1530.旧直轄領の村
運転手のメドヴェージ、アナウンサーのジョールチ、DJレーフを交え、改めて話し合う。
「燃料はたっぷりある。俺ぁどっちでもいいぞ」
「私も、ラゾールニクさんの意見に賛成です」
DJレーフは、反対しなかった。
「さっき作った魔獣の消し炭持ってって、あの薬草掘らしてくんねぇか、交渉すんのもアリかもな」
葬儀屋アゴーニが、薬師アウェッラーナを見る。
「そうですね。ここにトラックを置いて、先に村を探しに行くのって、どうですか?」
「ムスカヴィートみてぇに道が狭かったら困るもんな」
少年兵モーフが、何もかもわかったような顔で、アウェッラーナに同意する。
ネモラリス島の道路地図にも、地図帳にも、ホールマ市から西のマチャジーナ市まで、広大な範囲の詳細がなかった。
ウーガリ古道に点在する休憩所が目印になりそうだが、内乱時代に破壊されたままなら、アテにならない。
「行ってみなくちゃわかんないし、いつも通り、俺が運転するよ」
「お願いします」
DJレーフが小さく手を挙げると、ジョールチは表情を改めて頭を下げた。
「素材の交渉、私が行きます」
「村に寄ろうっつったの俺だし、ついてくよ」
「交渉の言いだしっぺは俺だ。俺も行くぞ」
薬師アウェッラーナが手を挙げると、ラゾールニクと葬儀屋アゴーニも続いた。
兄のアビエースは、心配そうな顔でアウェッラーナを見たが、何も言わない。
「この辺の村は、湖の民しか住んでないらしいから、陸の民だけで行くのはどうかなって……でも、こっちも湖の民が一人は居た方が安心だし」
「うん。まぁ、気を付けてくれよ」
兄も勿論、そのつもりで何も言わなかったのだろうが、アウェッラーナは自分を納得させる為に確認した。
交換品として、乾電池と蔓草細工、普通の手提げ袋と魔獣の消し炭をFMクレーヴェルのワゴン車に積む。
「一時間以内にみつからなかったら、一旦、戻るよ」
「ご安全にー」
四人を乗せたワゴン車は、工員クルィーロに手を振られて出発した。
助手席には、葬儀屋アゴーニが座る。
アウェッラーナは薬師の証【思考する梟】学派の徽章を襟の中に隠し、ラゾールニクと後部座席に収まった。
西の古道は休憩所同様、周囲の木々が枝打ちしてある。だが、敷石の隙間から草が生え、利用頻度は高くないようだ。
「街へ生野菜を売りに行く時くらいしか、使わないのかな?」
「そんな感じですね」
落葉樹は、若葉が出たばかりで日が降り注ぎ、森の中は明るかった。雑妖や魔物は視えないが、補色蜥蜴のような小型の魔獣が居るかもしれない。
アウェッラーナは気を引き締めて、車窓を流れる景色を観察した。
十五分程で、南へ折れる枝道に行き当たった。
二車線分の幅がある。
ほぼ土の道だが、両脇と中央は【魔除け】の敷石で守られ、所々に【魔除け】らしき石碑も建つ。アスファルトこそないものの、防護はゼルノー市付近の国道と同じくらいだ。
タイヤの跡を残し、丈の短い草が覆う。
道はキレイだが、DJレーフは、時速三十キロ程度で慎重に走らせる。
分岐から十分ばかり行くと、急に視界が開けた。
「畑……」
キャベツ畑で作業する人が、ワゴン車に気付いて動きを止めた。
湖の民の男性が五人。一人がキャベツ一玉と収穫用の小刀を手に近付く。後の四人は、畑の中で立ち上がって注視する。
「こんにちはー。俺たち、移動放送局の者なんですけど、そちらの村で放送させていただいてもいいですか?」
DJレーフが運転席の窓を半分開け、明るい声で言った。
村の男性が、手の届かない距離で立ち止まる。
「移動放送局? 何を放送するんだ?」
「国内ニュースと国際ニュース、ホールマ市の最近一週間くらいの物価情報と、軍歌じゃない歌です」
「受信料が掛かるんだろ?」
「行商もしてるんで、何か物々交換していただけたら……」
「ちょっと相談して来る」
男性は【跳躍】を唱えて姿を消した。
残りの四人は、ワゴン車を遠巻きにして、無言で見詰める。
レーフは彼らに話し掛けず、静かに待った。
十分程で、ワゴン車の前に三人の男性が現れた。
一人は先程の農夫、一人は長老らしき老人、もう一人は若い神官だ。純白の衣に青い糸で、ひとつの花の御紋が刺繍してある。
「こんな所に移動放送局とは珍しい。局名は何と?」
老人が一歩前に出て聞く。
DJレーフは窓を全開にして堂々と答えた。
「移動放送局プラエテルミッサです」
「トラックはどうされました?」
若い神官が、当たり前のように聞く。
……私たちが何者か、知ってるの?
「こっちの道、Uターンできるかわかんないんで、古道で待ってますよ」
「左様か。道はずっとこの幅だ」
老人が、杖で幅員を示す。
「あなた方のことは、将軍様からお伺いしております」
神官が表情の読めない声で言う。
……将軍って、どっち?
政府軍のアル・ジャディ将軍も、ネミュス解放軍のウヌク・エルハイア将軍も、ラキュス・ネーニア家の有力者だ。旧直轄領の村を訪れても、不思議はない。
ウヌク・エルハイア将軍は、DJレーフと面識があって友好的だが、アル・ジャディ将軍は、秦皮の枝党のクリペウス政権に与する。
アウェッラーナは、秦皮の枝党に紛れ込んだ隠れキルクルス教徒の国会議員から妨害工作を受けた件を思い出して、身震いした。
ジョールチは総合的に判断して、逓信省リャビーナ管理局では、放送の許諾申請を出さなかった。ホールマ市以西は、クレーヴェル管理局管内で、首都まで行かなければ申請できない。
アル・ジャディ将軍の息が掛かった村なら、警察か、軍の治安部隊に突き出されるかもしれない。
「俺たちもエラく有名ンなったモンだなぁ」
葬儀屋アゴーニが、助手席で感心してみせる。
流石の彼も、どちらの将軍か聞けないようだ。
「薬草の件、聞いてみたら?」
「えっ? 今……ですか?」
ラゾールニクに小声で言われ、アウェッラーナは肝を潰した。
「大丈夫、だいじょーぶ」
ラゾールニクは止める間もなく、後部座席の窓を開けた。




