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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1526.提訴の意味は

 運び屋フィアールカが、冷めた紅茶をゆっくり口に含む。

 ロークはティーポットの茶葉を捨て、香草茶を一杯だけ淹れて、運び屋と素材屋の間の空席に置いた。


 「ラクリマリス王国が、アーテル共和国を国際司法裁判所に訴えれば、湖南語だけじゃなくて、共通語の報道機関も記事を書くし、少なくとも、世界中の国際法学者や、国際政治学者が注目するわ」

 「アーテルに(くみ)する国は、報道しないかもしれませんよね?」

 ロークが指摘すると、運び屋フィアールカと呪符屋のゲンティウス店長は、同時に頷いた。


 「でもね、どこか一社でも、共通語で報道すれば、規制のない国には広まるわ」

 「広めるんですね?」

 「まぁね」

 緑髪の運び屋は、唇に不敵な笑みを含ませて言った。

 「明確な国際法違反として提訴すれば、アーテルが中立を守る国を巻き込んで非人道的な侵害を行ったのが、国際社会に知れ渡るわ」

 「国連抜けて、裁判もバックレたら、信用ガタ落ちだよな」

 素材屋プートニクが「上手くゆけばな」と、付け足して苦笑する。


 「アーテルの現政権が星の(しるべ)と繋がってるコトや、アーテル領内では、星の標が堂々と活動して、ネモラリス領内で爆弾テロをした件や、リストヴァー自治区でネミュス解放軍と武力衝突した件とかも、一緒に広まったら、多国籍企業はアーテル共和国への進出計画を見直す可能性があるわ」


 「外国企業の進出で雇用創出して、景気対策ってのを潰して、兵糧攻めにするんだな?」

 プートニクは冷めた紅茶を一気飲みし、ニヤけた口許を手の甲で拭った。


 「明確な国際法違反をしておきながら、お(とが)めなしなんてあるワケないでしょ」

 「アーテルが賠償に応じなくて、常任理事国も動かなかったら、あっちも批難されますよね」

 フィアールカに言われ、ロークは頷いた。

 ラクリマリス人のプートニクは、渋い顔で空の茶器を弄ぶ。

 「あいつら強国ばっかだから、辺境の弱小国家に何言われようと、痛くも痒くもねぇだろうけどよ」


 「その弱小国家は、アーテルの周りにたくさんあるのよ」

 フィアールカの冷たい声で、四人の目が集まった。


 「周辺国が、アーテルに対する国家承認を取り消すかもしれないわ」

 「ンなコトできんのかよ?」

 プートニクがカウンターに茶器を置いて、身体ごとフィアールカに向き直る。

 「湖南地方の国は、アーテルとラニスタを除いて、みんな魔法文明国だから、外交使節を派遣してなくて、正式には国交を樹立してないの」

 「何だそりゃ?」

 ゲンティウス店長が面食らう。


 魔哮砲戦争の開戦前までは、スクートゥム王国の行商人が、アーテル領ランテルナ島に出入りした。現在も、アミトスチグマ王国をはじめとする湖南地方各国の農産物や、工業用の原料などが、アーテル本土に輸入され、また、アーテルからも輸出がある。


 「湖南地方で、アーテルに大使館を置いてるのは、ラニスタ共和国だけなの」

 「でも、商売はしてるよな?」

 プートニクが自信なさそうに聞く。

 「民間企業が、湖東地方の第三国を通じて勝手にやってるだけよ」

 「えぇッ?」

 「国家としては、アーテルに国際法上の国家承認を与えてないけど、否定する声明も出していない……何となく黙認してる状態なの」

 「ええッ? ……あ、あぁ……あー……うん」

 「何故、そんなコトになるのですか?」

 呪符屋と素材屋は一瞬、驚いたものの、納得したが、スキーヌムはカウンターから身を乗り出して、緑髪の運び屋に食いついた。


 「そんなの、ラキュス・ネーニア家と、ラクリマリス王家に楯突いたアーテルに『キルクルス教を国教にして独立します』っつわれて、フラクシヌス教の国が『ハイそうですか』って、認められるワケねぇだろ」

