1545.情報の取扱い
ジョールチとラゾールニク、それにクルィーロが、アミトスチグマ王国の夏の都へ【跳躍】した。
レノたちは、数日中に食べきれない生野菜を乾物に加工して帰りを待つ。水分を抜いて嵩を減らしても、荷台が手狭になる為、夏の都の市場で【無尽袋】を買ってから、マリャーナ宅で水位グラフを印刷してもらうことにした。
「さっきの村へ渡しに行くのは、明日の朝がいいな」
「そうですね。今からでは、急いで戻っても日が暮れてしまいます」
夏の都の門に着いた時点で、ラゾールニクがメールで用件を伝えてくれた。
アミトスチグマ王国は相変わらず平和で、色鮮やかな衣服で身を包んだ人々が、白い街並をのんびり行き交う。物価は、湖上封鎖前より上がったそうだが、それでも、ネモラリス共和国内のどの都市よりも安かった。
……平和になっても、復興が進まなきゃ、物価は高いまんまなんだよな。
給料も一緒に上がれば問題ないが、たくさんの事業所が、物理的にも経済的にも潰れた。農業、酪農、漁業も、ネーニア島は壊滅的な打撃を受け、農地や牧草地の再生、漁船と漁港の再建には、何年も掛かる。
都市の防壁は再建が進むが、平和にならない限り、いつ、また破壊されるかわからない。
クルィーロは、春の陽気の下で一人、心を凍らせた。
支援者マリャーナ宅で、使用人と一言二言挨拶を交わし、パソコンの部屋に通される。
「昔、直轄領だった村だけじゃなくて、街とかでも配った方がよさそうですね」
「以前は全国紙に毎月一度は、ラキュス湖の水位が載ったのですが、開戦後は、物資不足のせいで紙面が薄くなり、載らなくなりましたからね」
水位グラフの件を話すと、ジョールチが意外なことを言った。
ファーキルは、当たり前の顔で頷く。クルィーロは記憶を手繰ったが、思い出せなかった。
……新聞、平和な頃も、隅々までちゃんと目を通しとけばよかったな。
ラゾールニクがタブレット端末を出して言う。
「神官の話、録音したけど、クラウドやサイトに上げンの、待って欲しいんだ」
「どうしてです?」
ファーキルが首を傾げる。
今、パソコンの部屋には、訪ねた三人とファーキルだけだ。
ラゾールニクは声を潜めた。
「ラキュス・ネーニア家の醜聞が含まれてる」
「わかりました。情報としては保持して、どこにも公開しない……陸の民の同志から、星の標やアーテルに漏れるのもよくないから、クラウドにも上げないってコトですね?」
「流石、情報担当! わかってるなぁ」
クルィーロは、ファーキルを見た。何事もなければ、高校生の年齢だ。出会った頃より背が伸び、時々どこか大人びた表情を見せた顔も、本物の大人に近付いた。
……俺よりよっぽどしっかりしてるよなぁ。
「この情報、教えてもいい人って居ますか? この人には教えた方がいいとか」
ファーキルが聞くと、ラゾールニクは少し考えて答えた。
「んー……そうだな……フィアールカさんには、俺から言っとくよ。セプテントリオー呪医には、君と二人きりになる機会があれば、教えて欲しい」
「わかりました」
「録音を聞くのも、君一人の時にして、誰にもアクセスされないようにパス掛けて、文字起こしはしないでくれ」
「了解」
ファーキルは、何かわかったような顔をして、それ以上聞かなかった。
「えっと、これって、俺たちは聞いちゃいましたけど、やっぱ、陸の民には知られない方がいいってコトですよね?」
「逆に俺たちは、これからクレーヴェルに行くから、知ってなきゃヤバい」
クルィーロが不安になって確認すると、ラゾールニクは同行者の二人に向き直った。ここに留まるファーキルも、情報ゲリラの後ろでこくりと頷く。
「フィアールカさんとセプテントリオー呪医は、どっかで俺たちと合流するかもしんないだろ?」
「そうですね。呪医は少し前までご一緒でしたからね」
ジョールチが同意し、ずれた眼鏡を指で押し上げた。
「えっ? じゃあ、湖の民の同志にも、教えちゃダメってコトですか?」
「湖の民にも、共和派の極左ってのは居る。彼らにとっちゃ、神政を否定する格好のネタだ」
「あッ!」
「ネミュス解放軍と敵対する各組織にとっても、自分たちを正当化する好材料になります」
ジョールチにも言われ、クルィーロは言葉もなく、首を縦に動かした。
「ネモラリス人の陸の民と湖の民は、どっちも一枚岩じゃない。それは、この武力行使なしで平和を目指す集まりの人たちだって、そうだ」
