1544.固有の経済圏
昼前、移動放送局プラエテルミッサのイベントトラックとワゴン車は、森に拓かれた村を離れた。野菜畑を抜け、ウーガリ古道に戻る。
やや西の休憩所に落ち着いた。
保存食と、村でもらったキャベツをサラダにして、簡単に済ませる。すっかり遅くなったが、先程の村で聞いた話が気懸かりで、クルィーロは空腹感がなかった。
昼食後の香草茶でふっと場の空気が軽くなる。
……あ、みんな気にしてたのか。
「レノ、さっき、神殿で何があったんだ?」
「あの村のコト、クレーヴェルの様子、星降る湖と隠れキルクルス教徒の関係」
「えッ?」
「俺もちょっと、頭の中、整理できてないから」
レノは、一緒に神殿へ行った薬師アウェッラーナ、アナウンサーのジョールチ、ラゾールニクを順繰りに見た。
ジョールチが頷いて話を引受ける。
「あの村の神官はクーデターの翌月、先代が寿命を迎えた為、クレーヴェルから派遣されたそうで、現在も時々、首都から連絡があるそうです」
アナウンサーは、目の前にニュース原稿があるかのように理路整然と語った。
星降る湖が、力なき陸の民の権利向上を目指すフラクシヌス教徒の団体で、隠れキルクルス教徒を容認すること。
クーデター後、議員宿舎襲撃事件で行方不明になった湖水の光党議員が、首都クレーヴェルに帰還し、ネミュス解放軍の許で新しい国造りを進めること。
クレーヴェルで隠れキルクルス教徒狩りを行った中心人物のこと。
アマナがクルィーロにしがみついた。妹の震える肩を抱いて、もう一方の手を繋ぐ。薬師アウェッラーナが、青褪めた顔で鎮花茶を淹れてくれた。
少年兵モーフが、怯えるパン屋の姉妹を横目で見て、ジョールチに聞く。
「でも、そのヤベー双子って、もう人殺しできねぇんだろ?」
「刑務所に収監されたワケではありませんから、どの程度、行動が制限されたかわかりません。また、彼らに影響を受けた者たちが、何人居て、現在どんな活動をするか、不明です」
「先に少人数で行って、ちょっと調べた方がいいだろうね」
ラゾールニクが付け加えると、少年兵モーフは開きかけた口を閉じ、ソルニャーク隊長を見た。
「隠れキルクルス教徒狩りの実施状況もわからん」
「あッ!」
「首都に入る者を一人ずつ、魔法の道具で調べられたら、終わりだ」
隊長に淡々と告げられ、少年兵モーフが息を呑む。
ソルニャーク隊長、運転手のメドヴェージ、少年兵モーフは、今もキルクルス教の信仰を胸に抱く。魔法使いと行動を共にし、魔法の道具を使い、湖の民の村を訪問しても、フラクシヌス教の神殿には参拝しない。
彼らに助けられることが多く、クルィーロは時々忘れてしまいそうになるが、星の道義勇軍の三人は、キルクルス教徒なのだ。
鎮花茶の甘い香りで軽くなった空気が、再び重くなる。
クルィーロは、話題を変えた。
「レノたちが神殿に行ってる間、村の人から聞いたんだけど……」
塋域の島とラクテア神殿、旧直轄領の村と神殿の関係を説明する。
ジョールチが真剣に聞き入り、手帳に書き留めた。
「それで、ファーキル君に水位のグラフをいっぱい印刷してもらって、この辺の村に一枚ずつ配ろうかなって思うんですけど、どうでしょう?」
クルィーロが話を締め括ると、ジョールチは手帳に走らせるペンを止めて、考え込んだ。
ややあって顔を上げ、みんなを見回す。
「恐らく、旧直轄領の村すべてで、ひとつの経済圏です」
「どうして言い切れるんです?」
ラゾールニクが、みんなの疑問を逸早く口にした。
「あの村には、野菜畑しかありませんでした。穀物畑は反対側にあるのかもしれませんが、少なくとも、酪農はしないようです」
「何で?」
「村の中や、すぐ近くに家畜小屋があれば、独特の臭いがします。それがありませんでした」
「遠くにあンじゃねぇの?」
少年兵モーフが聞いた。
「森の中で、人の目が届かない場所に家畜を置くのは危険です。それから、魔法薬も、薬草を栽培して隣村で交換してもらうと言っていましたから、各村で分業して色々な物を生産し、融通しあって暮らすのでしょう」
クルィーロは、ジョールチが移動中とほんの数時間の滞在で、そんな観察と分析までしたことに驚いた。
「人の往来、物の流通、情報伝達が緊密で、既に他の村々にも、私たちの訪問が伝わった可能性があります」
「えぇッ?」
モーフが、今来た道を勢いよく振り返った。
「魔法だよ。【跳躍】の」
「あ、そっか」
DJレーフに言われて頭を掻いた。
今度は、レノが聞く。
「じゃあ、一枚印刷してもらうだけでいいってコトですか?」
「いいえ……一ケ所だけ伝えて他には伝えない。あるいは逆に、一ケ所だけ対象から外せば、信用を失ってしまいます」
「えッ? 全部の村、回るんですか?」
「それは流石に無理でしょう」
ジョールチが運転手のメドヴェージを見た。
「昔は直轄領だったとこに村が幾つあんのか、道がどう繋がってんのか、何もわかんねぇからな」
「道を教えていただけばよかったですね」
父が申し訳なさそうに眉を下げると、葬儀屋アゴーニが村の方を見て、口をひん曲げた。
「まともに答えたか、知れたモンじゃねぇぞ」
「何故です?」
「村の奴に無断で、他所者に場所教えたら、後で怒られっかもしんねぇだろ?」
「何枚か刷ってもらって、先程の村に一枚渡して様子を見て、大丈夫そうなら、域内にある村の数だけ聞き出して……非効率的でもどかしいでしょうが、相手の出方を見ながら、一ケ所ずつ対応してゆくしかないでしょうね」
ジョールチに言われ、クルィーロは父と顔を見合わせた。
「下手打ったら、この辺の村、全部敵に回しちまうかもしんねぇってこった」
葬儀屋アゴーニが簡単にまとめると、子供たちも背筋を伸ばした。




