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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1572/3519

1531.野菜畑の問答

 ラゾールニクが、布袋を手に車窓から身を乗り出す。中身はビニール袋で包んだ魔獣の消し炭だ。風が若葉の萌える梢を揺らし、彼の金髪をそよがせた。


 袋の口を開け、怪訝な顔の村人に見せながら言う。

 「行商の交換品、布の袋や蔓草(つるくさ)細工の籠、乾電池、それに今なら、魔獣の消し炭もありますよ」

 先程の農夫が長老と視線を交わし、ワゴン車の後部座席に近付く。

 「FMクレーヴェル? さっき、全然別のを名乗ったよな?」

 農夫が、車体の文字とロゴマークに気付いて、足を止めた。車の前に立ち塞がる神官の顔が、やや険しくなる。


 「FMクレーヴェルと国営放送の職員有志が、本局が放送しないキメ細かなローカルニュースとかを放送しています。帯域は、FMクレーヴェルの催し物用の臨時放送局と同じですよ」

 金髪のDJレーフが、いつもの調子で説明する。

 神官が長老の隣に来て、僅かに顎を引いたが、農夫の顔からは警戒の色が消えなかった。

 キャベツ畑から見守る緑髪の村人たちも、あまり友好的な雰囲気ではない。


 モンシロチョウが風に煽られ、高く舞い上がった。


 「ウチの村には、呪符師が居らん」

 「えっと、薬師(くすし)さんはいかがですか?」

 魔獣の消し炭は、腸に作用する劇薬指定の消炎剤の素材にもなる。

 アウェッラーナが声を掛けると、農夫は目を丸くした。

 「湖の民も居たのか」

 「俺も、さっきからずっと居るんですがね」

 葬儀屋アゴーニが助手席で苦笑する。

 同族の存在に気付いた村人たちが、やっと警戒を緩めた。


 ……移動放送局の存在は知ってても、中の人までは知らないってコト?


 誰から、どんな情報を、どう受取ったかわからず、アウェッラーナは不安に駆られた。だが、今更引き返せない。

 この村に寄らなくても、ウーガリ古道の破損箇所からは、南下しなければならないのだ。いずれ、旧直轄領の村に行き当たるだろう。


 「呪符師や薬師(くすし)が居なくても、街へ売りに行けば、それなりの値が付きますよ」

 ラゾールニクが言うと、緑髪の村人たちは長老と神官を見た。

 「薬師なら、間に合っておる」

 「あ、いらっしゃるんですね。じゃあ、この魔獣の消し炭、他の素材と交換していただけませんか?」

 薬師アウェッラーナは、少なくとも、ドーシチ市のように軟禁状態で大量の魔法薬を作らされないとわかり、ホッとした。


 神官が(いぶか)る。

 「他の素材? 食料品等ではなく……ですか?」

 「街へ行った時、交換品にしやすい物の方が助かります」

 「冷蔵庫を持ってないんで、ナマモノをいただいても困ります。小麦粉とかも、荷台が狭くてアレなんで」

 アウェッラーナが簡単に答えると、ラゾールニクがキャベツ畑に視線を向けて付け足した。

 「食糧は、充分あるのだな?」

 長老の声は、確認にも独り言にも聞こえた。

 DJレーフが、キャベツ畑に散らばる村人を見回して言う。

 「今のところ、大丈夫です。もしかして、野菜泥棒が出たんですか?」

 「ここには来なかったけど、湖岸や街道に近い村は、かなりやられた」

 長老たちを呼びに行った農夫が吐き捨てた。


 葬儀屋アゴーニが、緑の目を丸くする。

 「ラキュス・ネーニア家の土地でそんな狼藉を?」

 「陸の民の連中だ」

 「車で逃げられちゃ、追いつけねぇ」

 「漁村も、干してた魚を根こそぎやられたらしい」

 緑髪の農夫たちが鋭く言葉を吐き出し、DJレーフを睨んだ。

 「俺たちは、放送したいだけですよ」

 「村でなくともよかろう」

 「FMのイベント放送なので、電波伝搬範囲……えっと、電波の届く範囲が狭いんです。村の広場とかで送信しないと、村の各家庭で受信できません」

 DJレーフが落ち着いた声で説明すると、長老と神官は、小声で何事か相談を始めた。


 ……あれっ? 薬師(くすし)が居るのに芋植花の木は見過ごしてたの?


 薬になるのは(つぼみ)だ。開花してからでは使えない。

 薬師なのは伏せた方がいいと判断し、話がまとまるのを待つ。

 村人たちも、不安な面持ちで指導者らを見守った。



 長老がFMクレーヴェルのワゴン車に向き直り、重々しく告げる。

 「よかろう。但し、食事は出さん」

 「ありがとうございます。今日は、今からだと遅くなるので、明日の朝、改めてお伺いします。この道をまっすぐでいいんですよね?」

 「うむ。ここをまっすぐだ。他に道はない」

 「それでは、明日、よろしくお願いします」

 DJレーフはそれ以上、長居せず、そそくさUターンする。

 サイドミラーの中で、村人たちのホッとした顔が見送った。



 「あれ、どう思う?」

 分岐まで戻ったところで、葬儀屋アゴーニがポツリと聞いた。

 「別に罠とかはないんじゃないかな?」

 「何で?」

 DJレーフが即答すると、ラゾールニクが後部座席から身を乗り出した。ハンドルを握るレーフは、前を向いたまま答える。

 「騙し打ちにするつもりなら、こっちが警戒しないように友好的な態度で接すると思うから、フツーに野菜泥棒を警戒してるだけじゃないかな」

 「ふーん。成程ねぇ……あの薬草、採らなくて正解だったね」

 ラゾールニクがアウェッラーナに笑顔を向ける。

 「採っていいか、聞きそびれましたけどね」


 「クーデター直後は、クレーヴェルの西でも、農家が略奪されてたし、こっち側で同じコトがあっても不思議じゃないよ」

 バックミラーの中で、レーフの青い目が(かげ)る。

 薬師(くすし)アウェッラーナは、クルィーロたちが雑貨屋の息子と共に立ち寄った村の話を思い出した。


 「元々陸の民と付き合いないし、そんなコトがあったんじゃ、仕方ないよ」

 ラゾールニクが大きく息を吐きながら、シートに深く腰を下ろす。

 「買出しに行くったって、ここからじゃ、ホールマが多いだろうからな」


 ホールマ市は、魔哮砲戦争の開戦前までは、湖の民だけが暮らす街だった。

 現在は、多数の仮設住宅が建ち、陸の民が増えたものの、村人の用事が野菜の(おろし)や、日用品の買出しだけなら、接点はほぼないだろう。


 「聞くっつってんだ。情報交換くらいはできンだろうよ」

 葬儀屋アゴーニが、何とかなる、と軽く請負って笑った。

☆FMクレーヴェルと国営放送の職員有志が、本局が放送しないキメ細かなローカルニュースとかを放送……「849.八方塞の地方」参照

☆ドーシチ市のように軟禁状態で大量の魔法薬を作らされ……「0230.組合長の屋敷」~「232.過剰なノルマ」、「245.膨大な作業量」「262.薄紅の花の下」「266.初めての授業」参照

☆FMのイベント放送なので、電波伝搬範囲……えっと、電波の届く範囲が狭い……「781.電波伝搬範囲」参照

☆あの薬草……「1529.私有地を通る」参照

☆クーデター直後は、クレーヴェルの西でも、農家が略奪……「661.伝えたいこと」参照

☆クルィーロたちが雑貨屋の息子と共に立ち寄った村の話……「741.双方の警戒心」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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