 呪符屋のゲンティウス店長が、元神学生の店番に呆れた顔を向ける。

 「でも、三十年も黙認して、貿易を続けたのに、今頃になってそんな……」

 「そりゃ、おめぇ、ラクリマリス王家が、『コイツら、こんな酷ぇコトしやがったんだ』って出るとこ出ンのに、アーテルと商売続けたら、王家の不興を買うだろうがよ」

 プートニクにも呆れられ、スキーヌムは(うつむ)いた。


 「それに、ラクリマリス政府は、内乱の和平直後にアーテルの独立を承認して、正式に国交を樹立して、南北のヴィエートフィ大橋を再建させたわ。それなのに、アーテル側がたった十年で、一方的に断交を宣言した件もあるし」

 「ラクリマリスが正式に国家承認したのに、何故、周辺国は中途半端な……」

 スキーヌムは、恐る恐る質問を続けたが、語尾が震えて消えた。


 「ネモラリス政府は、アーテルを承認してないの」

 「ラクリマリス王国は、承認しましたよね?」

 スキーヌムが、何故、ネモラリスの話をするのかと(いぶか)る。

 「湖南地方には湖の民が多いんだから、ラキュス・ネーニア家の怒りを買うような真似、したくないでしょうよ」

 緑髪の運び屋に言われ、スキーヌムはますます小さくなった。


 素材屋プートニクが手を伸ばし、空席に置かれた香草茶を取った。

 「でもよ、もし、アーテルが馬鹿正直に出廷して、非を認めたとして、賠償金、払えると思うか?」



 呪符屋の店内が、沈黙で満たされた。



 「……まあ、ムリでしょうね」

 「何故、そう思うのですか?」

 フィアールカが答えを口にすると、スキーヌムがすかさず問いを発した。

 「彼が調べてくれたんだけど、自国の貧困層に学習支援もできないくらい、財政が切羽詰まってるのよ」


 運び屋に視線で促され、ロークは簡単に説明した。

 「まだ、調査の途中ですけど、アーテル本土は、魔獣の出現で休校措置が取られました。でも、湖底ケーブルの破断で、インターネットが使えません」

 スキーヌムが、上目遣いにロークを見る。

 「個別に家庭訪問するのは、先生が危ないですし、一日で全員に教えて回るなんて不可能で、学校側からは、学習支援ができません」

 「まあ、そらそうだろうな」

 プートニクが茶器を差し出し、ゲンティウス店長が香草茶をスキーヌムの前に置いた。


 「富裕層は、学習塾に車で送迎したり、住み込みの家庭教師とか雇えますけど、貧困層はどちらもムリです」

 「塾へ行くおカネがない方々には、教会で学習支援ボランティアが……」

 説明するスキーヌムの声が震える。

 ロークはぴしゃりと言った。

 「それは次回、実施状況を調べる予定です」


 「あの……ロークさんは、戦争を終わらせる為に活動するのですよね?」

 「そうだけど?」

 何を言い出すのかとスキーヌムを見る。

 眼鏡の奥で、淡い色の瞳が揺れた。

 「魔獣が出て危険なのに、わざわざそんなコトを調べに行くのですか?」

 「君には関係ないコトです」

 「減るモンじゃあんめぇし、ワケくらい教えてやりゃいいじゃねぇか」

 ロークは、いつものことだと突き放したが、素材屋プートニクが苦笑して割り込んだ。

☆アーテルの現政権が星の(しるべ)と繋がってるコト……「0957.緊急ニュース」参照

☆アーテル領内では、星の(しるべ)が堂々と活動……「0953.怪しい黒い影」「0954.献花台の言葉」「0967.市役所の地下」「0968.黒い都市伝説」参照

☆ネモラリス領内で爆弾テロをした件……「1085.書庫での会議」参照

☆リストヴァー自治区でネミュス解放軍と武力衝突した件……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」参照

☆外国企業の進出で雇用創出して、景気対策……「1022.選挙への影響」参照

☆でも、商売はしてる……「285.諜報員の負傷」参照

☆南北のヴィエートフィ大橋を再建……「0103.連合軍の侵略」「299.道を塞ぐ魔獣」参照

☆アーテル側がたった十年で、一方的に断交を宣言……「0161.議員と外交官」「0164.世間の空気感」「299.道を塞ぐ魔獣」「395.魔獣側の事情」「1145.難民ニュース」参照

☆湖底ケーブルの破断で、インターネットが使えません……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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