ラゾールニクは、クルィーロを見詰めた。
言われたことを反芻し、ファーキルがまとめてくれた情報を思い起こして、頭の中に図を描く。クルィーロが軽く顎を引いて視線で促すと、情報ゲリラのラゾールニクは話を続けた。
「参加した理由も、平和の向うにある本当の目的も、みんなバラバラだ」
「平和の向うにある……本当の、目的……?」
意外なコトを言われ、クルィーロは呆然と繰り返した。
「ん? わかんない?」
「平和を取り戻すのが、目的じゃないんですか?」
「んー……例えば、ここのマリャーナさんは、世界を股に掛ける総合商社のお偉いさんだ。早いとこ平和になって、湖上封鎖が解除されて、安全に貨物船を運航できるようになってもらわないと、商売あがったりだろ?」
「あッ!」
言われてみれば、当たり前の話だ。
アミトスチグマ王国民のマリャーナが、多額の資金を投入してまで、ネモラリス共和国とアーテル共和国の戦争を終わらせる手伝いをする義理はない。
もし、彼女の個人的な気持ちだけで、会社の資金を投入したなら、株式会社の私物化だ。株主総会で糾弾されて、役員を解任されてしまうだろう。
総合商社パルンビナ株式会社にとって、事業の存続に必要なことだから、役員である彼女の提案を役員会が承認し、色々な支援が実現したのだ。
「他の周辺国の人たちも、湖上封鎖の巻き添えで、物価が上がって困ってるってのもあるんだろうし、いつ、自分の国に火の粉が降り掛かるかわかんないんじゃ、怖くて居ても立っても居らンないって人も居るだろう」
「特にラクリマリスは、難民の流入と腥風樹で大迷惑ですよね」
改めて考えると、国王に自重を求められたとは言え、ラクリマリス人の辛抱強さは驚異的だ。
「マリャーナさんとか、商売の都合で協力してくれる人は、どこか一個の武装勢力に肩入れしたら、他ンとこから攻撃されるし、そこが負けたらオワリだからね」
「えっ? でも、ワクチンは……」
「ネミュス解放軍だけじゃなくて、外交官に協力して、臨時政府にも提供してたよね」
「そして、臨時政府は、リストヴァー自治区へ……」
ラゾールニクはいつもの軽いノリで説明したが、ジョールチは重々しく呟いた。
☆都市の防壁は再建が進む……「1514.イイ話を語る」参照
☆開戦後は、物資不足のせいで紙面が薄く……「745.ドングリ剥き」「1173.薄く軽い新聞」参照
☆水位グラフの件……「1543.名を汚す島守」「1544.固有の経済圏」参照
☆陸の民の同志から、星の標やアーテルに漏れる……可能性は充分ある「724.利用するもの」参照
☆出会った頃……「0197.廃墟の来訪者」「0198.親切な人たち」参照
☆呪医は少し前までご一緒……ホールマ市の手前「1472.別行動の報告」参照
☆色々な支援が実現
ネモラリス人の政治家の亡命を支援……「400.党首らの消息」「401.復興途上の姿」「1161.公害対策問題」参照
アーテル人のアイドルを匿う……「440.経済的な攻撃」「452.歌う少女たち」参照
難民キャンプの支援……「1133.人・物・カネ」「1140.自活力の回復」「1148.祈りを湖水に」参照
難民キャンプで産出した木材を復興用資材としてネモラリスに輸出……「729.休むヒマなし」参照
プラエテルミッサとの情報授受……「865.強力な助っ人」参照
情報提供者への便宜……「1067.揉め事のタネ」参照
AMシェリアクの番組枠の買取り……「0993.会話を組込む」「1004.敵の敵は味方」「1089.誰が伝えるか」「1133.人・物・カネ」「1149.一時間の番組」参照
麻疹ワクチンの調達……「1058.ワクチン不足」「1265.お役所の障壁」「1267.伝わったこと」参照
☆他の周辺国の人たちも、湖上封鎖の巻き添えで、物価が上がって困ってる……「285.諜報員の負傷」参照
☆ラクリマリスは、難民の流入……「0222.通過するだけ」「287.自警団の情報」「651.避難民の一家」~「653.難民から聞く」「670.避難者の憂鬱」「674.大規模な調査」「675.見えてくる姿」参照
☆腥風樹で大迷惑……「449.アーテル陸軍」「455.正規軍の動き」「490.避難の呼掛け」「498.災厄の種蒔き」「667.防衛線の構築」「668.大衆食堂の兵」「886.歌のコーナー」「0986.失業した難民」「1525.国際司法裁判」参照
▼各勢力の行動指針など




