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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1546.無邪気な競争

 ラゾールニクからメールで連絡を受けたファーキルは、ラキュス湖の水位グラフだけでなく、歌詞の束もたくさん用意してくれた。


 「ファーキル君、ありがとう」

 「流石、気が利くなぁ」

 「俺、このくらいしかできませんから……それに、歌詞は俺じゃありませんよ」

 クルィーロのお礼とラゾールニクの褒め言葉にはにかむ。そんな表情は、以前と変わらなかった。


 「では、どなたがこんなにたくさん用意して下さったのですか?」

 アナウンサーのジョールチが、歌詞の束に手を置いて目を丸くする。

 歌詞五枚と楽譜三枚、それぞれ説明がついて一束が十五枚。それが三十五部用意してあった。過不足がないか確認し、揃えてホッチキスで留めるだけでも、それなりの手間だ。


 「タイゲタさんたちが、コンサートや難民キャンプの【道守り】がない日に少しずつ用意してくれてるんです」

 「あ、そうだったんだ」

 クルィーロは、歌手の女の子たちが、そんな雑用まで手伝うのが意外だった。


 ……アーテル人なのに……いや、こんなコト考えんの、失礼だよな。早く平和になって欲しいって気持ちは、みんな一緒なのに。


 平和の花束の四人が求める「平和の向うにある目的」が何か、全く想像もつかないが、今の彼女らは、共に平和を求める仲間だ。



 ファーキルが、ノートパソコンとラゾールニクのタブレット端末をケーブルで繋ぎ、音声ファイルをコピーする。

 ラゾールニクが、旧直轄領の村にある立派な神殿で、神官たちとの話し合いを密かに録ったものだ。


 「あれっ? これはメールで送らなかったんですね」

 「どっかから覗かれると困るからね」

 「えぇッ? じゃあ今までのも……」

 クルィーロは、自分でも顔から血の気が引くのがわかった。

 ラゾールニクが苦笑する。

 「一応、セキュリティは何重にも掛けてるから、多分、大丈夫だよ。でも、万が一にも漏らしちゃダメな件は、念の為、こうやって直接会って話して、手渡しした方がいいんだ」

 「そう言うものなんですか」

 「神官の話を裏付ける証拠もありません。話全体が虚偽であった場合は勿論(もちろん)、一部に事実誤認を含む場合も、この話が独り歩きすれば、取り返しのつかないことになりかねません」

 「全部、嘘偽りないホントのコトでも、ラキュス・ネーニア家にとっちゃ、不名誉なハナシだ。取扱い注意のヤバい情報ってコトに違いはない」

 ジョールチの声は深刻だが、ラゾールニクはいつもの軽いノリだ。


 この音声ファイルが流出すれば、あの神官と村人たちの命が危険に晒されるかもしれない。


 「俺、聞いちゃって大丈夫ですか?」

 ファーキルが頬を引き攣らせた。恐る恐る聞いて、パソコンを操作する。アクセス制限用のパスワードを掛けたらしい。

 「君にも知って欲しい。ガセかもしれないけど、それも込みで一応、ね」

 「あらすじって言うか、先に要点だけ、教えてもらってもいいですか?」

 ラゾールニクは、ファーキルの耳に顔を近付け、両手で口許を隠して囁いた。(かす)かに頷きながら聞くファーキルの顔が青褪めてゆく。


 説明が終わり、ラゾールニクが顔を離すと、ファーキルは震える手で打鍵した。

 テキストファイルに文字列が表れる。



 〈隠れキルクルス教徒狩りって言うか、民族浄化じゃないですか〉



 ラゾールニクは、ケーブルを引っこ抜いて、タブレット端末をつついた。

 画面をファーキル、ジョールチ、クルィーロに向ける。



 〈本人たちは、全然そんなつもりないと思うよ。

  子供の頃からいつもやってる無邪気な競争の延長なんだろ〉



 ……いやいやいやいや。悪気とか良心の呵責とか、そう言うの何もなしで人間狩りできる方がヤバいって!


 クルィーロは救いを探して、常識人のジョールチに視線を向けた。

 国営放送アナウンサーが、太い息を吐きながら、眼鏡を掛け直す。

 「あなた方の推測に過ぎません」

 「そうだね。……あのハナシ聞いた時、正直言って、どう思った?」

 「同感ではありますが、あの話自体が伝聞で真偽不明。噂の域を出ません」


 クルィーロは、少し肩の力が抜けた。

 村の者たちも、他所の村人から聞いた噂話で、嘘か真かわからないと言った。評判のよろしくない人物の息子だから、そんな噂を立てられただけかもしれない。


 ……お墓の島で(うた)う呪歌だって、一般人立入禁止なんだから、村の人は誰も見てないじゃないか。


 ラキュス・ネーニア家の人々が、家の恥になることを下々の者に言い触らすハズがない。村人は、地主一族の顔色を窺って、あれこれ憶測を巡らせただけだ。

 だが、クレーヴェルで行われた件は、目撃者が大勢居る。だから、クルィーロたちも、以前から何度も耳にしたのだ。


 「行くんですか? クレーヴェル……」

 ファーキルが、クルィーロたちと出会った頃と同じ、不安な目をジョールチに向ける。国営放送の本局勤務だったアナウンサーは、深く頷いた。

 「それを確かめに行くのです」

 「女子供も居るのに?」

 ラゾールニクが、意地の悪い笑みを作り、ジョールチの顔を斜め下から覗く。


 「みなさんは、無力な幼子(おさなご)ではありません。何が最善か考える力も、自分で判断する力も、自分の選択に従って行動する力も、お持ちです」

 「力なき民が八人も居るのに?」

 「魔力の有無に関係なく、自分の選んだ道を進む意志の力も、お持ちです」


 「ジョールチさんとは別の道を選んでも?」

 「はい。(たと)え道を(たが)えても、それが、みなさんにとって最良の選択でしたら、私には止める権利などありません」

 ジョールチは、間髪入れず答えた。

 ラゾールニクが身を起こし、背筋を伸ばす。


 「その判断材料となる情報を、(あた)う限り正確に、より多く、早く集めることこそが、我々、報道に(たずさ)わる者の使命なのです」

 国営放送の看板アナウンサーは、情報ゲリラとしっかり目を合わせて微笑んだ。

☆難民キャンプの【道守り】……「804.歌う心の準備」「927.捨てた故郷が」~「929.慕われた人物」参照

☆旧直轄領の村にある立派な神殿で、神官たちとの話し合い……「1539.情報で支払い」~「1541.競い合う双子」参照

☆嘘か真かわからないと言った……「1543.名を汚す島守」参照

☆クルィーロたちも、以前から何度も耳にした……「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」「0969.破壊後の基地」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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