1532.薬素材の精製
ウーガリ古道の休憩所へ戻ると、昼食の用意がしてあった。
パンの焼ける香ばしい匂いに触れた途端、肩から力が抜ける。
「おかえりなさい。いかがでしたか?」
国営放送アナウンサーのジョールチが簡易テントから飛び出し、エンジンを止めたワゴン車に駆け寄る。
DJレーフは、降りながら答えた。
「三十分くらい行ったら、畑仕事してる人に会えたよ」
「村まで行かなかったのですか?」
「一人が村長さんと神官、呼びに行って……あんまり歓迎されてない感じだったけど、最終的に、放送していいって言われたよ」
ジョールチが眉を顰めた。
アウェラーナたちも車を降り、出迎えた兄と共に話に加わる。
「ラーナ、おかえり。歓迎されなかったって? 何か、イヤなコトでも言われたのか?」
「ただいま。んー……多分、クーデターのすぐ後だと思うんだけど、湖岸沿いや街道に近い村で、野菜泥棒があったんですって」
「ラキュス・ネーニア家のお膝元でか?」
兄のアビエースも、葬儀屋アゴーニと同じ反応だ。
ジョールチが暗い顔で頷く。
「それで、陸の民の心証がよくないのですね?」
「あの村は被害に遭わなかったそうだけど、快く思ってなかったよ」
「それでも、放送の許可は得られたのですか」
「陸の民だけで行ってたら、断られただろうね。明日の朝イチに決まったよ」
ジョールチは、DJレーフの報告に複雑な顔で頷いた。
葬儀屋アゴーニが、昼食を並べた簡易テントで待つみんなに言う。
「食いモンはやんねぇっつわれたぞ」
「食糧は充分ありますし、朝に放送して、すぐ移動するんなら、大丈夫ですよ」
「炊き出しとかしてもらっても、私たちは食べられないかもしれませんし」
レノ店長とピナティフィダが、明るい声で応えた。
銅中毒の危険性を考えれば、村人が陸の民を排除したのではなく、配慮してくれたのだと解釈できる。湖の民だけに食事を振舞ったのでは、一行の仲がギクシャクするかもしれない。余計な波風を避ける為に何もしないのも、一種の気遣いだ。
……あの雰囲気は、そんなカンジじゃなかったけど。
「あ、それから、薬草採っていいか聞きそびれたから、端っこの奴、採らないでくれよな」
ラゾールニクが言うと、アマナが顔を強張らせた。
「お茶の草は?」
「あれは、どこにでもいっぱい生えてるし、育ててる風じゃなかったから、大丈夫よ」
薬師アウェッラーナが言うと、女の子たちはホッとして顔を見合わせた。
昼食後、アナウンサーのジョールチ、ソルニャーク隊長、パドールリクは、放送用の原稿に取り掛かった。
DJレーフは放送機材、メドヴェージはトラックと発電機を点検する。レノ店長と、アウェッラーナの兄アビエースは、夕飯の仕込みを始めた。
「ねーちゃん、それ、どうすんだ?」
「さっきは丸ごと持って行きましたけど、お薬や呪符の素材として、使いやすいように精製しようと思うんです」
少年兵モーフが、薬師アウェッラーナの手許を興味深げに見詰める。
長机の上にタオルを重ね、上に布袋を置いた。中身は、ビニール袋で二重に包んだ魔獣の消し炭だ。まだ、袋の上からでも蜥蜴の形がわかる。
「せいせい……? トンカチでどうすんだ?」
「木槌で割って、ある程度まで小さくしてから、手で解して、【操水】で消し炭と【魔力の水晶】を分離してから、炭を乳鉢ですり潰して粉にするんです」
「トンカチで割るくらい、俺でもできるし、手伝うぞ」
「えっ? いいの? 魔法薬や呪符の素材なんだけど」
アウェッラーナが驚いて聞くと、モーフは右手を差し出した。
「教科書読むの疲れたから、手伝うよ」
「俺もその作業、呪符屋さんでしたんで、手伝えますよ」
「クルィーロさん……」
「アウェッラーナさんは、プロしかできない作業をお願いします」
工員クルィーロが、タブレット端末をポケットに仕舞って席を立った。女の子たちも、香草を小分けにする手を止めて言う。
「すり潰て量って詰めるのとか、私たちも手伝います」
「ありがとうございます。助かります」
薬師アウェッラーナは、幾つか注意点を伝えると、荷台に上がった。
黄色い樹皮とナイフ、ステンレストレーとコピー用紙、水薬用のプラスチック瓶を持って降りる。
「それはどうすんだ?」
少年兵モーフが早速、タオルで挟んだ魔獣の消し炭入りの袋を木槌で叩きながら聞く。
「ナイフでテキトーに細かくして、お湯で煮出して、術でお薬になる成分を抽出します」
「地虫の粉で熱冷ましとか作るみてぇなもん?」
「そうですね。似たような作用の術を使います」
ナイフで削って細かくした樹皮と、トレーからこぼれ落ちた破片を【操水】で集める。木の皮を含んだ水を宙に浮かせて加熱すると、色素が煮出され、瞬く間に黄色く染まった。
黄濁した湯の中で、樹皮が見えなくなる。
しっかり煮出せるまで【操水】で沸騰させ、薬師アウェッラーナは力ある言葉で唱えた。
「樹を守る 鎧借り受け 玉の緒の 継ぐ身健やか 守りを固め
病退け 康かれと 樹の力 身の内守れ」
濁った煮汁から黄色い粉が抜け、口を開けた瓶にさらさらと収まる。
砂時計のように粉が溜まるにつれ、熱湯が透明感を取り戻してゆく。
再び【操水】で沸騰させると、濁りが増した。
同じ操作を数回繰り返す。
再沸騰させても煮汁が濁らなくなり、樹皮の出涸らしをトレーに出して水を小鍋に戻した。
樹皮はトレーに山盛りだが、抽出できた薬効成分は、水薬用の瓶に刻まれた目盛の下から二番目までしかない。
「これって、何のお薬ですか?」
作業を終えたピナティフィダが聞く。
他の子供たちも瞳を輝かせて、絵具のように鮮やかな黄色い粉を見詰める。
「色々なお薬の素材になるけど、これだけでは使えないの」
「木の皮こんだけあって、たったこれっぽっち?」
少年兵モーフが長机の横にしゃがみ、瓶を真横から見て眉間に皺を寄せる。
「素材がたくさんあっても、お薬になる部分が少ないし、それを取り出すのも専門的な難しい魔法が使えないとムリだから、魔法のお薬って高いんですね」
パン屋の娘ピナティフィダが、材料費と技術料を簡単に説明すると、モーフは感心して頻りに頷いた。
☆端っこの奴……雨降草「1529.私有地を通る」参照
☆お茶の草……香草茶「1529.私有地を通る」参照
☆その作業、呪符屋さんでした……「520.事情通の情報」参照
☆黄色い樹皮……「1446.旧街道で待つ」参照
☆地虫の粉で熱冷ましを作る……「245.膨大な作業量」参照




