1555.一枚岩に非ず
「ネミュス解放軍は、一枚岩ではない。これはわかるな?」
「えーっと……はい?」
ソルニャーク隊長が突然、話を変える。
少年兵モーフは一応頷いたが、突っ込んで聞かれたら、上手く答えられる気がしなかった。
「様々な思想や属性の者たちが、各地でデモ隊を結成し、一部が暴徒化した。ウヌク・エルハイア将軍が、治安を回復させる為に説得して回った結果、成り行きから、彼の許で組織化されたに過ぎん」
ソルニャーク隊長の落ち着き払った声が、少年兵モーフに重くのしかかる。
ラゾールニクの魔法で音漏れしなくなった荷台の外は、もうすっかり夜だ。
モーフは、荷台の扉を閉められる前に見た景色を思い出した。
月の周りに薄い雲が懸かり、空全体がぼんやり明るい。村の家々は扉を固く閉ざし、人っ子一人出歩く者がなかった。
森の木々が影絵のように村を囲み、ウーガリ山脈から吹き下りる風に揺れる。だが、今はその葉擦れの音が、全く届かなかった。
モーフは隊長たちの話が難しく、何の為にそんなコトを言うかすらわからない。
……クソッ! あんなに勉強したのに……まだ足ンねぇってのかよ。
メドヴェージの向うに積まれた木箱が視界に入る。中身が教科書だと思い出した途端、胃が重くなった。
モーフを置き去りにして、話は進む。
「ネミュス解放軍がリストヴァー自治区を襲撃したけど、それはカピヨー支部長の独断で、解放軍の総意じゃない。ウヌク・エルハイア将軍も知らなかったんだ」
ラゾールニクのこの話は、モーフにもわかった。
「ウヌク・エルハイア将軍は、場を丸く収める為に自治区や星の標と協定を結んだけど、これも、解放軍の総意じゃない」
「だから、協定の件は、あの場に居なかった解放軍のみんなには、内緒かもしれない」
DJの兄貴が、クルィーロの手許を見た。タブレット端末の画面は、持ち主の方を向いて、モーフからは見えなかった。
「報告書には載せたけど、解放軍全体には伝わってないっぽいし、自治区の外、少なくともネモラリス島内の星の標にも伝わってないみたいだ」
「どうして、そう思うんですか?」
ピナが細い声で、ラゾールニクに聞いた。
「星の標のテロや呪符泥棒が止んだのって、ファーキル君たちが、聖職者用の聖典を奴らの支部に送りつけてからだろ?」
「あっ……」
「ローク君の報告と、君たちが集めた情報で、ネモラリス島内の隠れキルクルス教徒が、ネミュス解放軍をけしかけて自治区を襲わせる計画がわかったよね?」
「自治区側も、事前に情報を得て幹部の妻子を逃がし、迎撃準備を整えたようだが……」
ソルニャーク隊長が苦い顔をする。
自治区側は、コテンパンに負けた。
「自治区の星の標は、事前情報より強い部隊が来たせいで惨敗して、ネモラリス島の隠れキルクルス教徒に不信感を持ったかもね」
ラゾールニクの声は軽いノリだが、荷台の空気は重い。
「ネミュス解放軍は、魔哮砲を使役する現政権の方針に反対って点では一致してるけど、キルクルス教徒をどう思うか、クリペウス首相たち魔哮砲を使わせた政治家をどうしたいか、国の体制にどんな形を望むかってのは、バラバラだ」
「神政復古したい人の集まりじゃないんですか?」
クルィーロが端末から顔を上げて首を傾げる。
「最近は、陸の民の協力者も増えてるし、神政復古で貴族制も復活したら、得する人はイイけど、そうじゃない人の方がずっと多いだろ?」
「そして、ウヌク・エルハイア将軍自身は、権力の座を望まないようですが、統治者に不向きな親戚をその座に就けたくもない……難しい立場のようです」
ラジオのおっちゃんの声に疲れが滲む。
……あれもイヤ、これもイヤって、ワガママなジジイだな。
少年兵モーフは、ウヌク・エルハイア将軍の態度に呆れた。
レーチカ市の臨時政府を攻撃させないのも、それが理由なのだろう。
「将軍自身は恐らく、旧王国時代のように人種や信仰に関係なく、共存したいのでしょうが、半世紀の内乱や、魔哮砲戦争開戦後のテロなどで、キルクルス教徒を憎む人々が増えました」
「戦争が終わっても、ハイそうですかって、水に流せるたぁ思えねぇな」
葬儀屋のおっさんが鼻を鳴らした。
キルクルス教徒も、フラクシヌス教徒や魔法使いに憎しみを抱く。
キルクルス教国として分離・独立したアーテル共和国は、半世紀の内乱終結からたった三十年で、フラクシヌス教国のネモラリス共和国に戦争を吹っ掛けた。
