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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1584/3516

1543.名を汚す島守

 夫婦の話に割り込んだ男性が、黙って見守る葬儀屋アゴーニと老漁師アビエースを見た。


 「移動放送局の者は、大半がネーニア島出身で、直轄領の詳しいことは、知らないんです」

 「他所者に知られちゃマズいってコトでもねぇんだろ?」

 アビエースとアゴーニが聞くと、村人たちは顔を見合わせ、同時に頷いた。


 ……泥棒の疑いが晴れた途端、これかぁ。


 クルィーロは微妙な気持ちになったが、余計なコトは口にせず、地元民の説明を待った。

 「えー、まず、島守って言うのは、ラキュス・ネーニア家の中で、当主に割と(ちか)い血筋のお方がなるんだ」


 塋域(えいいき)の島は、ラキュス・ネーニア家の血族のみに開かれた島で、配偶者や姻族であっても上陸できない。

 先代島守は、現当主の従兄(いとこ)だったが、半世紀の内乱が始まって間もない頃、当主の弟と交代した。


 「マガン・サドウィス様は、陸の民との対立を煽って、リャビーナとか都会に住んでるモンが、陸の民と殺し合うように仕向けたんだ」

 「でも、いざ戦闘が始まったら、強引に島守を代わらせて、陸の民の手が絶対届かない塋域(えいいき)の島に引きこもったのよ」

 「誰かと島守を代わるまで、あの島から一歩も出られないそうだけどね」


 クルィーロは、何となく悪口大会が始まりそうな気配を感じた。

 父も同感らしく、さりげない質問で場の空気を変える。

 「それが、ラキュス湖の水位にどんな悪影響を?」

 「急に代わったもんだから、【水呼び】を(うた)えねぇんだ」

 「島守は今も、シェラタン当主の弟さんなんですよね?」

 老漁師アビエースが、困惑した声で聞いた。


 内乱が五十年。その後の平和が三十年。

 八十年掛けても、まだ謳えない程、難解な呪歌なのだろうか。


 DJレーフが首を捻る。

 「えっと、その【水呼び】って呪歌? ……ですよね? 何か特殊な条件があるとかですか?」

 「ラキュス・ネーニア家のお血筋で、それなりの魔力があればいいらしい」

 「魔力は【水晶】でも宝石でも足せるんだから、音痴じゃなきゃどなたでもいいのよ」

 おかみさんが亭主を肘で小突いて訂正した。


 DJレーフは半笑いで聞く。

 「音痴なんですか?」

 「いや? 単にしんどいからヤなんだろ」

 「シェラタン様が口を酸っぱくして、謳いなさいっつっても、のらりくらり言い訳ばっかだったらしいからな」

 呆れと諦め、当主への同情が入り混じった答えが返る。


 ……自分でやるっつといてそれかよ。


 「最低でも月一回、満月の日に謳うモンらしいが」

 「当主様や将軍様の様子じゃ、一回も謳ってねぇんだろうな」

 「お葬式でも謳うそうだが、内乱中は当主様がヘトヘトになってらしたからなぁ」

 「シェラタン様は何もおっしゃらないけど、塋域(えいいき)の島からこっちに戻られる度に疲れ切って、見てらんなかったわ」


 その「将軍」が、ネミュス解放軍のウヌク・エルハイア将軍か、ネモラリス政府軍のアル・ジャディ将軍か、聞くに聞けない雰囲気だ。


 ……両方……とかな。


 他のどんなことで対立しても、ラキュス・ネーニア家の一族は、ラキュス湖存続に関しては、意見が一致する筈だ。


 「水位がそんな下がったんなら、この()に及んで、まだ謳ってないんだな」

 「マガン・サドウィス様が、内乱が始まってから急に島守になるって、塋域(えいいき)の島へ渡ったせいで、奥様とお子様達は大変な苦労をなさったそうですし」

 「ご自分のコトしか考えてらっしゃらないのよ」

 「今だって、戦争で苦しんでる下々のコトなんて、眼中にないんだろうねぇ」

 「シェラタン様は、マガン・サドウィス様がヤんなって出てったんじゃない?」

 「言えてるわ」

 村の女性たちは辛辣だ。


 老漁師アビエースが、心配を口にする。

 「そのー……島守さんのご家族は、ご無事なんですか?」

 「ご無事ですよ」

 「湖岸に近い村にお住まいです」

 「島守が交代した当時、双子のご子息がお産まれになったばかりで」

 「そうそう。家事や何かは、召使いや村の者がお手伝いできるけど」

 「国中が大変な時にいきなり捨てられたようなモンだからねぇ……」

 おかみさんたちが気の毒がり、顔を見合わせて溜め息を吐く。


 「何か、あったんですか?」

 「色々あったんだろうけどねぇ」

 クルィーロが思い切って聞くと、おかみさんの一人が、溜め息混じりに答えた。

 「マガン・サドウィス様の村のモンに聞いただけだから、ウソかホントかわかんないんだけど、双子のご子息が、母上を守るんだって張り切って【急降下する(ワシ)】学派をお勉強なさってね」

 「ご母堂様が止めたから、軍には入らなかったんだけど」

 「いつの頃からか、どっちの方が親孝行か、競争するようンなってな」

 村人たちが次々と話に加わる。

 この村どころか、旧直轄領では、知らない者が居ないくらい有名な話なのかもしれない。


 「これ以上は、俺の口からは言えんな」

 「今はクレーヴェルにいらっしゃるわ」

 「えー……そのー……頑張ってくれよ」


 クルィーロは、村人たちを見回した。

 移動放送局の面々に(ねぎら)いの言葉を掛け、一人、また一人と人垣を離れてゆく。そろそろ昼食の支度をする時間だ。

 これ以上、情報を引き出せそうもない。

 「ありがとうございました」

 みんなで礼を言い、荷物を全てトラックとワゴン車に積み込んだ。



 「野菜泥棒の疑いが晴れてよかったな」

 「急に愛想よくなってビックリだけど」

 「追い出されなくてよかったじゃない」

 父とクルィーロが苦笑すると、アマナに(たしな)められた。言い方に亡き母の面影が重なって、ドキリとする。



 しばらくして、レノたちが戻ったが、浮かない顔だ。

 「後で説明するよ」

 先に行った四人と星の道義勇軍が留守番する。

 クルィーロたちは、この村でもらった【魔力の水晶】を持って参拝したが、立派な神殿には、特に変わったところはなかった。

☆塋域の島は、ラキュス・ネーニア家の血族のみに開かれた島……「1486.ラクテア神殿」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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