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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1532.薬素材の精製

 ウーガリ古道の休憩所へ戻ると、昼食の用意がしてあった。

 パンの焼ける香ばしい匂いに触れた途端、肩から力が抜ける。


 「おかえりなさい。いかがでしたか?」

 国営放送アナウンサーのジョールチが簡易テントから飛び出し、エンジンを止めたワゴン車に駆け寄る。 

 DJレーフは、降りながら答えた。

 「三十分くらい行ったら、畑仕事してる人に会えたよ」

 「村まで行かなかったのですか?」

 「一人が村長さんと神官、呼びに行って……あんまり歓迎されてない感じだったけど、最終的に、放送していいって言われたよ」


 ジョールチが眉を(ひそ)めた。

 アウェラーナたちも車を降り、出迎えた兄と共に話に加わる。

 「ラーナ、おかえり。歓迎されなかったって? 何か、イヤなコトでも言われたのか?」

 「ただいま。んー……多分、クーデターのすぐ後だと思うんだけど、湖岸沿いや街道に近い村で、野菜泥棒があったんですって」

 「ラキュス・ネーニア家のお膝元でか?」

 兄のアビエースも、葬儀屋アゴーニと同じ反応だ。


 ジョールチが暗い顔で頷く。

 「それで、陸の民の心証がよくないのですね?」

 「あの村は被害に遭わなかったそうだけど、快く思ってなかったよ」

 「それでも、放送の許可は得られたのですか」

 「陸の民だけで行ってたら、断られただろうね。明日の朝イチに決まったよ」

 ジョールチは、DJレーフの報告に複雑な顔で頷いた。


 葬儀屋アゴーニが、昼食を並べた簡易テントで待つみんなに言う。

 「食いモンはやんねぇっつわれたぞ」

 「食糧は充分ありますし、朝に放送して、すぐ移動するんなら、大丈夫ですよ」

 「炊き出しとかしてもらっても、私たちは食べられないかもしれませんし」

 レノ店長とピナティフィダが、明るい声で応えた。


 銅中毒の危険性を考えれば、村人が陸の民を排除したのではなく、配慮してくれたのだと解釈できる。湖の民だけに食事を振舞ったのでは、一行の仲がギクシャクするかもしれない。余計な波風を避ける為に何もしないのも、一種の気遣いだ。


 ……あの雰囲気は、そんなカンジじゃなかったけど。


 「あ、それから、薬草採っていいか聞きそびれたから、端っこの奴、採らないでくれよな」

 ラゾールニクが言うと、アマナが顔を強張らせた。

 「お茶の草は?」

 「あれは、どこにでもいっぱい生えてるし、育ててる風じゃなかったから、大丈夫よ」

 薬師(くすし)アウェッラーナが言うと、女の子たちはホッとして顔を見合わせた。



 昼食後、アナウンサーのジョールチ、ソルニャーク隊長、パドールリクは、放送用の原稿に取り掛かった。

 DJレーフは放送機材、メドヴェージはトラックと発電機を点検する。レノ店長と、アウェッラーナの兄アビエースは、夕飯の仕込みを始めた。


 「ねーちゃん、それ、どうすんだ?」

 「さっきは丸ごと持って行きましたけど、お薬や呪符の素材として、使いやすいように精製しようと思うんです」

 少年兵モーフが、薬師アウェッラーナの手許を興味深げに見詰める。

 長机の上にタオルを重ね、上に布袋を置いた。中身は、ビニール袋で二重に包んだ魔獣の消し炭だ。まだ、袋の上からでも蜥蜴(トカゲ)の形がわかる。


 「せいせい……? トンカチでどうすんだ?」

 「木槌で割って、ある程度まで小さくしてから、手で(ほぐ)して、【操水】で消し炭と【魔力の水晶】を分離してから、炭を乳鉢ですり潰して粉にするんです」

 「トンカチで割るくらい、俺でもできるし、手伝うぞ」

 「えっ? いいの? 魔法薬や呪符の素材なんだけど」

 アウェッラーナが驚いて聞くと、モーフは右手を差し出した。

 「教科書読むの疲れたから、手伝うよ」

 「俺もその作業、呪符屋さんでしたんで、手伝えますよ」

 「クルィーロさん……」

 「アウェッラーナさんは、プロしかできない作業をお願いします」

 工員クルィーロが、タブレット端末をポケットに仕舞って席を立った。女の子たちも、香草を小分けにする手を止めて言う。

 「すり潰て量って詰めるのとか、私たちも手伝います」

 「ありがとうございます。助かります」

 薬師(くすし)アウェッラーナは、幾つか注意点を伝えると、荷台に上がった。



 黄色い樹皮とナイフ、ステンレストレーとコピー用紙、水薬用のプラスチック瓶を持って降りる。

 「それはどうすんだ?」

 少年兵モーフが早速、タオルで挟んだ魔獣の消し炭入りの袋を木槌で叩きながら聞く。

 「ナイフでテキトーに細かくして、お湯で煮出して、術でお薬になる成分を抽出します」

 「地虫の粉で熱冷ましとか作るみてぇなもん?」

 「そうですね。似たような作用の術を使います」



 ナイフで削って細かくした樹皮と、トレーからこぼれ落ちた破片を【操水】で集める。木の皮を含んだ水を宙に浮かせて加熱すると、色素が煮出され、瞬く間に黄色く染まった。

 黄濁した湯の中で、樹皮が見えなくなる。

 しっかり煮出せるまで【操水】で沸騰させ、薬師(くすし)アウェッラーナは力ある言葉で唱えた。


 「()を守る (よろい)借り受け 玉の緒の 継ぐ身(すこ)やか 守りを固め

  病退(やまいしりぞ)け (やす)かれと (いつき)の力 身の内守れ」


 濁った煮汁から黄色い粉が抜け、口を開けた瓶にさらさらと収まる。

 砂時計のように粉が溜まるにつれ、熱湯が透明感を取り戻してゆく。

 再び【操水】で沸騰させると、濁りが増した。


 同じ操作を数回繰り返す。


 再沸騰させても煮汁が濁らなくなり、樹皮の出涸らしをトレーに出して水を小鍋に戻した。

 樹皮はトレーに山盛りだが、抽出できた薬効成分は、水薬用の瓶に刻まれた目盛の下から二番目までしかない。

 「これって、何のお薬ですか?」

 作業を終えたピナティフィダが聞く。

 他の子供たちも瞳を輝かせて、絵具のように鮮やかな黄色い粉を見詰める。

 「色々なお薬の素材になるけど、これだけでは使えないの」

 「木の皮こんだけあって、たったこれっぽっち?」

 少年兵モーフが長机の横にしゃがみ、瓶を真横から見て眉間に皺を寄せる。


 「素材がたくさんあっても、お薬になる部分が少ないし、それを取り出すのも専門的な難しい魔法が使えないとムリだから、魔法のお薬って高いんですね」

 パン屋の娘ピナティフィダが、材料費と技術料を簡単に説明すると、モーフは感心して(しき)りに頷いた。

☆端っこの奴……雨降草「1529.私有地を通る」参照

☆お茶の草……香草茶「1529.私有地を通る」参照

☆その作業、呪符屋さんでした……「520.事情通の情報」参照

☆黄色い樹皮……「1446.旧街道で待つ」参照

☆地虫の粉で熱冷ましを作る……「245.膨大な作業量」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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