1516.投票理由分析
白い壁に画像が映し出された。
ホールマ市市会議員選挙の得票率グラフだ。原本は新聞の切り抜きで、アミエーラの隣に座ったクルィーロが、タブレット端末にその記事を表示させた。
湖水の光党、歴史的大敗 ホールマ市議選
そんな見出しで嘆きを綴るのは、湖水日報リャビーナ版だ。
針子のアミエーラは、リャビーナの新聞が何故、隣町の選挙をこんな大きな扱いで残念がるのか、不思議に思った。
「湖水日報は、元が湖水の光党の機関紙だけあって、流石に詳しいですね」
両輪の軸党のアサコール党首が、新聞の現物を捲って感心する。
アミエーラは、ファーキルが複合機に新聞を読み取らせる作業を手伝ったが、記事にきちんと目を通さなかった。大きい見出しが幾つか印象に残っただけだ。
ホールマ市政初 陸の民議員誕生
陸の民による参画と協働、新局面へ
参画と協働が何を指すかわからない。
これまでなかったことが起きたのだから、何かが新しく始まるのだろう。見出しからは漠然とした認識しか得られなかった。
ファーキルの手伝いだけのつもりが、何故か、ラクエウス議員に臨席を求められて、ここに居る。会議に出席したからには、何か発言した方がよさそうだ。
アミエーラは、思い切って聞いてみた。
「これって、自治区の区議さんが、魔法使いの人と交代するのと同じくらいスゴいコト……なんですよね?」
「そうですね。ホールマ市は、別に力なき陸の民の居住を禁止してません。でもまぁ、何かと不便ですし、食べ物に銅が混じると危ないですから、何となく湖の民だけの街でした」
リャビーナ市出身のクラピーフニク議員が、同じ金髪のアミエーラに頷いた。
「でも、空襲からの避難って言う強制力が働いて、ホールマにも陸の民が大勢流入しました。その中で、他に全く行き場のない弱い人たちだけが、この二年近く、住み続けています」
「二年も経てば、故郷への帰還を諦めて、本格的に定住する人が現れても、不思議はありません」
アミエーラは、モルコーヴ議員の追加に成程と納得した。
「それなら、今、住んでる街を住みやすくしようって思って、当然ですよね」
「うむ。勇気を出し、湖の民の古参議員に陳情した者も居る。だが」
「えッ? どうして陳情したってわかるんです?」
ラクエウス議員が断言すると、ファーキルの質問が飛んだ。
自治区選出の老議員が視線を送り、両輪の軸党のアサコール党首が説明する。
「候補者全員が、公約に最低ひとつは、力なき陸の民を支援する案を盛り込みました。特に現職だった湖水の光党の候補は、理想論ではなく、ある程度、実現可能な具体性のある案です」
ファーキルは納得顔で頷いたが、アミエーラはピンとこない。
「長年、湖の民だけで暮らし、自身も湖の民なら、力なき民がどんな場合にどう困るか、想像もつかないでしょう」
「陳情で力なき民から困り事を聞いて、それを解決する案を出したってコト」
モルコーヴ議員とラゾールニクに言われ、アミエーラもやっとわかった。
……そっか。自治区に居た頃の私が、魔法を使える人の暮らしを想像できなかったのと同じなのね。
「力なき民の自立を促進すれば、湖の民の負担が減ります」
アサコール党首は、更に詳しく説明してくれた。
力なき民が働けるようになれば、その分、福祉予算の負担が減り、反対に税収が上がる。同時に彼らの購買力も上がる。
人口四万程度の小都市にとって、定着しつつある五千人余りの新規住民は、かなり大きな市場になり得る。
ホールマ市の財政基盤は貧弱だ。現状のまま何の手も打たず、就労不能な五千人を漫然と養い続ければ、間もなく破綻する。寧ろ、二年も維持できたのが不思議なくらいだ。
力なき民に対する自立支援策は、昔から住む湖の民にとっても、焦眉の問題で、正負両面から非常に関心が高い。
勿論、湖の民の低所得層などからの不満を抑える策も必要だ。
古くからの住民を置き去りにして、流入した弱者ばかりを支えれば、かつてはなかった軋轢が生じる。
半世紀の内乱中、ホールマ市民は湖の民同士で争った。
神政復古派と共和制維持派、主神派と女神派、その他の神々の信者に分かれ、激しく対立したのだ。
神政復古派は、これを機にラクリマリス王家の影響と陸の民をネモラリス島から排除したい分離独立派と、旧王国時代と同じ共同統治を望む共存派に分かれ、共和制維持派も、ラキュス・ネーニア家当主の意向を重視する消極的な立場と、旧支配層の影響を完全に排除したい積極的な立場に分かれた。
それらも、完全にひとつの思想信条で動く者は少なく、信仰も含めて諧調的だったことが各派閥を細分化し、対立を複雑化した。
ホールマ市に限らず、半世紀の内乱中は、どこでも繰り広げられた光景だ。
岩山の神スツラーシを崇めるアサコール党首らは、内乱時代、多数派からの排除に苦しんだと言う。
「下手を打てば、あいつらだけズルいと言う不公平感と妬みで、半世紀の内乱時代のような対立を招きかねません」
就労支援策で一時的に負担が増しても、対策が奏効して力なき民の就労が進み、長期的に見て税収と地元経済に還元されるなら容認できる者も居れば、近視眼的に目先の負担増を厭う者、平和になれば出てゆく者の為に負担したくない、と更に先を見越して不満に思う者……
「ホールマ市の有権者も様々で、すべての人を納得させ、誰も損しない名案は、残念ながら存在しません」
他の政治家たちは、アサコール党首の締め括りの言葉に深く頷いた。




