1529.私有地を通る
移動放送局プラエテルミッサのトラックとワゴン車は、ホールマ市を出て、再びウーガリ古道に入った。
架空会社の車体シールを剥がし、本来の姿で石畳の旧道を走る。
ホールマ市より西は、ラキュス・ネーニア家の私有地だ。
流石に隠れキルクルス教徒は居ないだろう。
「内乱中、元の道が壊されて、修繕する代わりに新しい道を通したとか言ってたけどよ」
古い方の道を知る葬儀屋アゴーニが、ネモラリス島の道路地図を前に難しい顔をする。
記載があるのは、ウーガリ古道、湖岸沿いの国道、国道に接続する湖岸沿いの私道だけだ。
ネモラリス島の西岸や北岸は、小さな農村や漁村も点で表記されるが、ホールマ市からマチャジーナ市までは、それすらない。
見ても仕方がないから、地図帳が運転席ではなく、荷台にあるのだ。
「私有地だから、表記できないのかもしれませんよ」
「クレーヴェルからリャビーナまで、車で避難した人が居ますから、道は繋がっているハズです」
横から覗いた兄アビエースとパドールリクが言う。
ラゾールニクが、荷台のみんなを見回した。
「このまましばらく古道を行って、枝道があったら、その先は村に続いてると思うんだ」
「まぁ、そうでしょうね」
「ワゴンで様子見に行って、イケそうだったら放送しない?」
「レーフさんは、村に近付かない方がいいみたいなコト言ってましたけど?」
軽いノリで言われ、薬師アウェッラーナは漠然とした不安を感じた。
だが、どうするか決めないで分かれ道に出れば、メドヴェージも困るだろう。
「平気へーき。今までだって大丈夫だったじゃないか。それに、レーフさんはウヌク・エルハイア将軍に気に入られてんだろ?」
そう言われると、大丈夫な気がして来たが、肝心のDJレーフはワゴン車を運転して、トラックの荷台には居ない。
「次の休憩所で、ジョールチさんたちとも相談しよう」
ソルニャーク隊長が、賛成した風な顔で言い、隣で少年兵モーフがこくこく頷いた。
かつて、馬車を牽く馬を休ませた広場は、石畳の隙間から草が生い茂り、長らく利用者がないのが窺えた。
アマナとエランティスが早速、香草茶になる草をみつけて摘み始める。
山裾に近い森の中で、この広場は随分、日当たりがいい。
薬師アウェッラーナが見回すと、周囲の木々は枝打ちしてあった。
切り口付近から細い枝が伸びるが、休憩所の広場までは届かない。
……近所の村の人が手入れしてるってコトよね?
紫色の小さな花が、休憩所の広場を縁取る。
近付いて見ると、細い花柄が伸び、周囲に小さな葉が広がる。落ち枝で軽く土を解すと、すぐ太い地下茎に当たった。
よく見ると、菫に似たこの花は、花弁が三枚。菫は五枚なので、間違いない。
……雨降草。
ホールマ市で買った【思考する梟】学派の魔道書で、動脈硬化の内服薬と、腫れ物の塗り薬の記述を読んだばかりだ。
雨降草の群落は、森の奥へ向かって三メートルばかり続く。大きな白い花弁が、その上に散らばる。視線を上に辿ると、芋植花の大木があった。花は粗方散った後だが、まだ少し蕾が残る。明日には全て咲くだろう。
開花直前の芋植花の蕾は、鼻炎や蓄膿の内服薬の材料になる。他の素材と組み合わせれば、去痰剤や鎮痛剤にもなり、風邪薬として重宝する。
目を凝らしてよく見たが、魔物や雑妖は居ないようだ。
念の為、声を掛ける。
「すぐそこにお薬の素材があるんで、ちょっと採りに」
「俺が行くよ。どれ?」
皆まで言わせず、ラゾールニクが駆け寄った。いつの間に調達したのか、登山ナイフを抜きながら言う。
「何が居るかわかんないからね」
「えっと……じゃあ、お願いします。足下の紫のお花の地下茎と、奥の大木の白い蕾です」
「蕾だけ?」
「はい。実とか、他の部分はお薬になりません」
「じゃ、プロの薬師さんは、地下茎採って待っててくれ」
「お願いします」
ラゾールニクは、雨降草の群落を避けて遠回りする。作業しろと言われたが、気になってそれどころではなく、薬師アウェッラーナは、木立の間で見え隠れする姿を視線で追った。
太い木の向うを通って、芋植花の大木の下へ出る。右手のナイフに大きな蜥蜴が刺さり、血を滴らせる。
アウェッラーナが息を詰めて見守る中、ラゾールニクは左手を伸ばして蕾を三つ採り、何事もなかったかのように軽快な足取りで戻った。
「アゴーニさん、これ、消し炭にしてもらえる?」
「あッ! コイツ、ローク兄ちゃんを襲ったヤツだ!」
少年兵モーフが指差すと、みんなの視線が黄色と紫の派手な蜥蜴に集まった。
「何これ?」
「魔獣なの?」
「スゴい色……」
近寄らずに恐々見た女の子たちが呟く。
「補色蜥蜴だ。毒があるから、触っちゃダメだよ」
胴だけでも、ラゾールニクの手首から肘までと同じくらいの大きさだ。女の子たちが更に退がった。
葬儀屋アゴーニが、滴った血を【操水】で集める。
ラゾールニクが、アウェッラーナに蕾を渡し、落ち枝を使ってナイフから死骸を抜き取った。【操水】が登山ナイフの刃を洗い、魔獣の死骸の上に血を吐き出す。
「お、ありがとよ」
アゴーニは、レノ店長から毛糸を受取り、魔獣を囲んで結んだ。
「日輪の小さき欠片 舞い降りよ 輪の内に 灯熱 火よ熾きよ」
魔法の炎が、毒々しい色の魔獣を黒い炭に変える。
「あ、あの、ありがとうございました」
「いいよいいよ。何か、儲かったよね」
アウェッラーナは恐縮したが、ラゾールニクは屈託のない笑顔で応えた。
「あの根っこも掘るんだろ?」
「やっぱり、やめておきます」
「何で?」
「繁殖力が弱い植物なのにこんな大きな群落……多分、近くの村の人が植えて、殖やしてるんじゃないかなって思うんです」
「えっ? 何で?」
アウェッラーナは、手近な木を指差した。
「周りの木を枝打ちして、日当たりを調節してるみたいです」
「あ、ホントだ。よく見てるなぁ」
ラゾールニクが感心し、みんなも周囲を見回した。




