1531.野菜畑の問答
ラゾールニクが、布袋を手に車窓から身を乗り出す。中身はビニール袋で包んだ魔獣の消し炭だ。風が若葉の萌える梢を揺らし、彼の金髪をそよがせた。
袋の口を開け、怪訝な顔の村人に見せながら言う。
「行商の交換品、布の袋や蔓草細工の籠、乾電池、それに今なら、魔獣の消し炭もありますよ」
先程の農夫が長老と視線を交わし、ワゴン車の後部座席に近付く。
「FMクレーヴェル? さっき、全然別のを名乗ったよな?」
農夫が、車体の文字とロゴマークに気付いて、足を止めた。車の前に立ち塞がる神官の顔が、やや険しくなる。
「FMクレーヴェルと国営放送の職員有志が、本局が放送しないキメ細かなローカルニュースとかを放送しています。帯域は、FMクレーヴェルの催し物用の臨時放送局と同じですよ」
金髪のDJレーフが、いつもの調子で説明する。
神官が長老の隣に来て、僅かに顎を引いたが、農夫の顔からは警戒の色が消えなかった。
キャベツ畑から見守る緑髪の村人たちも、あまり友好的な雰囲気ではない。
モンシロチョウが風に煽られ、高く舞い上がった。
「ウチの村には、呪符師が居らん」
「えっと、薬師さんはいかがですか?」
魔獣の消し炭は、腸に作用する劇薬指定の消炎剤の素材にもなる。
アウェッラーナが声を掛けると、農夫は目を丸くした。
「湖の民も居たのか」
「俺も、さっきからずっと居るんですがね」
葬儀屋アゴーニが助手席で苦笑する。
同族の存在に気付いた村人たちが、やっと警戒を緩めた。
……移動放送局の存在は知ってても、中の人までは知らないってコト?
誰から、どんな情報を、どう受取ったかわからず、アウェッラーナは不安に駆られた。だが、今更引き返せない。
この村に寄らなくても、ウーガリ古道の破損箇所からは、南下しなければならないのだ。いずれ、旧直轄領の村に行き当たるだろう。
「呪符師や薬師が居なくても、街へ売りに行けば、それなりの値が付きますよ」
ラゾールニクが言うと、緑髪の村人たちは長老と神官を見た。
「薬師なら、間に合っておる」
「あ、いらっしゃるんですね。じゃあ、この魔獣の消し炭、他の素材と交換していただけませんか?」
薬師アウェッラーナは、少なくとも、ドーシチ市のように軟禁状態で大量の魔法薬を作らされないとわかり、ホッとした。
神官が訝る。
「他の素材? 食料品等ではなく……ですか?」
「街へ行った時、交換品にしやすい物の方が助かります」
「冷蔵庫を持ってないんで、ナマモノをいただいても困ります。小麦粉とかも、荷台が狭くてアレなんで」
アウェッラーナが簡単に答えると、ラゾールニクがキャベツ畑に視線を向けて付け足した。
「食糧は、充分あるのだな?」
長老の声は、確認にも独り言にも聞こえた。
DJレーフが、キャベツ畑に散らばる村人を見回して言う。
「今のところ、大丈夫です。もしかして、野菜泥棒が出たんですか?」
「ここには来なかったけど、湖岸や街道に近い村は、かなりやられた」
長老たちを呼びに行った農夫が吐き捨てた。
葬儀屋アゴーニが、緑の目を丸くする。
「ラキュス・ネーニア家の土地でそんな狼藉を?」
「陸の民の連中だ」
「車で逃げられちゃ、追いつけねぇ」
「漁村も、干してた魚を根こそぎやられたらしい」
緑髪の農夫たちが鋭く言葉を吐き出し、DJレーフを睨んだ。
「俺たちは、放送したいだけですよ」
「村でなくともよかろう」
「FMのイベント放送なので、電波伝搬範囲……えっと、電波の届く範囲が狭いんです。村の広場とかで送信しないと、村の各家庭で受信できません」
DJレーフが落ち着いた声で説明すると、長老と神官は、小声で何事か相談を始めた。
……あれっ? 薬師が居るのに芋植花の木は見過ごしてたの?
薬になるのは蕾だ。開花してからでは使えない。
薬師なのは伏せた方がいいと判断し、話がまとまるのを待つ。
村人たちも、不安な面持ちで指導者らを見守った。
長老がFMクレーヴェルのワゴン車に向き直り、重々しく告げる。
「よかろう。但し、食事は出さん」
「ありがとうございます。今日は、今からだと遅くなるので、明日の朝、改めてお伺いします。この道をまっすぐでいいんですよね?」
「うむ。ここをまっすぐだ。他に道はない」
「それでは、明日、よろしくお願いします」
DJレーフはそれ以上、長居せず、そそくさUターンする。
サイドミラーの中で、村人たちのホッとした顔が見送った。
「あれ、どう思う?」
分岐まで戻ったところで、葬儀屋アゴーニがポツリと聞いた。
「別に罠とかはないんじゃないかな?」
「何で?」
DJレーフが即答すると、ラゾールニクが後部座席から身を乗り出した。ハンドルを握るレーフは、前を向いたまま答える。
「騙し打ちにするつもりなら、こっちが警戒しないように友好的な態度で接すると思うから、フツーに野菜泥棒を警戒してるだけじゃないかな」
「ふーん。成程ねぇ……あの薬草、採らなくて正解だったね」
ラゾールニクがアウェッラーナに笑顔を向ける。
「採っていいか、聞きそびれましたけどね」
「クーデター直後は、クレーヴェルの西でも、農家が略奪されてたし、こっち側で同じコトがあっても不思議じゃないよ」
バックミラーの中で、レーフの青い目が翳る。
薬師アウェッラーナは、クルィーロたちが雑貨屋の息子と共に立ち寄った村の話を思い出した。
「元々陸の民と付き合いないし、そんなコトがあったんじゃ、仕方ないよ」
ラゾールニクが大きく息を吐きながら、シートに深く腰を下ろす。
「買出しに行くったって、ここからじゃ、ホールマが多いだろうからな」
ホールマ市は、魔哮砲戦争の開戦前までは、湖の民だけが暮らす街だった。
現在は、多数の仮設住宅が建ち、陸の民が増えたものの、村人の用事が野菜の卸や、日用品の買出しだけなら、接点はほぼないだろう。
「聞くっつってんだ。情報交換くらいはできンだろうよ」
葬儀屋アゴーニが、何とかなる、と軽く請負って笑った。
☆FMクレーヴェルと国営放送の職員有志が、本局が放送しないキメ細かなローカルニュースとかを放送……「849.八方塞の地方」参照
☆ドーシチ市のように軟禁状態で大量の魔法薬を作らされ……「0230.組合長の屋敷」~「232.過剰なノルマ」、「245.膨大な作業量」「262.薄紅の花の下」「266.初めての授業」参照
☆FMのイベント放送なので、電波伝搬範囲……えっと、電波の届く範囲が狭い……「781.電波伝搬範囲」参照
☆あの薬草……「1529.私有地を通る」参照
☆クーデター直後は、クレーヴェルの西でも、農家が略奪……「661.伝えたいこと」参照
☆クルィーロたちが雑貨屋の息子と共に立ち寄った村の話……「741.双方の警戒心」参照




