1543.名を汚す島守
夫婦の話に割り込んだ男性が、黙って見守る葬儀屋アゴーニと老漁師アビエースを見た。
「移動放送局の者は、大半がネーニア島出身で、直轄領の詳しいことは、知らないんです」
「他所者に知られちゃマズいってコトでもねぇんだろ?」
アビエースとアゴーニが聞くと、村人たちは顔を見合わせ、同時に頷いた。
……泥棒の疑いが晴れた途端、これかぁ。
クルィーロは微妙な気持ちになったが、余計なコトは口にせず、地元民の説明を待った。
「えー、まず、島守って言うのは、ラキュス・ネーニア家の中で、当主に割と親い血筋のお方がなるんだ」
塋域の島は、ラキュス・ネーニア家の血族のみに開かれた島で、配偶者や姻族であっても上陸できない。
先代島守は、現当主の従兄だったが、半世紀の内乱が始まって間もない頃、当主の弟と交代した。
「マガン・サドウィス様は、陸の民との対立を煽って、リャビーナとか都会に住んでるモンが、陸の民と殺し合うように仕向けたんだ」
「でも、いざ戦闘が始まったら、強引に島守を代わらせて、陸の民の手が絶対届かない塋域の島に引きこもったのよ」
「誰かと島守を代わるまで、あの島から一歩も出られないそうだけどね」
クルィーロは、何となく悪口大会が始まりそうな気配を感じた。
父も同感らしく、さりげない質問で場の空気を変える。
「それが、ラキュス湖の水位にどんな悪影響を?」
「急に代わったもんだから、【水呼び】を謳えねぇんだ」
「島守は今も、シェラタン当主の弟さんなんですよね?」
老漁師アビエースが、困惑した声で聞いた。
内乱が五十年。その後の平和が三十年。
八十年掛けても、まだ謳えない程、難解な呪歌なのだろうか。
DJレーフが首を捻る。
「えっと、その【水呼び】って呪歌? ……ですよね? 何か特殊な条件があるとかですか?」
「ラキュス・ネーニア家のお血筋で、それなりの魔力があればいいらしい」
「魔力は【水晶】でも宝石でも足せるんだから、音痴じゃなきゃどなたでもいいのよ」
おかみさんが亭主を肘で小突いて訂正した。
DJレーフは半笑いで聞く。
「音痴なんですか?」
「いや? 単にしんどいからヤなんだろ」
「シェラタン様が口を酸っぱくして、謳いなさいっつっても、のらりくらり言い訳ばっかだったらしいからな」
呆れと諦め、当主への同情が入り混じった答えが返る。
……自分でやるっつといてそれかよ。
「最低でも月一回、満月の日に謳うモンらしいが」
「当主様や将軍様の様子じゃ、一回も謳ってねぇんだろうな」
「お葬式でも謳うそうだが、内乱中は当主様がヘトヘトになってらしたからなぁ」
「シェラタン様は何もおっしゃらないけど、塋域の島からこっちに戻られる度に疲れ切って、見てらんなかったわ」
その「将軍」が、ネミュス解放軍のウヌク・エルハイア将軍か、ネモラリス政府軍のアル・ジャディ将軍か、聞くに聞けない雰囲気だ。
……両方……とかな。
他のどんなことで対立しても、ラキュス・ネーニア家の一族は、ラキュス湖存続に関しては、意見が一致する筈だ。
「水位がそんな下がったんなら、この期に及んで、まだ謳ってないんだな」
「マガン・サドウィス様が、内乱が始まってから急に島守になるって、塋域の島へ渡ったせいで、奥様とお子様達は大変な苦労をなさったそうですし」
「ご自分のコトしか考えてらっしゃらないのよ」
「今だって、戦争で苦しんでる下々のコトなんて、眼中にないんだろうねぇ」
「シェラタン様は、マガン・サドウィス様がヤんなって出てったんじゃない?」
「言えてるわ」
村の女性たちは辛辣だ。
老漁師アビエースが、心配を口にする。
「そのー……島守さんのご家族は、ご無事なんですか?」
「ご無事ですよ」
「湖岸に近い村にお住まいです」
「島守が交代した当時、双子のご子息がお産まれになったばかりで」
「そうそう。家事や何かは、召使いや村の者がお手伝いできるけど」
「国中が大変な時にいきなり捨てられたようなモンだからねぇ……」
おかみさんたちが気の毒がり、顔を見合わせて溜め息を吐く。
「何か、あったんですか?」
「色々あったんだろうけどねぇ」
クルィーロが思い切って聞くと、おかみさんの一人が、溜め息混じりに答えた。
「マガン・サドウィス様の村のモンに聞いただけだから、ウソかホントかわかんないんだけど、双子のご子息が、母上を守るんだって張り切って【急降下する鷲】学派をお勉強なさってね」
「ご母堂様が止めたから、軍には入らなかったんだけど」
「いつの頃からか、どっちの方が親孝行か、競争するようンなってな」
村人たちが次々と話に加わる。
この村どころか、旧直轄領では、知らない者が居ないくらい有名な話なのかもしれない。
「これ以上は、俺の口からは言えんな」
「今はクレーヴェルにいらっしゃるわ」
「えー……そのー……頑張ってくれよ」
クルィーロは、村人たちを見回した。
移動放送局の面々に労いの言葉を掛け、一人、また一人と人垣を離れてゆく。そろそろ昼食の支度をする時間だ。
これ以上、情報を引き出せそうもない。
「ありがとうございました」
みんなで礼を言い、荷物を全てトラックとワゴン車に積み込んだ。
「野菜泥棒の疑いが晴れてよかったな」
「急に愛想よくなってビックリだけど」
「追い出されなくてよかったじゃない」
父とクルィーロが苦笑すると、アマナに窘められた。言い方に亡き母の面影が重なって、ドキリとする。
しばらくして、レノたちが戻ったが、浮かない顔だ。
「後で説明するよ」
先に行った四人と星の道義勇軍が留守番する。
クルィーロたちは、この村でもらった【魔力の水晶】を持って参拝したが、立派な神殿には、特に変わったところはなかった。
☆塋域の島は、ラキュス・ネーニア家の血族のみに開かれた島……「1486.ラクテア神殿」参照




