1536.僻地での放送
交換品を取りに帰った男性たちが広場へ戻り、物販は急に忙しくなった。
あっという間に売り物がなくなる。残ったのは、専門知識がなければ目利きすらできない魔獣の消し炭と、樹皮の粉だけだ。
電池を手に入れそびれた人々が、家へ駆け戻る。
「後で情報交換して下さるんでしたら、絵本もありますよ」
「絵本?」
「神話の絵本です」
ラゾールニクが荷台に駆け上がり、一冊持って降りた。
「あら、キレイな絵本ねぇ」
「一冊あれば、村の子供たちみんなで読めますよ」
クルィーロも笑顔で勧めるが、おかもさんたちは村長をチラチラ見るだけで、手に取ろうとしない。
……余計なコト言わないように口止めされてんのか。
レノは心がささくれたが、陸の民が多い他所者の集団なのだ。警戒されても仕方がない。
問答無用で襲われなかっただけマシだと考え直し、営業スマイルを繕った。
家族を呼びに行った者たちが、隣近所にも声を掛けたらしく、広場の人出が一気に膨れ上がる。
人垣が厚くなり、村長と若い神官は、カラーコーンを置いた規制線ギリギリまで出て来た。
神官が物販席に歩み寄り、絵本「すべて ひとしい ひとつの花」を見詰める。
「どうぞ、立ち読みしてもいいですよ」
ラゾールニクが促すが、緑髪の神官は手を触れなかった。
「この本は、あなた方が作ったのですか?」
「まさか。ネモラリス建設業協会が出版したんで、関係者だと思いますよ」
「後で、私がお話しできることは情報提供します。この本を譲って下さい」
「まいど。じゃ、売約済みってコトで放送終了までここに置いときますね」
「放送する歌の歌詞も……数がないんで、三部だけ、お付けします」
ピナが足下の段ボールから出して、長机に置いた。
「それでは、ただいまより、移送放送局プラエテルミッサの公開生放送を始めます。二時間程度を予定しております」
宣言したジョールチが、一礼して荷台に上がる。
ラゾールニクを除く売り子たちも、続いて荷台に上がり、即席の幕が下がる舞台に並んだ。
クルィーロが奥の係員室へ合図を送る。
最初の曲は、天気予報のBGMに歌詞をつけた歌だ。
耳に馴染んだ曲に触れ、麦藁を編んだ茣蓙に座った聴衆の顔が、明るく穏やかになる。初めて耳にした歌詞にじっと聞き入り、身じろぎひとつしなかった。
曲が終わった途端、盛大な拍手が起こり、茣蓙席の後ろにも人垣ができる。
後から家を出た人々は、物販席の傍らのパイプ椅子に腰掛けた村長と若い神官をチラリと見て、その場にしゃがんだ。
「ただいまの曲は、旧ラキュス・ラクリマリス共和国の国営放送局時代から、現在まで天気予報のBGMとして使用される『この大空をみつめて』です。歌詞は、三部ご用意しております。公開生放送終了後、ごゆっくりご覧下さい」
国営放送アナウンサーの声が、続けて国際ニュースを読み上げる。
「この程、ネモラリス共和国の臨時政府が、難民キャンプ以外の場所で暮らす国外避難民の実態調査に乗り出しました」
駐アミトスチグマ王国ネモラリス共和国大使館が、現地の神殿や慈善団体などを通じ、都市部に流入した難民に対して、聞き取り調査を行った。チラシやポスターで大使館への来庁を呼掛け、現在も継続中だ。
今年二月末時点で、三千世帯以上の調査を終えた。
だが、氷山の一角に過ぎない。
来朝者に保存食などを支給し、詳細な聞き取りを行ったところ、九十八パーセントが定職に就けず、縁故に縋って辛うじてその日を送る。
【魔力の水晶】を充填する内職や、日雇労働などで、僅かでも収入を得られた世帯が八十一パーセント。割合としては少ないが、傷病や家族の世話などで全く就労できず、深刻な状態の世帯もあった。
チラシなどに「回答者には食料品を与える」旨を記載して来庁を促した為、偏向が掛かった可能性が高い。それを差し引いて考えても、貧困率が非常に高く、就学年齢に達しても教育を受けられない子供が九十六パーセントにも上った。
「現地の慈善団体が、子供を対象に昼食の提供と、湖南語と力ある言葉の読み書き、簡単な計算などの学習支援を実施。しかし、元々アミトスチグマ王国内の貧困層を支える小規模な慈善団体の為、同じ状況の子供全員を対象にすることは困難です。しかも、ネモラリス共和国の教科書が入手できません。多くの子供たちが、充分な教育を受けられないまま、成年に達する懸念があります」
「何を贅沢な」
レノはギョッとしたが、辛うじて表情を動かさなかった。
村長の声は、係員室のジョールチたちまでは、届かない。
「大使館の情報筋によりますと、仮に停戦合意が結ばれたとしても、焦土と化した国土の復興や難民の帰還は、一朝一夕に成るものではなく、若年層の教育機会の喪失が、足枷となる可能性があるとのことです」
子供たちが学校へ行けないことが、何故、復興や帰国の邪魔になるのか。
ジョールチは何の説明もなく、次のニュースに移った。夏の都で行われた新年の慈善コンサートの件や、難民キャンプの最新の状況を淡々と伝える。
国際ニュースが終わり、シーツの幕に半分入ったクルィーロが、手振りで係員室の二人に合図する。
レノたちは、その動きを視界の端で捉え、いつも通りに歌い始めた。フルートの音色と同時に歌声が流れ、聴衆が驚嘆する。
二曲目は、アサエート村の里謡「女神の涙」だ。




