1554.村落の繋がり
ラゾールニクが、薬師のねーちゃんたちの疑問に気付いて言う。
「術者の聞いた音が、離れた場所でも同時に聞けるって、便利な術だ」
白樺の板に呪印を描いて六分割する。術者は右端の部分を持ち、他の五つの部分はスピーカーだ。【草の耳】の呪文を唱えて集中する間だけ、術者の耳に入った音が全て、五つの木片がある場所でも聞こえる。
「術者はずっと集中しなければならず、他の事が一切できなくなります」
「予算があれば、似たような効果の【花の耳】って魔法の道具が使えるけどね」
ラジオのおっちゃんが付け足すと、DJの兄貴も続いた。
……人力の盗聴器かよ。魔法使いって奴ぁホント、油断も隙もねぇな。
ラゾールニクが村長に向き直る。
「じゃあ、ここの他にも五か所で、もう放送を聞いたんですね?」
「学校や畑仕事で聞きそびれた者が居ります」
「それに、ジョールチさんのお声や、みなさんのお歌をその場で聴きたい者が多いのですよ」
村長と神官が、広場に残った村人たちに目を遣ると、緑髪が縦に動いた。
「学校、あるんですね」
ピナの妹が村を見回し、モーフもつられて見たが、それらしい建物はない。
「小中一貫校は、南隣と、西のマチャジーナに一番近い村にしかありません」
「何せ、子供が少ないものですから、各村に一校ずつとはゆきませんのでな」
神官の説明で南を見たが、森しか見えない。
しかも、化け物が居る森だ。魔法使いでなければ、通学どころではない。
……何でこんなヤベー森に住んでんだ?
この村も、隣村も、湖の民たちは、どこでも自由に引越せる。リストヴァー自治区のように無理矢理押し込められたワケではない。
何故、こんな不便で危険な場所に留まるのか、モーフには訳がわからなかった。
「お菓子欲しい人、まだ大勢いるみたいですし、俺はもう少し延長しても大丈夫ですよ」
「日数長い方が、ゆっくり作れて楽ですし」
パン屋の兄貴が言い、ピナが控えめに付け足した。
「急いで動く理由がねぇんなら、ちっとばかし、ゆっくりしてもいいだろうよ」
葬儀屋のおっさんの一言で、村人たちの顔が明るくなった。
ラジオのおっちゃんが、緑の人垣に笑顔を巡らせ、村長に言う。
「それでは、ご厚意に甘えて、三日間、ここに滞在させていただきます」
「燃料の都合で全部の村へ行くのは無理だ。よかったら、ここらの地図、見せてもらえたら有難ぇんだけどよ」
「地図は、隣村の学校にしかありませんのでな、南の村への道順でしたら、略図を描けますが」
村長は申し訳なさそうに運転手を見て、白い眉を下げる。おっさんが了解して、この場は一旦、お開きになった。
結局、昼メシ抜きで、少し早い晩メシになった。
……自治区に居た頃は、何も食えねぇ日も結構あったのにな。
日が暮れて、家々の窓から明かりが漏れる頃、ラゾールニクが荷台の扉を閉め、耳慣れない呪文を唱えた。
「荷台に【防音】を掛けた。音を洩らさない術だ。隊長さん、どうぞ」
少年兵モーフは、隣に座るソルニャーク隊長の横顔を見た。隊長はふっと頬を緩めて礼を言い、モーフとメドヴェージのおっさんに向き直る。
「先程は誤魔化せたが、明日の朝は、もう無理だろう」
「何がッスか?」
「昨日の村もこの村も、毎日、神殿に参拝し、女神に祈りと魔力を捧げる」
「あッ……!」
モーフは息を呑み、漁師の爺さんを見た。
「何回にも分けた少人数での参拝や、用事を作って誤魔化すのが通用するのは、こちらの人数と顔触れを把握される前だけです」
今頃になって、さっき漁師の爺さんが、モーフを荷物持ちに連れて行った理由がわかった。恥ずかしさで頬が熱くなる。
モーフが買出しで留守の間、ソルニャーク隊長とメドヴェージのおっさんは、上手いコト誤魔化したのだろう。
「この辺にどんだけ【草の声】の使い手が居るかわかんないけど、一人で最大五カ所に連絡できるのは確かだ」
「ハンパな街より、情報が早く、詳しく回るんですね」
ラゾールニクが言うと、クルィーロが確認した。ラジオのおっちゃんが頷く。
モーフは、ついさっき村の連中から聞いたハナシを思い出して、身震いした。
「首都の様子がここに伝わるのなら、旧直轄領の様子も、首都にも伝わります」
アマナの父ちゃんに言われるまで、そんな当たり前のコトにも気付かなかった。
「ウヌク・エルハイア将軍は、今ンとこ、キルクルス教徒を滅ぼす気がない」
「何で?」
ラゾールニクが軽々しく希望を口にし、モーフは却って不安になった。
「自治区や星の標と手を組んだろ」
「でも、ラキュス・ネーニア家の人も、旧直轄領の村人も一枚岩じゃない。狩人さんはああ言ったけど、実際、隠れキルクルス教徒狩りがどうなってるか、わからない」
DJの兄貴が懸念を並べる。二人とも、カピヨー支部長が独断でリストヴァー自治区へ侵攻した時、現地に居た。
「将軍は俺らの味方だから、別に心配ねぇんじゃねぇの?」
モーフには、彼が何を心配するのかわからない。
「ネミュス解放軍は、ウヌク・エルハイア将軍が作った組織ではありません」
「ん?」
ラジオのおっちゃんの言うコトも、よくわからない。
何をどう質問すればいいかわからず、モーフは首を傾げるしかなかった。
「坊主、女神様の神殿へ【魔力の水晶】持ってくハラぁ決まったか?」
ギョッとしてメドヴェージを見たが、おっさんの顔には、いつものようにおちょくる様子がなかった。
※【草の耳】……類似の術に【遠話】がある「0146.警察署の痕跡」参照
【遠話】では、板を持つ者同士の声しか聞こえない。
☆【花の耳】……「0136.守備隊の兵士」「0138.嵐のお勉強会」参照
☆【防音】……「596.安否を確める」「605.祈りのことば」参照
☆漁師の爺さんが、モーフを荷物持ちに連れて行った……「1549.先に着く情報」参照
☆自治区や星の標と手を組んだ……「919.区長との対面」~「921.一致する利害」「0937.帰れない理由」~「0939.諜報員の報告」参照
☆狩人さんはああ言った……「1552.首都圏の様子」参照
☆ネミュス解放軍は、ウヌク・エルハイア将軍が作った組織ではありません……「920.自治区の和平」「921.一致する利害」参照




