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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日
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0016.導く白蝶と涙

 葬儀屋は、【導く白蝶】学派の【火葬】の術で遺体を次々と灰にする。

 一階は、テロリストを除いて全て焼き終えた。

 遺体をそのままにしておくと、中に雑妖や肉体を持たない魔物などが住み着いてしまう。物質的な衛生面でも好ましくない。

 この状況では、どこにも代金を請求できないが、安全の為には早急に片付けなければならなかった。


 「やすみしし 現世(うつよ)(むくろ) 離れ()く (たま)()()えて 幽界(かくりよ)へ (たま)旅立(たびだ)ちぬ

  うつせみの (むな)しその身の 横たわる (うつ)ろな(うつわ)

  現世(うつよ)にて (けが)(まと)いて 横たわる 火の力 穢れ祓いて 灰となせ」

 魔力を乗せた力ある言葉に従い、遺体だけが青白い炎に包まれる。床を焦がすこともなく、肉体と屍衣(しい)となった最期(さいご)の衣服が、白い灰になった。


 葬儀屋は、瞑目して湖の女神パニセア・ユニ・フローラに死者の安寧(あんねい)を祈り、灰の山を探った。小さな結晶が指先に触れる。そっと灰を払い、拾い上げた。

 薄青い【魔道士の涙】が淡い光を放つ。

 遺体は若い女性だった。結晶の大きさは、小指の爪の半分程しかない。どの学派の術を修めた者か知らないが、強い魔力に恵まれていた。

 「惜しい人を亡くしたなぁ」

 首を横に振って、もう一度、湖の女神に祈りの言葉を捧げた。

 【魔道士の涙】を腰に吊るした皮袋に入れ、次の遺体を焼く。



 二階には、生きた人間が葬儀屋しか居ない

 雑妖が早速、遺体に(たか)る。葬儀屋が近付くと、雑妖は蜘蛛の子を散らすように暗がりへ逃げた。


 商売柄、服には【魔除け】や【退魔】などの呪文を刺繍してある。

 自前の魔力が尽きない限り、この服を着ている間は、常時それらの術が葬儀屋を守った。


 魔物や雑妖は、穢れや魔力を餌に大きくなる。

 魔力のないキルクルス教徒の遺体は、どうしても優先順位を下げざるを得ない。

 「悪く思わんでくれよ」

 葬儀屋はまだ若いテロリストの溺死体を()け、その下にあった老人の遺体を灰にする。

 死後も、力ある民と力なき民の間には、厳然(げんぜん)とした差が残った。



 病院職員の指示で、傷の癒えた避難者らが、薬や薬の素材、毛布などの物資を運び出す。

 日没後、風向きが変わり、風は(おおむ)ね北から南へ吹いた。

 街はまだ、燃えている。

 沿岸地区のジェリェーゾ区、スカラー区、グリャージ区から立ち昇る煙が、南のリストヴァー自治区を(いぶ)した。


 魔法使いたちの普段着には、【耐寒】の術が掛かっているが、入院患者の寝巻きにはそれがない。震える患者の肩に毛布を掛け、外へ連れ出す。


 駐車場の避難者は大幅に減った。

 テロリストに殺された者は、灰と【魔道士の涙】に変えられ、遺体は残っていない。生存者の多くは【跳躍】で襲撃から逃れていた。


 呪文の詠唱に時間が掛かる為、銃で急襲されれば、ひとたまりもない。だが、最初の攻撃さえ何とかなれば、力なき民には魔法の影響から逃れる(すべ)は、(ほとん)どない。


 周辺の術をひとつだけ無効化する【消魔符】では、呪符の効力を上回る大きな魔法を打ち消すことはできない。また、同時に複数の術が行使された場合、最も近くの最も弱い術を打ち消す。

 半世紀の内乱中は、戦闘服の【耐寒】などを打ち消してしまい、肝心の攻撃を防げないことも多かった。


 この度の蜂起では、不意を打たれた者の多くが、銃撃や手榴弾によって命を奪われた。

 避難しようにも、複数の人間を連れて【跳躍】するには、それだけ多くの魔力を必要とする。

 自分一人ならともかく、幼い子供や負傷者などを連れて、一度に逃げられる強い魔力の持ち主ばかりではない。だが、意識を失った負傷者や、まだ【跳躍】を使えない子供を見捨てられる者は、少なかった。


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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