1538.探り合うハラ
「以上をもちまして、移動放送局プラエテルミッサの公開生放送を終了させていただきます。本日はお忙しい中、お付き合い下さいまして、誠にありがとうございました」
国営放送アナウンサーのジョールチが、深々とお辞儀してマイクを切る。アンテナを支えるパドールリクと老漁師アビエースが、トラックの屋根から降りた。
「ちょっと待って!」
「お代取りに帰るから、絶対、待っててよー!」
聴衆から声が上がり、レノは笑顔で手を振って応えた。
「ありがとうございます! 助かります!」
メドヴェージが荷台のスイッチを操作し、上がった側面を元に戻す。
ピナが荷台に上り、歌詞を大書した画用紙の束を持って降りた。
「どの歌を覚えたいですか?」
「歌詞、二部は神殿と、偉い人のおうちに置いてもらって、一部は練習用に……どうぞ」
アマナが言う間にティスが物販席へ取りに走る。近くに居たおかみさんに渡すと、あっと言う前に人垣ができた。
クルィーロたちは、荷台の片側に寄せた荷物を均等に並べ替えるのに忙しい。
レノは、物販席で受取った交換品を種類別に詰替えながら、成行きを見守る。
「女神様のお歌がいい!」
小学生くらいの女の子が元気いっぱい手を挙げ、周囲の大人たちが頷いた。
「天気予報と体操は知ってるからな」
「歌詞だけでもイケるだろうからね」
モーフとアゴーニが「女神の涙」の歌詞の冒頭を掲げ、ピナ、ティス、アマナが歌い始める。
「兄さん、これ、少ないけど、気持ちです」
「とっといてくれ」
「いいもの聴かせてくれて、ありがとね」
電池を買いそびれた者たちが、レノの前に次々と野菜などを置いて行く。レノはその一人一人にお礼を言うが、片付けが追いつかなくなってきた。
老いた村長と若い神官がパイプ椅子から腰を上げ、ジョールチと向き合う。
「お陰様で、無事に放送を終えられました。ありがとうございます」
村長は、無言で顎を引いた。
若い神官が、国営放送のアナウンサーに聞く。
「ホールマ市で、力なき民が市会議員選挙に立候補した件をご存知ですか?」
「はい。ホールマ市に路線バスを走らせたいとの一心で、立候補したとのことでした。この村の方々には、あまり関係のない件なので、放送しませんでしたが」
「では、当落の結果は、ご存知ですか?」
「当選しました。それだけ、ホールマ市民にも、公共交通機関を望む人が多いのでしょう」
アウェッラーナが来て、放送に対するお礼の品を受取る手伝いをしてくれた。荷台の片付けはもうすぐ終わるらしい。
レノは、村人たちに笑顔で応対しながら、ジョールチと村長たちの遣り取りに意識を向けた。
「国内に星の標が蔓延るのは、ご存知ですか?」
「クレーヴェルで爆弾テロや自爆テロが頻発し、脱出が大変でした」
レノは、ジョールチの暗い声で、あの日の惨状がまざまざと蘇り、動悸が激しくなった。営業スマイルは崩さず、感想と共に差し出される食料品を受取り、お礼の言葉を返す。
荷台の整理を終え、クルィーロたちが降りて来た。
「お疲れさん。ここ、代わるよ」
「えっ? いいのか?」
荷台の片付け作業は、クルィーロとDJレーフ、薬師アウェッラーナと老漁師アビエースが【重力遮断】を掛け、パドールリク、ソルニャーク隊長、メドヴェージがソファや水樽、木箱などを動かした。
「いいよいいよ。店長として、村長さんたちと話してくれないか?」
「わかった」
レノがクルィーロと交代すると、薬師アウェッラーナも、老漁師アビエースと代わった。
「ラーナ、先にお参りさせてもらうといい」
「兄さんは?」
「ここが引けてから行くよ」
「……うん」
何かに気付いた顔で頷いて、レノの隣に立つ。
「物販の許可を下さってありがとうございました。お陰様で凄く助かりました」
「こちらも、電池などを街へ買いに行く手間が省けましたから、お互い様です」
神官は、先程とは打って変わって、レノに礼儀正しく応じた。
……どうしたんだ? 急に?
緑髪の神官は、黒髪に白い物が混じるジョールチに向き直った。
「移動放送局のみなさんは、全員、力ある民ですか?」
「いえ、力なき民も居りますが……何か?」
「ジョールチさんはあの日、魔法で逃げておられましたから、力ある民。DJのレーフさんも、力ある民ですね」
若い神官は、クーデターが勃発したあの日、首都クレーヴェルでラジオを聞いたかのような口ぶりだ。
「力なき民でも、俺たちは【魔力の水晶】があれば、【灯】とか【炉】とか、簡単な術は使えますよ」
「魔法……使えるのですか」
神官の目が、意外そうにレノを見る。
どうやら、彼と村長は、力なき陸の民を快く思わないようだ。レノは、魔法を使えるのだと強調した。
「力なき民向けの魔法の本で勉強しました。呪文が短くて、簡単なのだけですけど、作用力を補う【水晶】があれば使えます。売り物のクッキーは【炉】で焼きました」
「力なき民用の魔法の本? そのような物があるのですか?」
「レーチカ市で交換品としてもらいました」
「題名は『水晶で使う鳩の術』で、中身は、えっと……見た方が早いですね」
アウェッラーナの加勢で心強くなり、レノは荷台に駆け上がった。
中では、ソルニャーク隊長とメドヴェージが、もらった野菜を詰めた段ボールをを積み上げる最中だ。
「ん? その本も売るのか?」
「いえ、ちょっと見せるだけです。何となく、村長さんたちに星の標の手先じゃないかって疑われてるっぽいんで」
「あぁ、魔法、使って見せンだな」
隊長に呼び止められ、早口に説明すると、メドヴェージに頑張れよと送り出された。
☆ホールマ市に路線バスを走らせたいとの一心で立候補……「1500.広報を読む力」「1504.陸の民の候補」「1505.市外の支援者」参照
☆当選しました……「1512.夜の選挙速報」「1513.喜べない理由」参照
☆あの日の惨状……「710.西地区の轟音」参照
☆ジョールチさんはあの日、魔法で逃げ……「600.放送局の占拠」~「602.国外に届く声」、詳細「0981.できない相談」参照
☆首都クレーヴェルでラジオ……「610.FM局を包囲」「611.報道最後の砦」「614.市街戦の開始」参照
☆力なき民用の魔法の本/レーチカ市で交換品/『水晶で使う鳩の術』……「641.地図を買いに」「688.社宅の暮らし」参照




