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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1547.身内と他所者

 アミトスチグマの夏の都から急いで戻ったが、ウーガリ古道の休憩所に着いた時には、日が落ちてしまった。


 「お兄ちゃん、ジョールチさん、ラゾールニクさん、おかえりなさい」

 アマナが夕飯の支度を中断し、笑顔で駆け寄る。クルィーロは紙束の詰まった手提げ袋を肩に掛け直して、妹を抱き締めた。

 「ただいま。歌詞と楽譜ももらって来たよ」



 妹は何事もなければ、もう中学生だ。

 毎日一緒で何となく見過ごしてきたが、二年前と比べ、随分背が伸びた。故郷のゼルノー市が焼けた日、兄にしがみついて泣いた妹の顔は、クルィーロの胸の高さだった。今は、肩に頬を寄せられる。



 クルィーロは、妹の背中を軽く叩いて身を離した。

 「あんないっぱいあった野菜、もう全部処理できたのか」

 「うん。みんなで頑張ったから、早いよ」

 「そっか。ありがとう。父さんたちは?」

 催し物の簡易テントの下で、夕飯の支度をするのは、アマナ、ピナティフィダ、エランティスと少年兵モーフの四人だけだ。

 「お野菜を乾物にするのは一時間くらいで終わって、今は、さっきの村で聞いたコト、忘れない内に書いてるとこ」


 ……あ、そっか。俺もさっき、端末で録音しとけばよかったんだよな。


 クルィーロは、タブレット端末の操作には慣れたつもりだったが、たくさんある機能をいつ、どんな風に使うか、状況判断と機能の選択は、まだまだなのだと思い知らされた。



 少年兵モーフが、荷台に声を掛け、みんなが揃う。

 「ごはんの前に一言。さっきの村で聞いた話」

 ラゾールニクが手を挙げ、みんなが怪訝な顔で注目する。

 「結構、ヤバいネタ入ってるから、絶対、他所で言わないように」

 「他所で村人に話を振られても、初めて聞いたフリをして下さい」

 ジョールチも厳しい表情で、みんなに緊張が走った。


 「ここは、ラキュス・ネーニア家の土地で、多分、この辺の住人はみんな知ってると思うけど、地元の湖の民が言うのと、他所者の俺たちが言うんじゃ、同じ話でも、意味が違ってきたりするからな」

 「何でだよ?」

 モーフが苛立った声を出し、スープ鍋をチラ見した。

 「長くなるから、晩ごはん終わってからにしよう」


 村でもらった干し肉とキャベツのスープは、噛めば噛む程、味が滲み出て美味しかった。だが、みんな、さっきの話が引っ掛かるのか、浮かない顔だ。


 ……ずっと住民の入替りなさそうだし、次の村でも、あの村長さんみたいに警戒されるのかな?


 あの村は、野菜泥棒の被害には遭わなかったそうだ。それでも、クーデターから逃れる途中、ついでのように略奪された村の情報だけで、あんなに警戒された。

 村人の多くは、最終的に打ち解けた雰囲気で話せたが、神官は、情報提供してくれたものの、硬い表情は変わらず、村長に到っては、口も利いてくれず仕舞いだ。

 陸の民に対する不信感は、かなり根深い。

 今回の戦争とクーデターだけでなく、半世紀の内乱中も、陸の民との間で何か酷い事件でもあったのかもしれない。


 クルィーロは身震いした。

 実際、野菜泥棒の被害に遭った村へ行けば、問答無用で襲われる可能性がある。


 ……ウーガリ古道を素通りした方がよかったのかな?


 半世紀の内乱中に破壊され、修復されずに放置された区間は、南へ曲がるしかない。だが、何とか、地元民と接触せずに通過できれば、面倒事に巻き込まれずに済むかもしれない。



 葬儀屋アゴーニが、食後のお茶に香草茶を淹れる。

 清涼な芳香が、ビニールシートを巡らせた簡易テントに満ち、不安で固まった心がじんわり(ほど)けてゆく。


 「で、何がどう違うんだよ?」

 少年兵モーフが、情報ゲリラのラゾールニクをじろりと睨む。

 「俺たちは、陸の民と湖の民が混じってる。元々住んでたとこも、そうだった人が多いよね」

 レノたちパン屋の兄姉妹(きょうだい)が、緑髪の薬師(くすし)と老漁師の兄妹を見て頷いた。

 モーフが口を尖らせる。

 「自治区にゃ、ねーちゃんみてぇな奴、一人も居なかったぞ」


 「その結果、君たちは何したっけ?」


 ラゾールニクが、いつもの調子で軽く投げた一言で、星の道義勇軍の少年兵モーフは、唇を噛んで(うつむ)いた。ソルニャーク隊長も眼を伏せ、メドヴェージが太い眉を下げてモーフの肩に手を置く。

 気マズくなった空気に頓着せず、ラゾールニクはみんなを見回した。

 「分断が無理解を生んで、自分たちとは違う外見や、能力を持つ人たちを同じ人間だと思わなくさせて、憎悪を呼び起こすんだ」

 「この辺り一帯、元々ラキュス・ネーニア家の直轄領で、陸の民との接触が少なかったから、分断が発生していると言うことですか?」

 父がラゾールニクを見る。

 クルィーロは、父の質問が愚かに思えた。


 ……自治区みたいに隔離されてないんだから、行こうと思えば、クレーヴェルとか、どこでも行けるじゃないか。


 さっきの村人たちは、ちゃんと話し合えば、移動放送局プラエテルミッサを泥棒ではないと信じてくれた。


 「さっきの村は、ホールマ市とリャビーナ市に一番近いから、一応、聞く耳持ってて、話し合いの余地があったけど、直轄領の外と全く付合いない村は、どうだかわかんないよ」

 金髪のラゾールニクは、さっきから不安になるようなことばかり口にする。

 緑髪のアゴーニが、すっかり怯えた「力なき陸の民」の女の子たちを見て、落ち着いた声で言った。

 「俺たちが一緒だから、滅多なこたぁねぇと思うがな」


 ラゾールニクが肩を(すく)める。

 「民主化で貴族の身分が廃止されて、居住地を自由に移せるようになったけど、今も旧直轄領に住み続ける人たちは、ラキュス・ネーニア家に恭順する意識が、他所の人より強いと思うんだ」

 「ラキュス・ネーニア家の当主様たちをお慕いして、旧直轄領の住民同士、身内意識が強い……と」

 緑髪にかなり白い物が混じるアビエースが、茶器を鼻先に上げ、香草茶の芳香を胸いっぱい吸い込んだ。


 モーフが顔を上げ、何か言いたげにラゾールニクを見る。


 「仲間内で軽口叩くのはいいけど、他所者に身内を貶されたら、言葉や内容が同じでも、腹が立つのが人情ってモンだ」

 「ましてや、我々は陸の民が多い他所者の集団です。ここがラキュス・ネーニア家の私有地であることを念頭に置いて、言動にはくれぐれも気を付けて下さい」

 ジョールチにも言われ、モーフは首振り人形のように何度も頷いた。

☆ウーガリ古道を素通り……「1472.別行動の報告」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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