0156.復興の青写真
「まぁ何せ、復興と言っても、無秩序では困ります」
「その通り。半世紀の内乱からの復興事業では痛い程、思い知らされましたな」
酒屋の店主が言うと、年配の区長が頷いて一同を見回した。
ここはリストヴァー自治区西部の農村地帯。区長の自宅だ。
自治区の主立った面々が集まり、広い円卓には仕立屋のクフシーンカも着いた。
「また、無秩序にバラックを建てられのたでは堪りません。今度こそ知の灯の許できちんと都市計画を立てねば」
区長は大きな地図を卓上に広げた。
地図は、区画整理事業の青写真だ。
「アーテルとラニスタは、我々信徒を救う為に戦ってくれています。既に周辺のゼルノー市やクルブニーカ市は無人の野となり、ネモラリス政府はこの地を放棄しました」
「そんな簡単に手に入りますかしら?」
クフシーンカが疑問を口にすると、出席者の視線が仕立屋の老婆に集まった。
彼らの目を見詰め返し、クフシーンカは続ける。
「今は単に市民を守る為、北部に避難させただけで、正式な決定が発表されるまでは……」
「確かに、整備が終わる頃に横取りされては堪りません。そこはひとつ、弟さんにお願いしてもらえませんか?」
中年の区議が、クフシーンカに皆まで言わせず、媚た口調で遮った。
青写真には、現在のリストヴァー自治区だけでなく、ゼルノー市など近隣都市も含まれる。
……そんなつもりで言ったのではないのだけれど……まぁ、いいわ。
クフシーンカは、区議の要望をやんわり躱し、当面の課題を口にした。
「長期計画はともかく、まずは食糧の調達をしませんことには、春までに餓死者が出ますわよ」
「そうか? 貧民街が八割方キレイになったんだぞ?」
「春野菜の収穫まで大丈夫ですって」
「この辺りの畑は無事で、備蓄もまだ充分あるんだ」
「春どころか、小麦の収穫まで持ち堪えられるってもんですよ」
農家の代表者たちは、クフシーンカの懸念を鼻で笑った。
酒屋の主人をはじめ、工場主たちは口を挟まず、成り行きを見守る。
クフシーンカは十五人を見回して片眉を上げた。
「空襲で通信が途絶し、私には弟との連絡手段がありません。それに、一時的とは言え、放棄されましたので、中央政府はこの辺りの情報を得ていないかもしれません」
そこで言葉を切り、反応を待つ。
男たちは、この場で唯一の女性を見詰めた。国会議員の姉である老女が次に発する言葉を待つ。
「弟の気性を考えますと、今頃は餓死者を出さないように救援物資の調達に奔走中でしょうね」
男たちに落胆の色が広がる。
クフシーンカは慎重に言葉を選んで続けた。
「弟には元々、星の道義勇軍の身柄と引換えに自治区の拡大を図るよう、言い含めてあります」
自治区の有力者たちが色めき立ち、互いに顔を見合わせる。
国会議員の姉は、欲に弛んだ顔を見回し、静かに言葉を続けた。
「きっと被害状況の調査に動くでしょう。その結果に手心を加えさせれば……」
男たちはその先に耳を傾けず、青写真を指差して口々に身勝手な主張を始めた。
湖水の淡水化プラントの増設や、工場地帯の拡大、塩害に強い作物や水耕栽培施設の新設……それらの電力を賄う太陽光発電所には広大な土地が必要だ。
男たちは、バラ色の未来予想図に饒舌になった。
クフシーンカは口を噤み、微笑を浮かべてその夢に耳を傾ける。
クブルム山脈沿いの内陸部は、元々魔物が多く、人が住めない土地だ。
昔からの言い伝え通り、湖の女神パニセア・ユニ・フローラの加護の届く沿岸部の僅かな土地にしがみつくしかない。
クフシーンカは、この辺りがアーテルの飛び地になることを願う有力者たちを冷ややかに眺めた。




