1562.動画の設計図
「確かに、予備知識がない人にいきなり『三界の魔物はアルトン・ガザ大陸の人が造った』なんて言ったら、否定されるよね」
「でしょ? だから、フラクシヌス教の成立はフツーに流して、アルトン・ガザ大陸の歴史、前半はスッパリ切っちゃいましょ」
支援者マリャーナ宅のパソコン部屋は、ファーキルとタイゲタの他、ネモラリス建設業協会の若手技術者たちが詰め、満席だ。
ファーキルは、ラキュス湖周辺地域の歴史を共通語話者に伝える動画作成。協会員たちは、アーテル本土の街でばら撒くDVDを大量に作成する作業にあたる。
ファーキルとタイゲタ以外は黙々と作業し、パソコンの駆動音と、焼き終わったDVDがトレーから排出される音が、幾重にも重なって白い壁に響いた。
「じゃあ、三界の魔物は、魔道士を殺傷する為に造られたから、アルトン・ガザ大陸の生き残りは、力なき民が多かったですって辺りから始めればいいのかな?」
「そのくらいかなぁ? あ、それと、地形が変わるくらい激しい戦いでしたって言うのと、アルトン・ガザ大陸の地図も出すの、どう?」
「そうだね。この不自然な地形って、わかりやすいもんね」
ファーキルは、タイゲタの明るい声に背中を押され、パソコンを操作した。
タイゲタが、プリンタの横からミスプリントの紙を数枚取り、自動原稿送り装置付きの原稿カバーを机代わりに何か書き始める。
協会員の一人が、焼き終えたDVDの山を抱え、段ボール箱へ片付けるついでに少女の手元を覗いた。
「そこ、やりにくいだろ? 席、代わるよ」
「ありがとうございます。でも、さっきもお邪魔しちゃいましたし、もうすぐ終わるんで大丈夫ですよ」
「何書いてんの?」
「動画の絵コンテです」
「えこんて?」
建設系の技術者は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、眼鏡のアイドル歌手を見る。初耳だったらしい。
ファーキルも、名称だけはどこかで耳にしたが、具体的にどんな物か目にしたコトはなかった。
「えーっと……動画の設計図? みたいな?」
タイゲタが自信なさそうに言うと、協会員も同じ表情で頷いた。
「時間の流れに沿ってこの時間はこんな構図の映像を流して、BGMや効果音はこれで、台詞や字幕の表示はこんなカンジでー……って、私も、プロモーションビデオ用のをちょっと見ただけなんで、よくわかってないんですけど、こんなカンジかなーって」
歌手の少女は一気に説明したが、急に声の調子を落として小首を傾げた。
……わかんないフリの「自分下げ」演技か。
ファーキルは、「知る機会がなかった人の無知をつついて自尊心を傷付けない対応」に気付き、何とも言えない気持ちになった。
「で、こんなカンジかなって思うんだけど、どうかな?」
ファーキルの隣に戻り、急拵えの絵コンテをそっと差し出す。
プロの映画監督や、映像作家が描いたものは見たコトがないが、映像制作の素人が見様見真似で描いたとは思えない出来映えだ。
地図と題字を表示させ、地図を徐々に大写しするところまでは同じだが、本題に入る前に時代区分の略図を挿入する。
横向きの棒グラフのような図をふたつ並べ、二大陸それぞれの歩みを示す。
未知と既知の情報が同じ形式で並ぶと、視覚的にわかりやすく、比較が容易だ。
「時代の図は、五秒くらいでいいよ」
「えっ? 全部読めないよね?」
「いいの。あんまり長いと、飛ばすか、最悪、飽きて見るのやめちゃうから」
「あっ……」
ジェルヌィからも似たような注意を受けた。
ファーキルは、正確な情報をなるべく多く出すのがいいと思い、これまで、サイト「旅の記録」には、大量の情報を掲載してきた。
だが、ネモラリス難民のアンケートをはじめとして、それなりの費用と時間、大変な手間と労力、多くの人手を掛けて集めた情報こそ、閲覧数が少ない。
アクセス解析やSNSの感想から拾えた閲覧者は、直接支援に携わる人や、ネモラリスの在外公館、大学や機関の国際紛争や民族紛争、難民支援の在り方などを研究する部門などが、大部分を占める。
関心が薄い一般人に広く伝えるには、もっと情報を絞らなければならないのだ。
……みんな、他のコトで忙しいもんな。
ファーキル自身、実家に居た頃は、アルトン・ガザ大陸南部の民族紛争には興味がなかった。ニュースで見た気がするが、あの地方で何万人の難民が発生したか、記憶にない。
逆に、アルトン・ガザ大陸の住民も、チヌカルクル・ノチウ大陸西部ラキュス湖地方の紛争など、知ったことではないだろう。
ファーキルは、呪医セプテントリオーからキルクルス教がこの地へ伝わった経緯を教えられて、初めてふたつの大陸の繋がりに意識を向けるようになった。
「で、次は、絵本と科学的な裏付けをかわりばんこに出すんだけど、一回で表示するテキストの量は、絵本と同じにしないで」
「えっ? 何で?」
「媒体が違うから」
「えっ? いいの?」
「合う出し方って、それぞれ別だもん」
媒体の違いは全く眼中になかった。
……絵本の通りじゃないとダメだって思い込んでた。
タイゲタは、絵コンテをつついて言う。
「例えば、小説が映画になる時。情報やシーンをバッサリ切ったり、シーンの順番とか入替えるでしょ?」
「あー……全然、別モノになるね」
「でしょ? 原作ファンに怒られる下手な編集もあるけど、全く手を加えない映画なんて一本もないのよ」
「媒体の特性で、できる表現とできない表現、得手不得手がある……から?」
ファーキルが、頭に浮かんだ考えを手探りで組立てると、タイゲタは満面の笑みで応えた。
「そう言うコト。わかってたら、もう、できたも同然じゃない?」
それは流石に言い過ぎな気がするが、悪い気はしなかった。




