1546.無邪気な競争
ラゾールニクからメールで連絡を受けたファーキルは、ラキュス湖の水位グラフだけでなく、歌詞の束もたくさん用意してくれた。
「ファーキル君、ありがとう」
「流石、気が利くなぁ」
「俺、このくらいしかできませんから……それに、歌詞は俺じゃありませんよ」
クルィーロのお礼とラゾールニクの褒め言葉にはにかむ。そんな表情は、以前と変わらなかった。
「では、どなたがこんなにたくさん用意して下さったのですか?」
アナウンサーのジョールチが、歌詞の束に手を置いて目を丸くする。
歌詞五枚と楽譜三枚、それぞれ説明がついて一束が十五枚。それが三十五部用意してあった。過不足がないか確認し、揃えてホッチキスで留めるだけでも、それなりの手間だ。
「タイゲタさんたちが、コンサートや難民キャンプの【道守り】がない日に少しずつ用意してくれてるんです」
「あ、そうだったんだ」
クルィーロは、歌手の女の子たちが、そんな雑用まで手伝うのが意外だった。
……アーテル人なのに……いや、こんなコト考えんの、失礼だよな。早く平和になって欲しいって気持ちは、みんな一緒なのに。
平和の花束の四人が求める「平和の向うにある目的」が何か、全く想像もつかないが、今の彼女らは、共に平和を求める仲間だ。
ファーキルが、ノートパソコンとラゾールニクのタブレット端末をケーブルで繋ぎ、音声ファイルをコピーする。
ラゾールニクが、旧直轄領の村にある立派な神殿で、神官たちとの話し合いを密かに録ったものだ。
「あれっ? これはメールで送らなかったんですね」
「どっかから覗かれると困るからね」
「えぇッ? じゃあ今までのも……」
クルィーロは、自分でも顔から血の気が引くのがわかった。
ラゾールニクが苦笑する。
「一応、セキュリティは何重にも掛けてるから、多分、大丈夫だよ。でも、万が一にも漏らしちゃダメな件は、念の為、こうやって直接会って話して、手渡しした方がいいんだ」
「そう言うものなんですか」
「神官の話を裏付ける証拠もありません。話全体が虚偽であった場合は勿論、一部に事実誤認を含む場合も、この話が独り歩きすれば、取り返しのつかないことになりかねません」
「全部、嘘偽りないホントのコトでも、ラキュス・ネーニア家にとっちゃ、不名誉なハナシだ。取扱い注意のヤバい情報ってコトに違いはない」
ジョールチの声は深刻だが、ラゾールニクはいつもの軽いノリだ。
この音声ファイルが流出すれば、あの神官と村人たちの命が危険に晒されるかもしれない。
「俺、聞いちゃって大丈夫ですか?」
ファーキルが頬を引き攣らせた。恐る恐る聞いて、パソコンを操作する。アクセス制限用のパスワードを掛けたらしい。
「君にも知って欲しい。ガセかもしれないけど、それも込みで一応、ね」
「あらすじって言うか、先に要点だけ、教えてもらってもいいですか?」
ラゾールニクは、ファーキルの耳に顔を近付け、両手で口許を隠して囁いた。微かに頷きながら聞くファーキルの顔が青褪めてゆく。
説明が終わり、ラゾールニクが顔を離すと、ファーキルは震える手で打鍵した。
テキストファイルに文字列が表れる。
〈隠れキルクルス教徒狩りって言うか、民族浄化じゃないですか〉
ラゾールニクは、ケーブルを引っこ抜いて、タブレット端末をつついた。
画面をファーキル、ジョールチ、クルィーロに向ける。
〈本人たちは、全然そんなつもりないと思うよ。
子供の頃からいつもやってる無邪気な競争の延長なんだろ〉
……いやいやいやいや。悪気とか良心の呵責とか、そう言うの何もなしで人間狩りできる方がヤバいって!
クルィーロは救いを探して、常識人のジョールチに視線を向けた。
国営放送アナウンサーが、太い息を吐きながら、眼鏡を掛け直す。
「あなた方の推測に過ぎません」
「そうだね。……あのハナシ聞いた時、正直言って、どう思った?」
「同感ではありますが、あの話自体が伝聞で真偽不明。噂の域を出ません」
クルィーロは、少し肩の力が抜けた。
村の者たちも、他所の村人から聞いた噂話で、嘘か真かわからないと言った。評判のよろしくない人物の息子だから、そんな噂を立てられただけかもしれない。
……お墓の島で謳う呪歌だって、一般人立入禁止なんだから、村の人は誰も見てないじゃないか。
ラキュス・ネーニア家の人々が、家の恥になることを下々の者に言い触らすハズがない。村人は、地主一族の顔色を窺って、あれこれ憶測を巡らせただけだ。
だが、クレーヴェルで行われた件は、目撃者が大勢居る。だから、クルィーロたちも、以前から何度も耳にしたのだ。
「行くんですか? クレーヴェル……」
ファーキルが、クルィーロたちと出会った頃と同じ、不安な目をジョールチに向ける。国営放送の本局勤務だったアナウンサーは、深く頷いた。
「それを確かめに行くのです」
「女子供も居るのに?」
ラゾールニクが、意地の悪い笑みを作り、ジョールチの顔を斜め下から覗く。
「みなさんは、無力な幼子ではありません。何が最善か考える力も、自分で判断する力も、自分の選択に従って行動する力も、お持ちです」
「力なき民が八人も居るのに?」
「魔力の有無に関係なく、自分の選んだ道を進む意志の力も、お持ちです」
「ジョールチさんとは別の道を選んでも?」
「はい。喩え道を違えても、それが、みなさんにとって最良の選択でしたら、私には止める権利などありません」
ジョールチは、間髪入れず答えた。
ラゾールニクが身を起こし、背筋を伸ばす。
「その判断材料となる情報を、能う限り正確に、より多く、早く集めることこそが、我々、報道に携わる者の使命なのです」
国営放送の看板アナウンサーは、情報ゲリラとしっかり目を合わせて微笑んだ。
☆難民キャンプの【道守り】……「804.歌う心の準備」「927.捨てた故郷が」~「929.慕われた人物」参照
☆旧直轄領の村にある立派な神殿で、神官たちとの話し合い……「1539.情報で支払い」~「1541.競い合う双子」参照
☆嘘か真かわからないと言った……「1543.名を汚す島守」参照
☆クルィーロたちも、以前から何度も耳にした……「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」「0969.破壊後の基地」参照