……俺も、そうだったもんな。
二年前の後悔が、少年兵モーフの胸を締めつける。
ラジオのおっちゃんが、どこか遠くを見て言った。
「状況が厳しければ厳しい程、隠れキルクルス教徒の結束は強まり、対抗する解放軍や、フラクシヌス教徒の一般人の態度も、強硬になります」
「悪循環……ですね」
アマナの父ちゃんが溜め息を吐き、怯える娘の肩を撫でる。
ラジオのおっちゃんは、眼鏡を片手で押えて言った。
「ウヌク・エルハイア将軍が止めたようですが、民族浄化思想を広めるサル・ウル氏とサル・ガズ氏に共鳴した者が少なくなかったからこそ、クレーヴェルで隠れキルクルス教徒狩りが横行したのでしょう」
「だから、人狩りの双子が大人しくなったからって、完全に止むとは限らない」
「どうして?」
ピナの妹が、兄貴にしがみついてラゾールニクに聞く。
「双子の共鳴者が地下に潜って、こっそり続けるかもしれない」
「彼らがネミュス解放軍と袂を分かつか、所属したまま密かに別行動を取るか不明ですが、充分考えられます」
ラジオのおっちゃんが同意すると、パン屋の姉妹は顔を引き攣らせた。
「将軍と似た考えの人でも、民族浄化の声が大きいとこで、反対意見なんて言えるワケないよな」
「止めようとしたら殺されるんじゃ、俺たちみたいに戦う力がない奴は、黙っとくしかないもんな」
クルィーロが言うと、ピナの兄貴は首がもげそうなくらい頷いてぼやき、仕舞いには項垂れた。
ピナが膝の上で拳を握って吐き捨てる。
「諍いを避ける為に黙ってるだけなのに『自分の意見が認められた』って、反対意見がないのを都合のいいように解釈する人って居ますよね」
ラゾールニクが頷いて、露草色の目をモーフに向けた。
「昨日、店長さんが【水晶】で使う魔法、実演させられたの、何でかわかる?」
「えっ? ……えっと……隠れキルクルス教徒じゃねぇって証明?」
「何だ、わかってんじゃないか」
ラゾールニクは指を鳴らしてニヤリと笑った。
「えぇっと、それはわかるけど、話全体がわかんねぇよ」
「今の話、全部繋げればいいのよ」
ピナに言われ、よくわからなかった話を必死で思い出す。
旧直轄領の村同士は、都会より情報伝達が早く、首都とも遣り取りがある。
ウヌク・エルハイア将軍は、昔みたいにキルクルス教徒とも、共存したい。
だが、旧直轄領の村の奴と、ネミュス解放軍の連中が、そうとは限らない。
首都で隠れキルクルス教徒狩りがあったが、主犯の双子は捕まったらしい。
それでも、終わったか、双子の仲間がこっそり続けるか、ハッキリしない。
「えぇっと、隊長とおっさんと……俺も……? 神殿へ、行く……?」
「そうだ。キルクルス教徒が同行すると知られれば、旧直轄領内か、首都入りした直後にでも、移動放送局の全員が、始末される可能性が高い」
ソルニャーク隊長に言われ、モーフは目の前が真っ暗になった気がした。
☆様々な思想や属性の者たちが(中略)成り行きで彼の許に組織化された……「921.一致する利害」「0969.破壊後の基地」参照
☆カピヨー支部長の独断/ウヌク・エルハイア将軍も知らなかった……「875.勝手なハナシ」「916.解放軍の将軍」「917.教会を守る術」参照
☆聖職者用の聖典を奴らの支部に送りつけ……「0958.聖典を届ける」「0976.贈られた聖典」「0979.聖職者用聖典」参照
☆星の標のテロや呪符泥棒が止んだ……「1020.この街の治安」「1041.治安と買い物」参照
☆ローク君の報告……「722.社長宅の教会」~「724.利用するもの」参照
☆君たちが集めた情報……「834.敵意を煽る者」参照
☆自治区側も、事前に情報を得て幹部の妻子を逃がし、迎撃準備……「629.自治区の号外」「630.外部との連絡」「1434.未来の救世主」参照
☆ウヌク・エルハイア将軍自身は、権力の座を望まない……「921.一致する利害」参照
☆クレーヴェルで隠れキルクルス教徒狩りが横行……「687.都の疑心暗鬼」「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」「0969.破壊後の基地」参照
☆昨日、店長さんが【水晶】で使う魔法、実演させられた……「1539.情報で支払い」「1540.欺かれた人々」参照




