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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1557.来た道を思う

 「レノさん、交換品でいただいたバター、少し分けてもらっていいですか?」

 「いいですけど、どうするんです?」

 「濃縮傷薬を作ろうと思って」

 「あッ! どうぞどうぞ! 全部でもいいですよ」

 ピナの兄貴が、交換品の山から呪文入りの布に包まれた塊を出す。

 薬師(くすし)のねーちゃんは苦笑いした。

 「全部お薬にしたら、明日、クッキー作れなくなりますよ」


 木箱にバターを置いて、包みを開く。

 あの布は、【保冷布】と言う魔法の品だと聞いた。端にひとつだけ付いた【魔力の水晶】から魔力がなくなるまで、包んだ物をずっと冷やし続けるらしい。

 二人は定規でバターを測り、どのくらい残すか相談を始めた。



 ピナと妹とアマナは、明日に備えて砂糖と小麦粉を(ふるい)に掛け、計量スプーンできちんと量って紙袋に小分けする。

 モーフには、何故そうするのかわからないが、質問する気力も、手伝う気力もなく、三人の作業をぼんやり眺めた。


 ラジオのおっちゃんとソルニャーク隊長、アマナの父ちゃん、漁師の爺さんは、ラゾールニクとクルィーロが、タブレット端末で録った音声を書き起こすのに忙しい。神殿と神官の家で交わされた会話が、何度も繰り返し流れる。


 メドヴェージのおっさんは、FMクレーヴェルのワゴン車に居る。

 どうやら、DJの兄貴に蔓草(つるくさ)細工の作り方を教えるらしい。【灯】の薄明るい光の中で、二人の手許のちまちました動きがぼんやり見えた。


 葬儀屋のおっさんは、モーフの横で絵本を熱心に読む。

 フラクシヌス教の神話を描いた「すべて ひとしい ひとつの花」だ。



 何もしないのは、モーフ一人だ。

 誰にも話し掛けられない。

 まるで、ここに居るのに誰の目にも見えなくなった気がする。


 少年兵モーフは、ポケットから腕章を取り出した。

 黒地に白で大小の星が刺繍され、夜空と「聖なる星の道」を表す。


 ……聖者様……キルクルス様。


 星の道義勇軍の旗印だ。

 二度とつけないだろうが、ソルニャーク隊長とメドヴェージのおっさんは、捨ててしまったのだろうか。


 ……俺は信仰の為に訓練受けて、やっとこさ、これもらって、信仰を守る戦いに出て、それで。


 今は、魔法使いと行動を共にする。

 魔法で守られてぬくぬくと過ごし、魔法の火で煮炊きした物を食べ、一食抜けただけで不満を感じるようになった。


 少しばかり読み書きできるようになり、小学校の教科書は大体読めたが、計算は苦手なままだ。


 ピナの妹は、小麦粉などをきっちり量って、各材料を正しい配合で混ぜられる。

 だが、モーフは彼女らの作業を見ても、何をどうするかよくわからなかった。わかったつもりで失敗して、食材をダメにするのが怖くて、自分からは手伝えない。


 ピナたちに頼まれれば、できることは何でもするが、いちいちひとつずつ指示を出してもらわなければ、何をすればいいかわからない。

 教えてもらっても、何かする前にひとつずつ確認しなければ、間違えるのが怖くて実行できなかった。


 説明が必要な分、却って足手纏いな気がしてならない。


 ピナの妹は、小学校で習った知識をパン屋の実務で使いこなせるが、モーフは、必要な知識を頭に入れるのも、まだまだ中途半端だ。

 何か間違って覚えたかもしれないが、確認すらできない。


 ……工場で下働きしてた頃と、あんま変わんねぇんだよな。


 このトラックは工場と違って、何をすればいいか先にきちんと説明され、虫の居所次第で殴られたりしない。

 だが、それはピナたちがいい人だからだ。モーフ自身が仕事をきちんとこなせるようになったからではない。



 自治区に居た頃のモーフは働き詰めで、小学校にもロクに通えず、読み書きがほぼできなかった。バラック街の基準でも、無知で貧乏でみすぼらしいガキだった。

 自治区を出てから、みんなに色々なコトを教えてもらい、今は少し読み書きできるようになった。バラック街なら、これだけで物識(ものし)りの部類に入るが、外の基準では、無知な子供であることに変わりない。


