1553.贖罪で生かす
「シャウラ様?」
また知らない名が飛び出し、少年兵モーフは何も考えずに呟いた。緑髪の大人たちの目が、陸の民のモーフに集まる。
「シェラタン当主様の従弟に当たるお方だ」
「先代島守の弟さんなんだ」
「何で、そのー……シャ……何とか様は、人殺しの双子、助けたんスか?」
やたら長生きな湖の民の狩人は、何も知らないモーフをバカにせず、きちんと答えてくれた。
「お二方を処刑しても、無実の罪で殺された陸の民は、生き返らんだろ?」
「……うん」
少年兵モーフは、初対面の狩人に自分の過去を咎められた気がして、ぎこちなく頷いた。
「だから、シャウラ様が一旦、遺族に賠償金をまとめて立替え払いして、貸しにした分、後でお二方からシャウラ様が直々に取り立てなさるってハナシだ」
「早いハナシが、ただ人殺しを処刑しても、殺された人たちゃ死に損だ」
「死んじまやぁ二度と人殺しはできねぇけどよ」
葬儀屋のおっさんが話に混じると、地元の狩人は頷いた。
「まぁ、それはそうなんだが、シャウラ様は、罪人を生かして働かせて賠償金払わせた方が、遺族が少しでも助かる分、マシってお考えなんだろうよ」
モーフが理解するより先に話がどんどん進む。
「ウヌク・エルハイア将軍も、シャウラ様のお考えに賛成だから、身内の処罰よりも、被害者の遺族を助ける方を選びなさったんだろうな」
「陸の民がクレーヴェルに行っても、人狩りに遭う心配はないと思うぞ」
「ホントに……大丈夫?」
ピナの妹が兄貴にしがみついて聞く。
震える声に気付いた狩人のおっさんが、安心させようと笑顔で言った。
「大丈夫だよ。先月、親戚の店へ兎の燻製持ってった時、陸の民のお客さんが買物してた」
「今はシャウラ様が、しっかり首根っこ押えてる」
「逆らったら、今度こそ、将軍様に消されンだろ」
「首都に残った役人も、何割かは陸の民だそうだ」
「えっ? 陸の民が、クーデター政権の行政内部に居るんですか?」
アマナの父ちゃんが食いついた。
「そりゃ、行くとこない都民が大勢残ってるし、そん中に役人も居ますよ」
「あ……あぁ……そう言われてみれば、そうですね」
「ウヌク・エルハイア将軍は、別に陸の民を皆殺しにしたいとか、ネモラリス島から追い出したいなんざ、思ってらっしゃらんからな」
「内乱時代も、みんな平等に守って下さったお方だ」
「そうですね」
緑髪の村人たちに誇らしげに言われ、アマナの父ちゃんの顔色がよくなる。
みんな昼メシそっちのけで、首都の話を聞き出すのに必死だ。
ラジオのおっちゃんが聞く。
「解放軍がクレーヴェル港全域を制圧したから、都内の物資不足が解消したとのことですが、漁船以外……貨物船の往来がどんな状態か、ご存知ありませんか?」
「ジョールチさんたち、明日の昼に発つんですよね?」
「えぇ、一応そのつもりでいますが」
モーフはハラが減って仕方がないが、誰も昼メシの用意に動かない。
勝手に準備していいものかわからず、話の腰を折るのも気が引けた。
ソルニャーク隊長がとメドヴェージのおっさんが、トラックの荷台から降りる。クッキーの交換品と、買出しの手間賃を片付け終えたらしい。
狩人のおっさんが、クッキーを焼いた【炉】のステンレストレーを見て言う。
「明後日、クレーヴェルの親戚ンちに燻製持ってくんで、ついでにあっちの新聞買ってきますけど、お急ぎですよね?」
「少し相談させて下さい」
「待ってる間、お菓子を作って売って下されば、損にならないと思いますよ」
若い婆さんがすかさず話に割り込んだ。
「別に期日が決まってるワケじゃないし、いいんじゃない?」
「急いでたの、ホールマの物価情報が古くなるからだけど、村の人、あんまりあっち行かないっぽいから、俺もいいと思うよ」
ラゾールニクが軽いノリで言うと、DJの兄貴も賛成した。
「でもよ、でけぇトラックが何日も広場塞いじまうの、邪魔じゃねぇか?」
メドヴェージのおっさんが、移動放送局のトラックを指差した。
「大丈夫ですよ」
「豆の収穫期と、何か大物が獲れた時くらいしか使いませんから」
「そうか? 邪魔だったら気ぃ遣わねぇで言ってくれよ。すぐ動かすから」
緑髪の村人たちにやさしい笑顔で言われたが、運転手のおっさんは何故か、困ったような顔をする。
……何だコイツ? 何も酷ぇコト言われてねぇのに。
おっさんの態度は気になったが、流石に村人の前では聞けない。
モーフはソルニャーク隊長をそっと窺った。隊長も、困ったような、諦めたような微妙な顔でトラックを見る。
ピナを見たが、菓子を焼き続けてへとへとになった他は、特に何もなさそうだ。
モーフの腹が鳴り、苛立ちが涌き上がった。
アマナの父ちゃんがのんびり言う。
「新聞があれば、まとまった情報を得られます。あなたさえご迷惑でなければ、私は賛成です」
「今のクレーヴェルは、新聞を毎日作れるくらい落ち着いてるんですよね?」
「親戚ンちの辺りは、新聞配達も再開されたよ」
ピナが聞くと、湖の民の狩人はにっこり笑って頷いた。
「この村、クレーヴェルから遠いのに情報早いんですね」
「スゴいですよね」
アマナとピナの妹が感心する。
「クレーヴェルとデレヴィーナには、ちょくちょく行くからな」
「移動放送車が回ってるってのは、大分前、デレヴィーナに行った時、兵隊さんから聞いたんだ」
「兵隊さんも、放送は聞いてないから、眉唾だったけど」
「まさか、ジョールチさんだとは思いませんでしたよ」
村人たちが嬉しそうにラジオのおっちゃんを見る。
「それで、村長さんが【草の耳】で放送丸ごと、こっちの村でも聞かせてくれたんだよ」
「こっちじゃ放送しないかもしれないからって」
モーフは驚いて、緑の人垣を見回した。
「隣村の村長さんが、【草の耳】と言う術を使ったのだよ」
この村の村長が言うと、放送局員の二人とラゾールニクは、何やらわかった顔をしたが、他の魔法使いたちは小さく首を傾げた。




