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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1583/3514

1542.神殿を守る民

 「さっき、湖の民のお連れさんが、湖水が減ってるって言ってたんだが、ホントか?」

 緑髪の男性が、長机に緑青飴(ろくしょうあめ)を置いた。村に到着した直後、移動放送局の車輌を誘導した者の一人だ。


 クルィーロは、五十個入りの大袋を老漁師アビエースに渡して頷く。

 「アミトスチグマの知り合いが、周辺国の役所の記録を調べてまとめたのを見せてくれたんです」

 「どのくらい下がってたか、憶えてるか?」

 誘導の男性が食いつくと、村人たちが一斉に振り返り、あっという間に物販席を囲むんだ。

 「細かい数字は忘れましたけど、三十……四十センチくらいだったかな?」

 「そんなに?」

 緑髪の人の群が、岸辺の葦のようにざわめく。

 金髪のDJレーフが、先回りして言った。

 「見せてもらったの、去年なんで、今、どこまで下がったか、戻ったか、わかんないんですけどね」


 ……ファーキル君にグラフを印刷してもらって、行く先々の村で配った方がよさそうだな。


 クルィーロは、今日は次の村へ行かず、休憩所に留まって、アミトスチグマの夏の都へ跳んでいいか、後でみんなに相談しようと心にメモした。


 「半世紀の内乱が終わって、三十年以上経つのに……」

 「そりゃ、島守が悪いに決まってんだろ」

 「シッ! 滅多なコト、お言いでないよ」

 口を滑らせた男声を妻らしき女性が小突いた。

 別のおじさんが鼻を鳴らす。

 「折角、お偉いさん方が留守なんだ。今の内に言っちまやいい」


 不穏な空気を感じ取り、女の子たちが歌の説明をやめてこちらを向いた。教わる村人たちも、不安げに成行きを見守る。


 「基本的なコト、お尋ねしてすみませんけど、シマモリって何ですか?」

 DJレーフが恐る恐る聞く。

 緑髪の村人たちは一瞬、息を止め、困った顔を見合わせた。村の中央広場を視線が飛び交う。


 「今の内に言っちまえよ」

 先程、夫婦の話に割り込んだ男性が、物販の長机に片手を突いて村人たちを見回した。



 しばらく待ったが、誰も何も言わない。

 男性は、DJレーフに向き直った。

 「陸の民は知らんだろうが、この島の傍には、ラキュス・ネーニア家の塋域(えいいき)の島がある」

 DJレーフが口の中で繰り返す。

 「塋域の島……?」

 「えいいき……?」

 クルィーロは初耳だ。しかも、言葉が難し過ぎてピンとこない。

 父と老漁師アビエースが、物販席の前に立つ湖の民の男性に無言で視線を注ぐ。

 レノたちは、村長と神官の案内で村の奥にある神殿へ行き、まだ戻らなかった。


 「平たく言やあ、島守は墓守だ。あの島にゃ、ラキュス・ネーニア家の祖神ラクテア様が祀られてる」

 初めて聞く神名だ。

 「それ、俺たちに言っちゃって大丈夫なんですか?」

 DJレーフが心配を口にすると男性はニヤリと笑った。

 「強力な【結界】と幻術で守られて、俺たち庶民は上陸どころか、見ることもできん」


 「えっ?」

 「あれっ?」

 いつの間にか傍に来た妹たちが首を傾げる。

 「嬢ちゃんたちの言いてぇこたぁわかってる。ラキュス・ネーニア家のご先祖様は、パニセア・ユニ・フローラ様じゃねぇのかってんだろ?」

 口は悪いが、男性はやさしい目をして子供たちを見た。

 妹のアマナだけでなく、パン屋のピナティフィダとエランティス、それにキルクルス教徒のモーフまで、こくりと頷く。


 「パニセア・ユニ・フローラ様は癒し手だからな。直系の子孫は居ねぇ」

 「えッ……? ……あッ!」

 「妹のラクテア様が、ラキュス・ネーニア家の直系のご先祖様だ」

 「初めて知りました」

 「てっきり、パニセア・ユニ・フローラ様だとばっかり……」

 クルィーロとピナティフィダが言うと、アマナが父の後ろに半分隠れて聞いた。

 「ラクテア様って、何の神様ですか?」

 「ラキュス・ネーニア家の方々にとっちゃ祖神。俺たち庶民にとっちゃ、湖の女神様だ」

 「えッ? 湖の女神様って、お二人だったんですか」

 ピナティフィダが声を上ずらせた。


 夫に口止めしたおかみさんが、やや誇らしげに言う。

 「ラクテア様も、碧玲(へきれい)を残して、塋域(えいいき)の島で湖水を生み出して下さってるのよ」

 「えッ? ちっとも知りませんでした」

 さっきから驚くことばかりだ。


 「知らなくても仕方ないわ」

 「ラクテア様の碧玲(へきれい)に魔力が行くのは、直轄領の神殿だけだからな」

 先程、口を滑らせた男性も、妻の隣で誇らしげに神殿を見遣る。

 こんな森の奥深くに立派な神殿がある理由は何となくわかった。


 ……昔、直轄領だったから、今も祖神ラクテアを祀ってるってコトか。


 「この辺の村は、みんな神殿がある」

 「って言うか、地脈の力が集まる所に神殿を建てて、そこに村を作ったらしい」

 「俺たちゃ食ってく為に農業してるけど、一番の仕事は、神殿に祈りと魔力を捧げるこった」

 「そうそう。私ら一人一人の力は弱くっても、みんなで毎日お祈りしてれば、少しはラクテア様にお力添えできるからね」

 村人たちは堰を切ったように説明した。


 DJレーフが緑髪の人々を見回す。

 「後で、俺たちも、お参りさせてもらっていいですか?」

 「ジョールチさんたち、今、村長さんたちと行ってんだろ?」

 「どうぞどうぞ」

 「片付けもあるだろうから、交代で」

 到着時とは別人のような歓迎ぶりだ。



 父が遠慮がちに聞く。

 「先程、島守が悪いとおっしゃいましたが、差し障りなければ、理由を教えていただけませんか?」

 さっきの夫妻が視線を交わし、口を開く。

 「島守のマガン・サドウィス様が、【水呼び】をサボってるらしいんだ」

 「一回も(うた)ったコトないんじゃない?」

 「えぇっと、すみません。俺たち、何もわからないんで、ひとつずつ教えてもらっていいですか?」

 DJレーフが言うと、村人たちは唇を引き結び、神殿を見て頷いた。

☆湖の民のお連れさんが、湖水が減ってるって言ってた……「1534.森の村と神殿」参照

☆周辺国の役所の記録を調べてまとめた……「821.ラキュスの水」「874.湖水減少の害」参照

☆グラフ……「821.ラキュスの水」「874.湖水減少の害」「1086.政治の一手段」参照

☆パニセア・ユニ・フローラ様は癒し手だからな。直系の子孫は居ねぇ……「647.初めての本屋」「671.読み聞かせる」参照

☆島守のマガン・サドウィス様が、【水呼び】をサボってる……「1486.ラクテア神殿」~「1488.水呼びの呪歌」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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