 勉強不足で、年相応の知識と技術すら、まだ身につけられないでいる。


 パン作りでは、年下のピナの妹に指図してもらわなければ、動けない。

 足留めされた村の学校で、ピナの兄貴が調理実習をして、メシの作り方を詳しく教えてくれたが、モーフ一人であれを作れる気がしなかった。



 リストヴァー自治区を出てから教会へ行けず、司祭様の話を聞けなくなった。それでも、モーフの中で、力なき民を知の(ともしび)で導いて下さる聖者キルクルスに対する信仰は、変わらない。



 知識は、忘れない限りどこにでも持って行ける。

 嵩張らず、他人に奪われて失うことのない財産。

 知識は身を守る防具であり、幸福へと到る道標(みちしるべ)

 書き記せば、世代と時代を越えて、継承できる。



 司祭様は、聖者キルクルス・ラクテウス様の代理人だ。礼拝では毎回、「ですから、なるべくたくさん勉強しなさい」と言った。聖者様も大昔にきっと、同じコトをみんなに言って回ったのだろう。

 フラクシヌス教の神殿は、聖者様が生まれるずっと前からあると言う。

 聖者様は、神殿をご存知だろうか。


 モーフは、小学校にもロクに行けないのを申し訳なく思ったが、平日は毎日仕事で忙しく、家で勉強する余裕などなかった。

 バラック街の家々には、電気もガスも水道も何もなく、日が暮れれば寝るしかない。冬は、遠くの街灯を頼りにバラックの隙間でしかない道なき道を帰った。


 生まれ育ったバラック街は、あの冬の大火で焼けて、今はキレイな街になったらしい。

 モーフは報告書の写真を見て、現地へ行ったソルニャーク隊長たちからも聞いたが、同じ街とは思えず、ピンとこなかった。


 ……スパイの兄ちゃん、説教壇に上がってみんなに聖典を読み聞かせたって?


 先程、情報ゲリラのラゾールニクが言ったコトを思い出し、身震いした。

 あそこへ上がっていいのは、司祭様だけだ。モーフたち子供が上がると、大人たちにこっぴどく叱られた。


 ラゾールニクは異教徒でも、大人だから叱られなかったのか。


 ……違う。異教徒でも、聖典の中身がちゃんとわかって、みんなを守る力があるからだ。


 モーフは、イーヴァ議員のアジトで聖職者用の聖典を見せられたが、目次どころか、表紙の題名すら読めなかった。


 フラクシヌス教には聖典がない。

 神殿に行く者は、一人一個ずつ【魔力の水晶】を奥へ置いて来るだけだ。


 仮病を使っても、この村には薬師(くすし)が居る。

 他の誤魔化し方は、何時間考えても思いつけなかった。



 空が白み、鳥が(さえず)る頃、やっと結論が出た。

 異教徒のラゾールニクが、説教壇に上がって咎められないなら、モーフが神殿へ行っても、聖者様は許して下さるだろう。


 ……俺が行かなきゃ、ピナたちが殺されるかもしんねぇんだよな。


 心が定まった今、自分が何故、あんなにも動揺したのか、わからなくなった。

☆工場で下働きしてた頃……「0117.理不尽な扱い」参照

☆ピナの兄貴が調理実習……「1096.教育を変える」~「1098.みつけた目標」参照

☆フラクシヌス教の神殿は、聖者様が生まれるずっと前からある……「0234.老議員の休日」「536.無防備な背中」「905.対話を試みる」参照

☆情報ゲリラのラゾールニクが言ったコト……「1556.少年兵の信仰」参照

☆イーヴァ議員のアジトで聖職者用の聖典を見せられた……「0979.聖職者用聖典」参照

☆この村には薬師(くすし)が居る……「1535.放送局の物販」参照


 ▼聖なる星の道の腕章

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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