1541.競い合う双子
老いた村長が、若い神官の目を見て、無言で顎を引く。
神官は、頷き返して答えた。
「私が教えられたのは、サル・ウル様とサル・ガズ様……双子のご兄弟です」
「どのような人物か、お伺いしても?」
アナウンサーのジョールチが重ねて質問すると、首都クレーヴェルの神殿から、旧直轄領の村へ派遣された神官は、苦い顔で答えた。
「島守マガン・サドウィス様のご子息で、二男と三男です」
レノは、緑髪のアウェッラーナを見たが、僅かに首を傾げられた。湖の民でも、ネーニア島出身の彼女は、知らないらしい。
……いい人っぽくなさそうなカンジだな。
「解放軍で、どんな活動してるか、教えてもらっていいですか?」
ラゾールニクが軽いノリで問う。
「私は直接お目に掛かったことがなく、全て伝聞ですが、よろしいですか?」
「お願いします」
神官はあまり言いたくなさそうな口振りだったが、ジョールチとラゾールニクに即答され、眉間に皺を刻んで言った。
「サル・ウル様とサル・ガズ様は、双子のご兄弟ですが、大変、仲がよろしくないそうです」
「喧嘩ばっかしてンです?」
「どちらが上か常に勝負して、足を引っ張り合ってばかりなのだそうです」
二人とも非常に好戦的な人物で、従軍経験はないが、【急降下する鷲】学派だ。
開戦前は、旧直轄領内にある湖岸付近の村に住み、農地管理の傍ら、狩人として住民を守った。
魔獣の目撃情報を得れば、先を争って狩りに行く。魔獣が群なら、どちらがより多く獲れたか、多くの素材を得られたかの数を競い、単独なら、どちらがトドメを刺したかを競う。
一度も協力したことがなく、それどころか、自分の手柄を横取りされまいと、互いに邪魔し合うらしい。
「えぇッ……?」
魔獣狩りの最中に邪魔をすれば、最悪の場合、命に関わる。
兄姉妹仲のいいレノには、何故そんなに仲が悪いのか、想像もつかなかった。
……仲悪い通り越して、憎んでる……とか? いやいや、何で?
「開戦後は、度々クレーヴェルに足を運ばれました」
「何しに行ってたか、わかります?」
ラゾールニクは、すっかりいつもの調子だ。
若い神官は、気にする風もなく答える。
「毎回、数日から……長ければ二週間程度は首都に滞在し、慈善バザーや仮設住宅の支援などをなさっておられたようです」
「あ、悪い人じゃないんスね?」
「大変、功名心の強い方々だそうで、バザーの売上と寄付額を競い、島守である父上から管理を任された村で、寄付品を募る際も、かなり強引な手段を使われたと聞き及びました」
「あー……」
ラゾールニクは、片手で目許を覆って天井を向いた。
神殿の応接間に通されたが、お茶のひとつも出ない。単に気が利かないのか、それともやはり、招かれざる客だからか。
「首都でデモが散発するようになってからは、別々にデモ隊を組織し、率いる人数や、掴んだ情報の量などを競うようになったそうです」
「クーデターの際、お二方が何をなさっておられたか、ご存知ですか?」
ジョールチが、表情を殺して聞く。
アナウンサーは、職場である国営放送の本局が戦闘に巻き込まれ、辛うじて脱出したが、家族は誰一人として生き残れなかった。
「お二方は【急降下する鷲】学派ですので、それぞれ部隊を率い、政府軍の治安部隊と戦ったそうです。兵士の殺害数を競い、議員宿舎に軟禁された議員の救出人数を競ったそうです」
「解放された議員の方々は……」
「現在も、クレーヴェルにいらっしゃいます。党や会派を問わず、魔哮砲の使用に反対した為、軟禁された方々で、クリペウス政権とは決別し、新しい国造りを目指しておられます」
……ラクエウス議員たちの蜂起に参加しなかった人たち、無事だったんだな。
ジョールチが、すかさず質問を挟む。
「新しい国造り……ですか。どんな国を目指すか、お聞きになられましたか?」
