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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1570/3513

1529.私有地を通る

 移動放送局プラエテルミッサのトラックとワゴン車は、ホールマ市を出て、再びウーガリ古道に入った。

 架空会社の車体シールを剥がし、本来の姿で石畳の旧道を走る。


 ホールマ市より西は、ラキュス・ネーニア家の私有地だ。

 流石に隠れキルクルス教徒は居ないだろう。



 「内乱中、元の道が壊されて、修繕する代わりに新しい道を通したとか言ってたけどよ」

 古い方の道を知る葬儀屋アゴーニが、ネモラリス島の道路地図を前に難しい顔をする。


 記載があるのは、ウーガリ古道、湖岸沿いの国道、国道に接続する湖岸沿いの私道だけだ。

 ネモラリス島の西岸や北岸は、小さな農村や漁村も点で表記されるが、ホールマ市からマチャジーナ市までは、それすらない。


 見ても仕方がないから、地図帳が運転席ではなく、荷台にあるのだ。


 「私有地だから、表記できないのかもしれませんよ」

 「クレーヴェルからリャビーナまで、車で避難した人が居ますから、道は繋がっているハズです」

 横から覗いた兄アビエースとパドールリクが言う。

 ラゾールニクが、荷台のみんなを見回した。

 「このまましばらく古道を行って、枝道があったら、その先は村に続いてると思うんだ」

 「まぁ、そうでしょうね」

 「ワゴンで様子見に行って、イケそうだったら放送しない?」

 「レーフさんは、村に近付かない方がいいみたいなコト言ってましたけど?」

 軽いノリで言われ、薬師(くすし)アウェッラーナは漠然とした不安を感じた。


 だが、どうするか決めないで分かれ道に出れば、メドヴェージも困るだろう。


 「平気へーき。今までだって大丈夫だったじゃないか。それに、レーフさんはウヌク・エルハイア将軍に気に入られてんだろ?」

 そう言われると、大丈夫な気がして来たが、肝心のDJレーフはワゴン車を運転して、トラックの荷台には居ない。


 「次の休憩所で、ジョールチさんたちとも相談しよう」

 ソルニャーク隊長が、賛成した風な顔で言い、隣で少年兵モーフがこくこく頷いた。



 かつて、馬車を()く馬を休ませた広場は、石畳の隙間から草が生い茂り、長らく利用者がないのが窺えた。

 アマナとエランティスが早速、香草茶になる草をみつけて摘み始める。

 山裾に近い森の中で、この広場は随分、日当たりがいい。


 薬師(くすし)アウェッラーナが見回すと、周囲の木々は枝打ちしてあった。

 切り口付近から細い枝が伸びるが、休憩所の広場までは届かない。


 ……近所の村の人が手入れしてるってコトよね?


 紫色の小さな花が、休憩所の広場を縁取る。

 近付いて見ると、細い花柄(かへい)が伸び、周囲に小さな葉が広がる。落ち枝で軽く土を(ほぐ)すと、すぐ太い地下茎に当たった。

 よく見ると、(スミレ)に似たこの花は、花弁が三枚。菫は五枚なので、間違いない。


 ……雨降草(あめふりそう)


 ホールマ市で買った【思考する(フクロウ)】学派の魔道書で、動脈硬化の内服薬と、腫れ物の塗り薬の記述を読んだばかりだ。

 雨降草(あめふりそう)の群落は、森の奥へ向かって三メートルばかり続く。大きな白い花弁が、その上に散らばる。視線を上に辿ると、芋植花の大木があった。花は粗方(あらかた)散った後だが、まだ少し(つぼみ)が残る。明日には全て咲くだろう。

 開花直前の芋植花の蕾は、鼻炎や蓄膿の内服薬の材料になる。他の素材と組み合わせれば、去痰剤や鎮痛剤にもなり、風邪薬として重宝する。


 目を凝らしてよく見たが、魔物や雑妖は居ないようだ。


 念の為、声を掛ける。

 「すぐそこにお薬の素材があるんで、ちょっと採りに」

 「俺が行くよ。どれ?」

 皆まで言わせず、ラゾールニクが駆け寄った。いつの間に調達したのか、登山ナイフを抜きながら言う。

 「何が居るかわかんないからね」

 「えっと……じゃあ、お願いします。足下の紫のお花の地下茎と、奥の大木の白い(つぼみ)です」

 「蕾だけ?」

 「はい。実とか、他の部分はお薬になりません」

 「じゃ、プロの薬師(くすし)さんは、地下茎採って待っててくれ」

 「お願いします」


 ラゾールニクは、雨降草(あめふりそう)の群落を避けて遠回りする。作業しろと言われたが、気になってそれどころではなく、薬師(くすし)アウェッラーナは、木立の間で見え隠れする姿を視線で追った。


 太い木の向うを通って、芋植花の大木の下へ出る。右手のナイフに大きな蜥蜴(トカゲ)が刺さり、血を滴らせる。

 アウェッラーナが息を詰めて見守る中、ラゾールニクは左手を伸ばして蕾を三つ採り、何事もなかったかのように軽快な足取りで戻った。



 「アゴーニさん、これ、消し炭にしてもらえる?」

 「あッ! コイツ、ローク兄ちゃんを襲ったヤツだ!」

 少年兵モーフが指差すと、みんなの視線が黄色と紫の派手な蜥蜴に集まった。

 「何これ?」

 「魔獣なの?」

 「スゴい色……」

 近寄らずに恐々見た女の子たちが呟く。

 「補色蜥蜴(ほしょくとかげ)だ。毒があるから、触っちゃダメだよ」

 胴だけでも、ラゾールニクの手首から肘までと同じくらいの大きさだ。女の子たちが更に退がった。


 葬儀屋アゴーニが、滴った血を【操水】で集める。

 ラゾールニクが、アウェッラーナに(つぼみ)を渡し、落ち枝を使ってナイフから死骸を抜き取った。【操水】が登山ナイフの刃を洗い、魔獣の死骸の上に血を吐き出す。


 「お、ありがとよ」

 アゴーニは、レノ店長から毛糸を受取り、魔獣を囲んで結んだ。

 「日輪(にちりん)の小さき欠片(かけら) 舞い降りよ 輪の内に 灯熱(あかりほとぼり) 火よ()きよ」

 魔法の炎が、毒々しい色の魔獣を黒い炭に変える。


 「あ、あの、ありがとうございました」

 「いいよいいよ。何か、儲かったよね」

 アウェッラーナは恐縮したが、ラゾールニクは屈託のない笑顔で応えた。

 「あの根っこも掘るんだろ?」

 「やっぱり、やめておきます」

 「何で?」

 「繁殖力が弱い植物なのにこんな大きな群落……多分、近くの村の人が植えて、殖やしてるんじゃないかなって思うんです」

 「えっ? 何で?」


 アウェッラーナは、手近な木を指差した。

 「周りの木を枝打ちして、日当たりを調節してるみたいです」

 「あ、ホントだ。よく見てるなぁ」

 ラゾールニクが感心し、みんなも周囲を見回した。

☆架空会社の車体シール……「1497.ホールマ商圏」参照

☆ホールマ市より西は、ラキュス・ネーニア家の私有地……「1472.別行動の報告」参照

☆ホールマ市で買った【思考する(フクロウ)】学派の魔道書……「1507.魔道書の本屋」参照

☆ローク兄ちゃんを襲ったヤツ……「407.森の歩行訓練」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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