1518.刺客と移住者
ホールマ市には、ほんの二年前まで、陸の民の住民が居なかった。
戦争による国内難民の流入で急激に人口が増大。一時は最高で一万七千人余りが身を寄せたが、リャビーナ港からアミトスチグマ王国の難民キャンプなどへ移り、現在も残るのは、五千人程だ。
元の人口が四万程度の小都市にとっては、あまりにも負担が大きい。
仮設住宅関連の各業者や、屎尿回収業者、工事現場などで使われる仮設トイレの業者は、役所依頼の案件が増え、それなりに利益が出たようだが、他は概ね持ち出しだ。
八百屋や魚屋などの食料品店は、持ち回りで仮設住宅へ炊き出しに行くが、純粋な親切ではない。
食い詰めて盗みを働かないようにとの治安対策。
ネミュス解放軍ホールマ支部からの材料費補填。
仕事を得れば、得意客になると見込む先行投資。
思惑はどうあれ、地元民がこの二年、避難民をずっと支え続けたことは事実だ。
少なくない力なき陸の民が、ホールマ市に住民登録を移した。
選挙で立候補し、投票し、市会議員が誕生した今、彼らは単なる弱者ではない。
「ホールマの市政に計画段階から参加して、地域の課題を解決して暮らしをよりよくする為、力を合わせて共に働く……対等な立場の地域住民として、最初の一歩を踏み出したのです」
赤毛のモルコーヴ議員は、それこそが記事の指す「陸の民による参画と協働、新局面へ」の意味するところだと説く。
――地域の課題を解決して暮らしをよりよくする為、力を合わせて共に働く
アミエーラは、リストヴァー自治区に「参画と協働」とやらがあったかと記憶を手繰った。
武装蜂起する前の星の道義勇軍の活動は、そんな感じだったかもしれない。
各学校の門の横には、役所の掲示板があり、アミエーラは、字が読めない近所の人に頼まれて、読んだことが何度もあった。
あの人たちは、自分の名前以外の字を書けなかった。投票所に行ったところで、何ができただろう。
アミエーラは自治区に居た頃、まだ年齢が足りず、選挙権がなかった。
父は読み書きできたので、工場で正社員として働けたが、投票に行ったか確かめたことはない。
それでも、ラクエウス議員が自治区全体の代表者として、首都クレーヴェルの国会に出て、区長は自治区の仕事をして、選挙で選ばれた区議も、自治区内各地の代表者だ。
……地域のみんなに「この人でいいですか?」ってちゃんと確かめなくて、一部の人が「この人がいいです」って言っただけで代表者になれちゃうのって、ヘンな感じね。
勿論、全員から承認される完璧な人物など存在しないのは承知の上だ。
代表者選びに参加する為の識字力の不足や、その他の事情で参加できない者、または自らの意思で参加しない者、候補者に信任できる者が居なくて、仕方なく棄権した者など、権利はあっても、「投票しなかった者」の事情や意思は、一括りになかったことにされてしまう。
アーテルの大統領選挙もそうだが、ほんの一握りしか居ない「投票した者」の信任だけで代表者を決めたとして、それが地域住民の総意と呼べるのか。
アミエーラは、会議の本筋とはあまり関係ない考えが頭の中をぐるぐる回り、みんなの話が右から左へ抜けてしまう。
無理矢理、会議に意識を引き戻した。
……今はこんなコト考えてる場合じゃないのよ。
「隠れキルクルス教徒がこれに目を付けて、あちこちの仮設住宅で、布教活動と一緒に選挙運動をするかもしれない」
ラゾールニクが言うと、ファーキルが首を傾げた。
「もっと前からそうしてたから、秦皮の枝党に隠れキルクルス教徒が居るんじゃないんですか?」
「彼らは、ちょっと違うんだよ」
「えッ? どう違うんですか?」
ファーキルとアミエーラの疑問が重なった。
「彼らは内乱が終わった時、リストヴァー自治区に引越したくなくて、改宗したフリや、元々フラクシヌス教徒だったフリをしてるんだ」
「大抵はお金持ちで、家とか、自分の店や会社、生活基盤を手放したくなくて、地元にしがみつくんだ」
クルィーロがイヤそうに付け足した。ラゾールニクが頷いて続ける。
「だから、選挙の地盤も、元々そこに住んでる地元の人たちだ」
アミエーラには、何がどう違うのかわからなかった。
ファーキルも、ピンとこない顔でラゾールニクを見る。
「魔哮砲戦争の前から議員してる隠れキルクルス教徒は、自分の利益になりそうなら、信仰に関係なく色んな人と付き合って人脈を広げるし、党益の為なら、フラクシヌス教徒の主神派に阿るのも平気な人たちってコト」
「湖水の光党に対抗する為、特定の選挙区に送り込まれる“刺客”ではないと言うコトですよ」
両輪の軸党のアサコール党首に言われ、ファーキルは合点がいったらしく、明るい顔で頷いた。
クルィーロが、隣に座るアミエーラを見詰める。
まだピンとこないのが申し訳なく、恥ずかしくなってきた。
「仮設の住民は仮住まいだけど、車中泊の人もまだまだ多い」
ラゾールニクが言葉を切り、それはわかったアミエーラは恐る恐る頷いた。
「星の標が、湖の民の政治家を減らしたい街に新しく仮設住宅を作って、車中泊の人たちを誘導すれば」
アミエーラは理解した瞬間、恐ろしくなって息が詰まった。
「昨日、スニェーグさんが、報告書を持って来てくれたんですが、リャビーナ市は、車中泊の避難民に対して、駐車場の所有者が、許諾の書類を役所に提出した場合に限って、駐車場所在地での住民登録を認める決定を下したそうです」
まだ、関係書類等の作成が進んでおらず、新聞には出なかったが、ラジオで先行発表されたと言う。
メモを読み上げたクラピーフニク議員は、顔色が蝋のようだった。
☆一時は最高で一万七千人余りが身を寄せた……「1500.広報を読む力」参照
☆純粋な親切ではない……「1509.街を守る支援」参照
☆武装蜂起する前の星の道義勇軍の活動……「0046.人心が荒れる」参照
☆アミエーラは、字が読めない近所の人に頼まれ、読んだ……「539.王都の暮らし」「1441.家出少年の姿」参照
☆アーテルの大統領選挙/その他の事情……「1343.低調な投票率」~「1346.安定には遠く」参照
☆彼らは内乱が終わった時、リストヴァー自治区に引越したくなくて、改宗したフリ……「0036.義勇軍の計画」「0042.今後の作戦に」「340.魔哮砲の確認」参照
☆車中泊の避難民(中略)駐車場所在地での住民登録を認める……「1443.届かない手紙」→「1469.追加する伝言」参照




