1561.情報の出し方
最後まで残った最古にして最大の三界の魔物が、現在のムルティフローラ王国に封印された年が、印暦紀元元年だ。
キルクルス教は、その頃に成立した。
三界の魔物の惨禍を生き延びた「力なき民」の目には、聖者キルクルス・ラクテウスの説く言葉の数々は、災厄の闇を照らし、復興を導く力強い灯に映ったことだろう。
湖西地方の国々は三界の魔物に滅ぼされ、現在も人の住めない土地となった。
湖北地方のプラティフィラ帝国は、七つの王国に分かれて独立したが、同盟を結び、結束は固い。
ラキュス・ラクリマリス王国は、ラキュス湖の出現から間もない頃、湖南地方西部で成立。三界の魔物の惨禍には耐えたが、主神フラクシヌスの秦皮が枯れ、湖水の減少を招いた。代わりに樫を用意し、更なる減少を食い止める。
印暦紀元元年以降は、秦皮と並び、樫も主神フラクシヌスの象徴として尊ばれるようになる。
……長命人種も居るけど、ひとつの国が七千年以上も続くとか、スゴいよなぁ。
長命人種は何事もなければ、千年近く生きられる。
彼らの感覚では、八千年でも一万年でも、大した長さではないのかもしれない。
これらをどうまとめるか。
「ありがとうございましたー」
タイゲタたちの作業が終わったらしい。パソコンの部屋を出てゆく。
アステローペが、タイゲタとサロートカに囁き、金髪の二人はそのまま去った。
一人残ったタイゲタは、麦藁色の髪を掻き上げ、二人を見送る。眼鏡を掛け直すと、予備の椅子を引っ張って、ファーキルの隣に腰を落ち着けた。
「この動画って、炎上狙い?」
「えぇッ? いや、フツーに情報提供だけど?」
ファーキルはいきなり何を言い出すのかと、面食らってタイゲタを見た。眼鏡越しの瞳がファーキルの瞳を捉え、画面に向けられる。
「三界の魔物がアルトン・ガザ大陸で製造されたの、知らない信者多いでしょ」
「あッ……!」
聖職者向けの聖典には、キルクルス教が成立するに到った略史の章が、精光記に含まれる。だが、星道の職人用の技術書主体の聖典と、一般信者向けの薄い聖典には、略史の記述がなかった。
「よくて、信じてもらえないくらいで済んで、下手したら炎上しちゃうかも」
「聖職者用の聖典を背景に出すのは?」
動画投稿サイト「ユアキャスト」には、たくさんの「星道の職人用の聖典を捲って全ページ見せる動画」がある。
大聖堂は、削除要請を出さないのか、ユアキャスト側が応じないのか不明だが、何年も前に投稿されたものが何本もあり、それぞれ十万アクセスから数百万アクセス稼ぐ。
ファーキルは、聖職者用の聖典動画を見た記憶はないが、探せばあるような気がした。
「あるのかな?」
ユアキャストをサイト内検索する。
星道の職人用は、相変わらず大量に引っ掛かったが、聖職者用は見当たらない。検索ワードをあれこれ変えてみたが、それらしいものはみつからなかった。
「星道の職人用は、信仰に疑問を持って辞めちゃった人が、内部告発のつもりで出してたかもしれないけど、流石に聖職者用はないんじゃない?」
「そうかな? フェレトルム司祭やレフレクシオ司祭だったら、歪んだ教えを正す為にって、出しそうだけど」
大聖堂から、リストヴァー自治区とルフス光跡教会へ派遣された若いエリート司祭の言動は、同志たちが調べて報告書にまとめてくれた。
レフレクシオ司祭は、ロークとクラウストラが記録した動画や音声ファイルもある。三人目、ラニスタ共和国のジンクム教会に派遣されたチェルニテース司祭の調査は、近々行われる予定だ。
「大聖堂に居た頃は、ネット上の活動に監視があったとか、何かしたのがバレたら、破門されて正しい教えを広めるどころじゃなくなるかも」
「あー……そっか。それがあるのか」
派遣後は、言葉や文化が異なる地での活動が大変で、インターネット上の活動までは手が回らないようだ。
バルバツム連邦在住の同志は、ラクエウス議員の依頼文を使い、聖職者用の聖典を百冊も調達した。差出人を偽装し、リストヴァー自治区と、ネモラリス共和国内に蔓延る星の標の支部に送りつけた為、手許には一冊もない。
再び聖職者用の聖典を取り寄せ、ページを捲る動画を撮ってもいいだろう。
「でも、この動画に聖典出すのはやめとく」
「どうして?」
「テキストに聖典の字が被ったら、読み難そうだから」
「そう。それに、三界の魔物がどこで造られたか、仄めかすだけがいいかもね」
タイゲタの提案に首を傾げる。
「何で?」
「気になった人が調べて、自分で正解みつけた方が納得しそうじゃない?」
「でも、キルクルス教成立以前のコトって見たコトないよ?」
聖典の魔術の記載は、両輪の国在住者らが動画などで散々指摘するが、印暦紀元前の三界の魔物に関する歴史や、キルクルス教成立の経緯を説明する共通語のページは、見たことがなかった。
……探し方が悪いのかな?
アルトン・ガザ大陸の共通語話者が、どう探せば「正解」に辿りつけるのか。
「ファーキル君はどうやって知ったの?」
「えっ? どうって、そんなのこの辺じゃ、常識だし……湖南語の文献を共通語訳して、サイトに載せればいいのか」
ロークとクラウストラが、ルフス光跡教会で撮った動画の内、レフレクシオ司祭の説教部分だけを公開した方が、説得力がありそうな気がした。
双頭狼の侵入後は、趣旨が違うので、キリのいいところで切るしかない。
……後でフィアールカさんたちに聞いてみよう。
聖職者用の聖典を捲り、キルクルス教成立以前の歴史を伝える動画は、「真実を探す旅人」より第三者が出す方が、信憑性が増すだろう。
聖典を調達してくれたバルバツム連邦在住の同志に頼んで、捨てアカで公開してもらった方がよさそうだ。
発信者の「国/地域」表示が、ラキュス湖周辺地域より、キルクルス教徒が圧倒的多数を占める科学文明国の方が、閲覧者に受け容れられる可能性が高いだろう。
ファーキルは、運び屋フィアールカに相談する内容を心に留め、目の前の作業に向き合った。
☆精光記……「554.信仰への疑問」参照
☆星道の職人用の技術書主体の聖典/星道の職人用の聖典を捲って全ページ見せる動画……「0982.番組の準備中」参照
☆レフレクシオ司祭は、ロークとクラウストラが記録した動画や音声ファイル
レフレクシオ司祭の説教/双頭狼のルフス光跡教会襲撃……「1071.ルフスの礼拝」~「1077.涸れ果てた涙」参照
廃病院での密会と証言の記録……「1108.深夜の訪問者」~「1110.証拠を託す者」参照
ランテルナ島での密会……「1426.真夜中の湖畔」~「1429.拡散する楽譜」参照
☆バルバツム連邦在住の同志は、ラクエウス議員の依頼文を使い、聖職者用の聖典を百冊も調達……「0944.聖典の取寄せ」「0958.聖典を届ける」「0977.贈られた聖典」参照