「ラクリマリスのような立憲君主制だそうです。神政を基本として、議会が補佐する形で、現在はその為の法案を作成中なのだそうです」
「双子のご兄弟って、今もクレーヴェルに?」
ラゾールニクが聞くと、神官は浮かない顔で頷いて、レノを見た。
「お二方は、クーデターの戦闘がやや落ち着いた頃、今度は隠れキルクルス教徒狩りを始めました」
「えッ……!」
思わぬところで実行犯を知らされ、レノは息が詰まりそうになった。
神官の眉間の皺が深くなる。
「当初は、警察署で【明かし水鏡】を借りて、本物だけを処刑したそうです。しかし、すぐに処刑競争が過熱し、力なき陸の民なら誰彼構わず……」
四人は言葉もなく、神官を見た。
「その後、更に対象を拡大させ……緑髪以外の人を見境なく、その場で殺すようになった頃、ウヌク・エルハイア将軍のお耳に入りました」
「どうなったんです?」
「将軍は大層ご立腹で、ラキュス・ネーニア家の親族と雖も許し難いと、無差別大量殺人の科で極刑に処されるところでした」
「助かったんだ?」
ラゾールニクが、皮肉な笑みを唇に浮かべて聞くと、神官は忌々しげに頷いた。
「別の親族の方が、遺族への賠償を申し出て、双子のご兄弟の助命を請われました。現在は、そのお方の許へ身を寄せておられるそうです」
アナウンサーのジョールチは、溜め息混じりに聞いた。
「どなたが匿っていらっしゃるか、教えていただけませんか?」
「私は知らされておりません」
若い神官が目を伏せる。
……見習いじゃ、本気でヤバい件の詳しいコト、教えてもらえないのか。
レノは思わず身震いし、アウェッラーナと顔を見合わせた。
クーデター後、レノたちは、パドールリクが勤務する会社の社宅に身を寄せ、買物などで時々外出した。
魔法の品があるから大丈夫だと思ったが、大間違いだ。
あの頃の首都クレーヴェルでは、陸の民が、サル・ウルかサル・ガズ率いる隠れキルクルス教徒狩りの部隊と鉢合わせしたら、問答無用で殺されたのだ。
「話は変わりますが、マチャジーナ市とデレヴィーナ市が現在、どんな状況か、教えていただけませんか?」
ジョールチが聞くと、神官は表情を改めて答えた。
「両市とも、臨時政府への納税を拒否し、クーデター政府に恭順を示しています。ホールマ市同様、元の市民は湖の民で、陸の民は仮設住宅にしか居ません」
「市会議員選挙は行われましたか?」
「クレーヴェルで法改正中だからかもしれませんが、選挙が実施されたとは、耳にしておりません」
「恐れ入ります。お忙しいところ、長々と失礼致しました。これにてお暇させていただきます」
ジョールチが二人に一礼して立ち上がり、レノ、アウェッラーナ、ラゾールニクが続く。
老いた村長は結局、岩のような無表情を崩さず、一言も発さなかった。
☆島守マガン・サドウィス……「1486.ラクテア神殿」~「1488.水呼びの呪歌」参照
☆国営放送の本局が(中略)生き残れなかった……「0981.できない相談」参照
☆議員宿舎に軟禁された議員の救出……「700.最終チェック」参照
☆魔哮砲の使用に反対した為、軟禁……反対「241.未明の議場で」「247.紛糾する議論」「248.継続か廃止か」→軟禁「253.中庭の独奏会」「259.古新聞の情報」参照
☆ラクエウス議員たちの蜂起=議員宿舎襲撃事件……計画「260.雨の日の手紙」「272.宿舎での活動」「273.調理に紛れて」、実行「277.深夜の脱出行」参照
☆ラクリマリスのような立憲君主制……「752.世俗との距離」参照
☆隠れキルクルス教徒狩り……「746.古道の尋ね人」「793.信仰を明かす」「806.惑わせる情報」「0969.破壊後の基地」参照
☆パドールリクが勤務する会社の社宅に身を寄せ……「686.センター脱出」~「688.社宅の暮らし」「708.臨時ニュース」参照
☆買物などで時々外出……「697.早朝の商店街」参照
▼【急降下する鷲】学派の徽章




