1534.森の村と神殿
翌朝。
移動放送局プラエテルミッサの一行は、朝食後、手早く簡易テントなどを片付け、ウーガリ古道を西進した。
DJレーフがFMクレーヴェルのワゴンを運転し、国営放送のイベントトラックを先導する。
……ラキュス・ネーニア家の私兵が待ち構えてる……なんてコト、ないよね?
薬師アウェッラーナは、ワゴン車の助手席で暗い考えを振り払った。
トラックの助手席には葬儀屋アゴーニが座り、湖の民が同行することを示す。
今朝のキャベツ畑は無人だった。
教えられた通り、畑の中の道を直進する。キャベツ畑を抜けると、再び森に挟まれた。曲がりくねった二車線分の道を十分ばかり行くと、唐突に村が現れた。
低い土塀に囲まれ、石の門があり、平屋の小ぢんまりした家々が並ぶ。
そこまでは、これまでに見た村と同じだが、奥に立派な神殿が見えた。
……何でこんなとこにこんな大きな神殿が?
昨日の村人が二人、呪文が刻まれた石門の中で、一行を待ち構える。十メートルばかり手前で停め、DJレーフが運転席の窓から身を乗り出した。
「おはようございます。移動放送局プラエテルミッサです」
「移動放送局プラエテルミッサの一行、通ってよし!」
一人が石門に掛けられた【一方通行】の対象から、移動放送局の一行を外し、もう一人が大きな身振りで手招きする。
レーフは、FMクレーヴェルのワゴン車をゆっくりと門内に入れた。
村人二人が、侵入車輌の前を小走りに移動し、誘導する。
国営放送のイベントトラックが、車間距離を開けてついてくるのが、サイドミラーに映った。
「止まれ!」
誘導の二人が案内したのは、村の中央広場だ。
辺りは静かで、人の気配がない。
村のずっと奥で、青空と森の若葉を背にした白い神殿が、どっしり構える。
DJレーフは、エンジンを停止して窓から顔を出した。
「誘導、ありがとうございます。立派な神殿ですね」
「当たり前だ」
「直轄領だからな」
「私たちもお参りさせていただけませんか?」
アウェッラーナが、助手席の窓を半分開けて聞くと、二人は顔を見合わせた。
「周辺国の観測結果を見る機会があって、半世紀の内乱からずっと、ラキュス湖の水位が下がり続けているのを知りました。それで、行く先々の神殿にお参りさせていただいてるんです」
「今は、村のモンがお参りしてる」
「後で長老たちに聞いてみろ」
案内役に残された二人は、判断を避けた。彼ら自身がどう思うのか、表情からは読み取れない。
……私たち、私有地に勝手に入った状態だし、快く思われなくて当然なのよね。
不法侵入者として、警察に突き出されなかっただけでもよかったのだ、と考え直し、レーフと一緒にワゴン車を降りた。
トラックの荷台から、催し物用の簡易テントと長机パイプ椅子を下ろして、物販の仕度をする。
アナウンサーのジョールチ、DJレーフ、工員クルィーロは、荷台奥の小部屋で放送の準備だ。
メドヴェージがスイッチを操作し、荷台の側面を片方上げると、村人たちは緑の目を見開いて感心した。本来は照明器具を吊るす金具に予備のシーツを括りつけ、所帯道具を隠す幕にしてある。
準備が概ね整う頃、昨日の老人と若い神官が姿を見せ、続けて緑髪の群が広場に入って来た。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「子供も居るのか」
レノ店長が、品出しの手を止めて愛想よく挨拶したが、長老はモーフたちを一瞥して鼻を鳴らした。
「空襲で焼け出されて、色々あって、移動放送局と移動販売店を一緒にしています。あ、俺は移動販売店プラエテルミッサの店長、レノです」
旧直轄領の村人たちに同情や憐憫、侮蔑など、様々な色が表れた。何とも言い難い複雑な表情の者が多い。
売り物は、今朝焼いたばかりのクッキー、昨日摘んだ香草茶、蔓草細工の籠、交換品でもらった布袋、ノートと鉛筆、消しゴム、各大きさの乾電池、昨日作った樹皮の粉と魔獣の消し炭、瓶詰めした魔獣の【魔道士の涙】だ。
力なき陸の民の子供たちは、緊張した面持ちで湖の民の大人たちを見詰める。先に家へ帰されたのか、移動放送局プラエテルミッサを遠巻きにする人垣には、女性と子供の姿がなかった。
葬儀屋アゴーニが一歩前へ出る。
「村長さん、昨日はこの村での放送をお許し下さり、ありがとうございました」
「お主、葬儀屋だったのか」
長老の眼が、アゴーニの胸元で輝く【導く白蝶】学派の徽章に注がれる。
「焼け出された後、色々ありまして、今はジョールチさんたちの手伝いをしております」
アゴーニは、いつもの調子とは打って変わって、改まった口調で説明する。
緑髪の人垣がざわめいた。
「ジョールチさん?」
「国営放送の?」
「生きてたのか」
……ホントに誰が放送してるか知らなかったのね。
移動放送局の存在だけが伝わる状況がよくわからない。
発電機の駆動音が村人の囁きを掻き消した。
機材の調整を終え、工員クルィーロと、国営放送アナウンサーのジョールチが、荷台を降りる。二人は、手つかずの売り物を見て、緑の人垣を見回した。
クルィーロがアマナの傍らに立ち、入替りにパドールリクとアビエースが、トラックの屋根に上る。
ジョールチは、二人が送信アンテナを支えるのを見届け、マイクスタンドの前へ移動した。
「みなさま、おはようございます。アナウンサーのジョールチです」
物販席に置いたラジオからも、問題なくマイクテストを兼ねた挨拶が聞こえた。
「本日はお忙しい中、移動放送局プラエテルミッサの公開生放送にお付き合い下さいまして、恐れ入ります。急な申し出にも拘らず、放送の許可をいただき、誠にありがとうございました」
アナウンサーの声を耳にした瞬間、村人たちに驚きと喜びが広がったが、長老と神官の表情は、相変わらず硬かった。
☆石門に掛けられた【一方通行】……「849.八方塞の地方」「1206.東からの訪問」参照
☆周辺国の観測結果……「821.ラキュスの水」参照




