを漂ったままだ。国民に見せる為にわざと残した可能性もある。
……ラニスタも、そうなのかな?
画像フォルダには、概要をまとめた報告書もあった。
ラニスタ共和国は来年、民主化二百周年を迎える。
この地は、三界の魔物との戦い以降、土地の魔力が激減した。力ある民も減り、現在の国民は、八割が力なき民、二割弱が力ある民で、湖の民は殆ど居ない。
民主化前のラニスタ王国は、僅かな力ある民が実権を握ったが、その力は周辺国と比較すると脆弱だった。
他国の侵略を免れたのは、多数の力なき民を抱えるからだ。民族浄化を行えば、国際的な批難は必至。完遂できる筈もなく、その保護の負担が重かった為である。
約八十年前、南のヅープ山脈で亜鉛とニッケルの鉱床が数カ所発見されるまで、大した資源もない小国に過ぎなかった。
二百数十年前、ラキュス湖半にキルクルス教が伝来。
フラクシヌス教の聖職者は、力なき民の祈りには何の力もないことを知る為、彼らの改宗を黙認する。
魔術と魔法使いを否定する教えは、力ある民には広まらなかった。
力なき民が多数派を占めるこの国では、改宗者が急増。隣接するラキュス・ラクリマリス共和国のアーテル地方で布教する者まで現れた。
アルトン・ガザ大陸から、キルクルス教と共に革新的な技術が次々と流入し、力なき民が科学力を身につけ始める。新技術によって富を増し、新興の富裕層が出現した。
弱体化が進んだ王家は、力なき民の富裕層を権力機構に取り込み、懐柔を図る。
代議院を新設し、国王が力なき民の平民から任命した委員を政権運営の一角に加えた。平民と言っても、初期の委員はすべて王家の御用商人だ。
民主主義の制度が伝わり、非公式ながら、代議院の委員候補が、国内各地の商工会議所内で選挙されるようになる。
国王は、各地域二名ずつ選出された候補者の中から一名ずつ、委員を任命した。
委員の居住地に偏りがあれば、代表を送れなかった地域の不満が募る。地方の反乱を防ぐ為には、公平に割り当てざるを得なかった。
まだ、貧しい平民には非公式の選挙権すらなかった。だが、商工会議所から商店などを通じて代議院の存在が広まるにつれ、持たざる者も、委員の選出に関心を寄せるようになる。
やがて、選挙権を求める動きが活発化する。
不買運動などで商店に圧力を掛け、一部地域では、商工会議所の会員以外にも、投票の権利を与えられた。
正規会員の一票は三ポイント、非会員の一票が一ポイントではあったが、選挙前には投票目当ての大安売りが盛んに行われ、街が活況を呈する。
庶民への投票権の付与は、瞬く間に全域へ広がった。
その後ほんの数十年で、代議院は経済力を背景に発言力を増す。
有力商人たちが、魔獣から身を守る名目で、アルトン・ガザ大陸の科学文明国から大量の銃を買い付け、武力をも手にした為だ。
職人たちも、輸入された銃を分解し、構造や機構を解析。この地に合う改良を加え、独自の銃を製造するに到る。キルクルス教に改宗しなかった職人は、呪文や呪印を刻んだ銀の弾丸を開発した。
アーテル地方に銃を輸出し、庶民はますます力をつけた。
王家は力と存在を誇示する為、魔物・魔獣討伐の親征を度々行うようになる。
最後の王が、魔物討伐の親征で斃れた。世継ぎは、まだ十代の王女ただ一人。
遺された王女は、父王の喪が明けた直後、代議院に全権を委譲し、ラニスタ共和国が成立した。




