1547.身内と他所者
アミトスチグマの夏の都から急いで戻ったが、ウーガリ古道の休憩所に着いた時には、日が落ちてしまった。
「お兄ちゃん、ジョールチさん、ラゾールニクさん、おかえりなさい」
アマナが夕飯の支度を中断し、笑顔で駆け寄る。クルィーロは紙束の詰まった手提げ袋を肩に掛け直して、妹を抱き締めた。
「ただいま。歌詞と楽譜ももらって来たよ」
妹は何事もなければ、もう中学生だ。
毎日一緒で何となく見過ごしてきたが、二年前と比べ、随分背が伸びた。故郷のゼルノー市が焼けた日、兄にしがみついて泣いた妹の顔は、クルィーロの胸の高さだった。今は、肩に頬を寄せられる。
クルィーロは、妹の背中を軽く叩いて身を離した。
「あんないっぱいあった野菜、もう全部処理できたのか」
「うん。みんなで頑張ったから、早いよ」
「そっか。ありがとう。父さんたちは?」
催し物の簡易テントの下で、夕飯の支度をするのは、アマナ、ピナティフィダ、エランティスと少年兵モーフの四人だけだ。
「お野菜を乾物にするのは一時間くらいで終わって、今は、さっきの村で聞いたコト、忘れない内に書いてるとこ」
……あ、そっか。俺もさっき、端末で録音しとけばよかったんだよな。
クルィーロは、タブレット端末の操作には慣れたつもりだったが、たくさんある機能をいつ、どんな風に使うか、状況判断と機能の選択は、まだまだなのだと思い知らされた。
少年兵モーフが、荷台に声を掛け、みんなが揃う。
「ごはんの前に一言。さっきの村で聞いた話」
ラゾールニクが手を挙げ、みんなが怪訝な顔で注目する。
「結構、ヤバいネタ入ってるから、絶対、他所で言わないように」
「他所で村人に話を振られても、初めて聞いたフリをして下さい」
ジョールチも厳しい表情で、みんなに緊張が走った。
「ここは、ラキュス・ネーニア家の土地で、多分、この辺の住人はみんな知ってると思うけど、地元の湖の民が言うのと、他所者の俺たちが言うんじゃ、同じ話でも、意味が違ってきたりするからな」
「何でだよ?」
モーフが苛立った声を出し、スープ鍋をチラ見した。
「長くなるから、晩ごはん終わってからにしよう」
村でもらった干し肉とキャベツのスープは、噛めば噛む程、味が滲み出て美味しかった。だが、みんな、さっきの話が引っ掛かるのか、浮かない顔だ。
……ずっと住民の入替りなさそうだし、次の村でも、あの村長さんみたいに警戒されるのかな?
あの村は、野菜泥棒の被害には遭わなかったそうだ。それでも、クーデターから逃れる途中、ついでのように略奪された村の情報だけで、あんなに警戒された。
村人の多くは、最終的に打ち解けた雰囲気で話せたが、神官は、情報提供してくれたものの、硬い表情は変わらず、村長に到っては、口も利いてくれず仕舞いだ。
陸の民に対する不信感は、かなり根深い。
今回の戦争とクーデターだけでなく、半世紀の内乱中も、陸の民との間で何か酷い事件でもあったのかもしれない。
クルィーロは身震いした。
実際、野菜泥棒の被害に遭った村へ行けば、問答無用で襲われる可能性がある。
……ウーガリ古道を素通りした方がよかったのかな?
半世紀の内乱中に破壊され、修復されずに放置された区間は、南へ曲がるしかない。だが、何とか、地元民と接触せずに通過できれば、面倒事に巻き込まれずに済むかもしれない。
葬儀屋アゴーニが、食後のお茶に香草茶を淹れる。
清涼な芳香が、ビニールシートを巡らせた簡易テントに満ち、不安で固まった心がじんわり解けてゆく。
「で、何がどう違うんだよ?」
少年兵モーフが、情報ゲリラのラゾールニクをじろりと睨む。
「俺たちは、陸の民と湖の民が混じってる。元々住んでたとこも、そうだった人が多いよね」
レノたちパン屋の兄姉妹が、緑髪の薬師と老漁師の兄妹を見て頷いた。
モーフが口を尖らせる。
「自治区にゃ、ねーちゃんみてぇな奴、一人も居なかったぞ」
「その結果、君たちは何したっけ?」
ラゾールニクが、いつもの調子で軽く投げた一言で、星の道義勇軍の少年兵モーフは、唇を噛んで俯いた。ソルニャーク隊長も眼を伏せ、メドヴェージが太い眉を下げてモーフの肩に手を置く。
気マズくなった空気に頓着せず、ラゾールニクはみんなを見回した。
「分断が無理解を生んで、自分たちとは違う外見や、能力を持つ人たちを同じ人間だと思わなくさせて、憎悪を呼び起こすんだ」
「この辺り一帯、元々ラキュス・ネーニア家の直轄領で、陸の民との接触が少なかったから、分断が発生していると言うことですか?」
父がラゾールニクを見る。
クルィーロは、父の質問が愚かに思えた。
……自治区みたいに隔離されてないんだから、行こうと思えば、クレーヴェルとか、どこでも行けるじゃないか。
さっきの村人たちは、ちゃんと話し合えば、移動放送局プラエテルミッサを泥棒ではないと信じてくれた。
「さっきの村は、ホールマ市とリャビーナ市に一番近いから、一応、聞く耳持ってて、話し合いの余地があったけど、直轄領の外と全く付合いない村は、どうだかわかんないよ」
金髪のラゾールニクは、さっきから不安になるようなことばかり口にする。
緑髪のアゴーニが、すっかり怯えた「力なき陸の民」の女の子たちを見て、落ち着いた声で言った。
「俺たちが一緒だから、滅多なこたぁねぇと思うがな」
ラゾールニクが肩を竦める。
「民主化で貴族の身分が廃止されて、居住地を自由に移せるようになったけど、今も旧直轄領に住み続ける人たちは、ラキュス・ネーニア家に恭順する意識が、他所の人より強いと思うんだ」
「ラキュス・ネーニア家の当主様たちをお慕いして、旧直轄領の住民同士、身内意識が強い……と」
緑髪にかなり白い物が混じるアビエースが、茶器を鼻先に上げ、香草茶の芳香を胸いっぱい吸い込んだ。
モーフが顔を上げ、何か言いたげにラゾールニクを見る。
「仲間内で軽口叩くのはいいけど、他所者に身内を貶されたら、言葉や内容が同じでも、腹が立つのが人情ってモンだ」
「ましてや、我々は陸の民が多い他所者の集団です。ここがラキュス・ネーニア家の私有地であることを念頭に置いて、言動にはくれぐれも気を付けて下さい」
ジョールチにも言われ、モーフは首振り人形のように何度も頷いた。
☆ウーガリ古道を素通り……「1472.別行動の報告」参照




