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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十一章 人作

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1559/3515

1518.刺客と移住者

 ホールマ市には、ほんの二年前まで、陸の民の住民が居なかった。

 戦争による国内難民の流入で急激に人口が増大。一時は最高で一万七千人余りが身を寄せたが、リャビーナ港からアミトスチグマ王国の難民キャンプなどへ移り、現在も残るのは、五千人程だ。


 元の人口が四万程度の小都市にとっては、あまりにも負担が大きい。


 仮設住宅関連の各業者や、屎尿回収業者、工事現場などで使われる仮設トイレの業者は、役所依頼の案件が増え、それなりに利益が出たようだが、他は(おおむ)ね持ち出しだ。

 八百屋や魚屋などの食料品店は、持ち回りで仮設住宅へ炊き出しに行くが、純粋な親切ではない。

 食い詰めて盗みを働かないようにとの治安対策。

 ネミュス解放軍ホールマ支部からの材料費補填。

 仕事を得れば、得意客になると見込む先行投資。


 思惑はどうあれ、地元民がこの二年、避難民をずっと支え続けたことは事実だ。


 少なくない力なき陸の民が、ホールマ市に住民登録を移した。

 選挙で立候補し、投票し、市会議員が誕生した今、彼らは単なる弱者ではない。



 「ホールマの市政に計画段階から参加して、地域の課題を解決して暮らしをよりよくする為、力を合わせて共に働く……対等な立場の地域住民として、最初の一歩を踏み出したのです」

 赤毛のモルコーヴ議員は、それこそが記事の指す「陸の民による参画(さんかく)と協働、新局面へ」の意味するところだと説く。


 ――地域の課題を解決して暮らしをよりよくする為、力を合わせて共に働く


 アミエーラは、リストヴァー自治区に「参画と協働」とやらがあったかと記憶を手繰った。

 武装蜂起する前の星の道義勇軍の活動は、そんな感じだったかもしれない。


 各学校の門の横には、役所の掲示板があり、アミエーラは、字が読めない近所の人に頼まれて、読んだことが何度もあった。

 あの人たちは、自分の名前以外の字を書けなかった。投票所に行ったところで、何ができただろう。


 アミエーラは自治区に居た頃、まだ年齢が足りず、選挙権がなかった。

 父は読み書きできたので、工場で正社員として働けたが、投票に行ったか確かめたことはない。

 それでも、ラクエウス議員が自治区全体の代表者として、首都クレーヴェルの国会に出て、区長は自治区の仕事をして、選挙で選ばれた区議も、自治区内各地の代表者だ。


 ……地域のみんなに「この人でいいですか?」ってちゃんと確かめなくて、一部の人が「この人がいいです」って言っただけで代表者になれちゃうのって、ヘンな感じね。


 勿論(もちろん)、全員から承認される完璧な人物など存在しないのは承知の上だ。


 代表者選びに参加する為の識字力の不足や、その他の事情で参加できない者、または自らの意思で参加しない者、候補者に信任できる者が居なくて、仕方なく棄権した者など、権利はあっても、「投票しなかった者」の事情や意思は、一括りになかったことにされてしまう。

 アーテルの大統領選挙もそうだが、ほんの一握りしか居ない「投票した者」の信任だけで代表者を決めたとして、それが地域住民の総意と呼べるのか。



 アミエーラは、会議の本筋とはあまり関係ない考えが頭の中をぐるぐる回り、みんなの話が右から左へ抜けてしまう。

 無理矢理、会議に意識を引き戻した。


 ……今はこんなコト考えてる場合じゃないのよ。


 「隠れキルクルス教徒がこれに目を付けて、あちこちの仮設住宅で、布教活動と一緒に選挙運動をするかもしれない」

 ラゾールニクが言うと、ファーキルが首を傾げた。

 「もっと前からそうしてたから、秦皮(トネリコ)の枝党に隠れキルクルス教徒が居るんじゃないんですか?」

 「彼らは、ちょっと違うんだよ」

 「えッ? どう違うんですか?」

 ファーキルとアミエーラの疑問が重なった。


 「彼らは内乱が終わった時、リストヴァー自治区に引越したくなくて、改宗したフリや、元々フラクシヌス教徒だったフリをしてるんだ」

 「大抵はお金持ちで、家とか、自分の店や会社、生活基盤を手放したくなくて、地元にしがみつくんだ」

 クルィーロがイヤそうに付け足した。ラゾールニクが頷いて続ける。

 「だから、選挙の地盤も、元々そこに住んでる地元の人たちだ」


 アミエーラには、何がどう違うのかわからなかった。

 ファーキルも、ピンとこない顔でラゾールニクを見る。


 「魔哮砲戦争の前から議員してる隠れキルクルス教徒は、自分の利益になりそうなら、信仰に関係なく色んな人と付き合って人脈を広げるし、党益(とうえき)の為なら、フラクシヌス教徒の主神派に(おもね)るのも平気な人たちってコト」

 「湖水の光党に対抗する為、特定の選挙区に送り込まれる“刺客”ではないと言うコトですよ」

 両輪の軸党のアサコール党首に言われ、ファーキルは合点がいったらしく、明るい顔で頷いた。


 クルィーロが、隣に座るアミエーラを見詰める。

 まだピンとこないのが申し訳なく、恥ずかしくなってきた。


 「仮設の住民は仮住まいだけど、車中泊の人もまだまだ多い」

 ラゾールニクが言葉を切り、それはわかったアミエーラは恐る恐る頷いた。


 「星の(しるべ)が、湖の民の政治家を減らしたい街に新しく仮設住宅を作って、車中泊の人たちを誘導すれば」


 アミエーラは理解した瞬間、恐ろしくなって息が詰まった。



 「昨日、スニェーグさんが、報告書を持って来てくれたんですが、リャビーナ市は、車中泊の避難民に対して、駐車場の所有者が、許諾の書類を役所に提出した場合に限って、駐車場所在地での住民登録を認める決定を下したそうです」

 まだ、関係書類等の作成が進んでおらず、新聞には出なかったが、ラジオで先行発表されたと言う。

 メモを読み上げたクラピーフニク議員は、顔色が蝋のようだった。

☆一時は最高で一万七千人余りが身を寄せた……「1500.広報を読む力」参照

☆純粋な親切ではない……「1509.街を守る支援」参照

☆武装蜂起する前の星の道義勇軍の活動……「0046.人心が荒れる」参照

☆アミエーラは、字が読めない近所の人に頼まれ、読んだ……「539.王都の暮らし」「1441.家出少年の姿」参照

☆アーテルの大統領選挙/その他の事情……「1343.低調な投票率」~「1346.安定には遠く」参照

☆彼らは内乱が終わった時、リストヴァー自治区に引越したくなくて、改宗したフリ……「0036.義勇軍の計画」「0042.今後の作戦に」「340.魔哮砲の確認」参照

☆車中泊の避難民(中略)駐車場所在地での住民登録を認める……「1443.届かない手紙」→「1469.追加する伝言」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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