0016.導く白蝶と涙
葬儀屋は、【導く白蝶】学派の【火葬】の術で遺体を次々と灰にする。
一階は、テロリストを除いて全て焼き終えた。
遺体をそのままにしておくと、中に雑妖や肉体を持たない魔物などが住み着いてしまう。物質的な衛生面でも好ましくない。
この状況では、どこにも代金を請求できないが、安全の為には早急に片付けなければならなかった。
「やすみしし 現世の躯 離れ逝く 魂の緒絶えて 幽界へ 魂旅立ちぬ
うつせみの 虚しその身の 横たわる 虚ろな器
現世にて 穢れ纏いて 横たわる 火の力 穢れ祓いて 灰となせ」
魔力を乗せた力ある言葉に従い、遺体だけが青白い炎に包まれる。床を焦がすこともなく、肉体と屍衣となった最期の衣服が、白い灰になった。
葬儀屋は、瞑目して湖の女神パニセア・ユニ・フローラに死者の安寧を祈り、灰の山を探った。小さな結晶が指先に触れる。そっと灰を払い、拾い上げた。
薄青い【魔道士の涙】が淡い光を放つ。
遺体は若い女性だった。結晶の大きさは、小指の爪の半分程しかない。どの学派の術を修めた者か知らないが、強い魔力に恵まれていた。
「惜しい人を亡くしたなぁ」
首を横に振って、もう一度、湖の女神に祈りの言葉を捧げた。
【魔道士の涙】を腰に吊るした皮袋に入れ、次の遺体を焼く。
二階には、生きた人間が葬儀屋しか居ない
雑妖が早速、遺体に集る。葬儀屋が近付くと、雑妖は蜘蛛の子を散らすように暗がりへ逃げた。
商売柄、服には【魔除け】や【退魔】などの呪文を刺繍してある。
自前の魔力が尽きない限り、この服を着ている間は、常時それらの術が葬儀屋を守った。
魔物や雑妖は、穢れや魔力を餌に大きくなる。
魔力のないキルクルス教徒の遺体は、どうしても優先順位を下げざるを得ない。
「悪く思わんでくれよ」
葬儀屋はまだ若いテロリストの溺死体を除け、その下にあった老人の遺体を灰にする。
死後も、力ある民と力なき民の間には、厳然とした差が残った。
病院職員の指示で、傷の癒えた避難者らが、薬や薬の素材、毛布などの物資を運び出す。
日没後、風向きが変わり、風は概ね北から南へ吹いた。
街はまだ、燃えている。
沿岸地区のジェリェーゾ区、スカラー区、グリャージ区から立ち昇る煙が、南のリストヴァー自治区を燻した。
魔法使いたちの普段着には、【耐寒】の術が掛かっているが、入院患者の寝巻きにはそれがない。震える患者の肩に毛布を掛け、外へ連れ出す。
駐車場の避難者は大幅に減った。
テロリストに殺された者は、灰と【魔道士の涙】に変えられ、遺体は残っていない。生存者の多くは【跳躍】で襲撃から逃れていた。
呪文の詠唱に時間が掛かる為、銃で急襲されれば、ひとたまりもない。だが、最初の攻撃さえ何とかなれば、力なき民には魔法の影響から逃れる術は、殆どない。
周辺の術をひとつだけ無効化する【消魔符】では、呪符の効力を上回る大きな魔法を打ち消すことはできない。また、同時に複数の術が行使された場合、最も近くの最も弱い術を打ち消す。
半世紀の内乱中は、戦闘服の【耐寒】などを打ち消してしまい、肝心の攻撃を防げないことも多かった。
この度の蜂起では、不意を打たれた者の多くが、銃撃や手榴弾によって命を奪われた。
避難しようにも、複数の人間を連れて【跳躍】するには、それだけ多くの魔力を必要とする。
自分一人ならともかく、幼い子供や負傷者などを連れて、一度に逃げられる強い魔力の持ち主ばかりではない。だが、意識を失った負傷者や、まだ【跳躍】を使えない子供を見捨てられる者は、少なかった。




