1512.夜の選挙速報
漁協の駐車場で、久し振りにロークのラジオに電源を入れた。
知らないアナウンサーの声が、知らない街のニュースを淡々と読み上げる。
火事、交通事故、空き巣……この時間帯は、どこかで聞いたような変わり映えしない記事ばかりだ。
紙擦れの微かな音に続いて、FMホールマのアナウンサーが口調を変えた。
「只今、ホールマ市市会議員選挙の速報が入りました。投票率は七十二.八パーセント。午後九時、二十一時現在の開票率は六十一パーセントです。渡る漣党の躍進が続きます。大きく差を開けて湖水の光党が続き、両輪の軸党も、初出馬ながら健闘しております。無所属候補がどこまで食い込めるか、ホールマ市政初の陸の民候補にも注目が集まります。次の選挙速報は、二十二時を予定しておりますが、確定次第、臨時速報を行います」
コマーシャルが入り、みんなが肩の力を抜く。
「次、十時か……ティスたち、もう寝ときなよ」
「気になって寝られないもん」
ピナの兄貴が言ったが、妹たちは首を横に振った。
「明日も水産加工場でバイトするんだろ?」
「でも……」
「横になってるだけでもマシだから」
魔法使いの工員クルィーロと、父ちゃんのパドールリクが頷くと、アマナは渋々パイプ椅子から腰を上げた。ピナの妹も、仕方がないと言いたげに催し物用の簡易テントを出て、トラックの荷台に上がる。
ピナとモーフは何も言われなかったので、動かない。
コマーシャルの次は、湖東語を勉強する番組だ。全体的にわからない。
……こんな夜遅くまで勉強するヤツ居ンのかよ。
情報収集に出掛けた大人たちは、ホールマ市内で聞き取った話を手帳からコピー用紙にまとめ直すのに忙しい。
留守番組の大人三人と、ピナとモーフの前には、候補者の呼称と所属政党の一覧がある。聞き間違いや聞き逃し対策の為、五人掛かりでメモするのだ。
今は選挙速報を記録する。
モーフは、全部決まってから書けばいいと思ったが、ラジオのおっちゃんジョールチと情報ゲリラのラゾールニクから、途中経過に不自然な点がないか、後で検証する為だと言われた。
ラジオのおっちゃんとソルニャーク隊長、ラゾールニクの三人は今、候補者十二人の選挙事務所を探りに行き、戻るのは明日の朝だ
日が暮れて防壁の門が閉まってからは、漁協前の大きな道路も、車が一台も通らない。
静まり返った漁協の駐車場に湖東語の単語を読むラジオの声が流れる。
広い駐車場は、移動放送局プラエテルミッサのトラックとワゴン車だけで、明かりがあるのは、催し物用の簡易テントの中だけだ。
ビニールシートの中と外は、違う世界に見えた。
三枚目のまとめを書き上げ、DJレーフが温香茶を啜って言う。
「湖水の光党の現職、何人か落ちるだろうね」
「何でまだ途中……六割ぽっちでわかるんだ?」
「漁協でもらった新聞」
モーフが聞くと、DJレーフは即答した。
教科書を読むのに夢中で、古新聞には全く手を着けなかったのを後悔する。
……大人になったら、知らねぇヤツ選べるだけじゃなくて、そんなコトまでわかンのか?
教科書には、国の仕組みが書いてあるだけで、候補者の選び方はなかった。見落としたかと思って何度も読み返したが、一行たりとも説明がない。
モーフには、大人たちが、国や街を動かす代表者をどうやって選ぶか、全く見当もつかなかった。
「告示後の公開質問で、湖水の光党の現職候補は、魔哮砲の使用について、国民をアーテルの空襲から守るには仕方がないって、消極的にだけど、事後承諾するみたいな回答をしたんだよ」
詳しく教えてもらってもわからない自分が情けなくなったが、モーフは何でもないフリで質問を重ねた。
「魔哮砲? そのハナシ、ここに関係あんのか?」
ホールマ市は、ネモラリス島東部の小さな街で、アーテル領からはとても遠い。今のところ一発の爆弾も落とされず、無傷だ。
今度はアマナの父ちゃんが教えてくれる。
「ホールマ市政の主な争点……意見が割れて、みんなの関心が高い事柄は、急に増えた陸の民をどうするか。だけど、魔哮砲の件は国民全体の関心が高いからね」
「でも、湖水の光党ってカピヨー支部長の知り合いとか居て、魔哮砲に反対する人ばかりだと思ってたんですけど」
ピナが候補者一覧から顔を上げて言った。
「湖水の光党も、一枚岩ではないからね。クリペウス政権寄りの考えの人が居ても不思議じゃないよ」
「命からがら、空襲から逃げて来た力なき民を取り込もうとしたのかもよ」
DJレーフが口許に皮肉な笑みを浮かべると、葬儀屋のおっさんが聞いた。
「ナウチールス候補は何つったんだ?」
「絶対反対だってさ。ガルデーニヤ市は守ってもらえなくて壊滅したし、そもそもあんなのがあるから戦争になったし、ネモラリスが国際社会から批難されて、ワクチン売ってもらえなかったりとか、ロクなコトになんないんだって言うのを丁寧な言葉で書いてて、スゲー怒ってる回答だったよ」
「あー……」
ピナの兄貴と薬師のねーちゃんが、何とも言えない顔で同時に呻く。
二人はピナの妹の入院中、ガルデーニヤ市が大変だと言うニュースを王都ラクリマリスで見た。
ナウチールス候補たちは、命以外何もかも喪ってここへ来たのだから、当然だ。
「渡る漣党と両輪の軸党も、魔哮砲には反対だ。湖水の光党は支持基盤が安定してるから、油断したのかもね」
DJレーフは鼻で笑って、メモのまとめ作業に戻った。
その後の速報も、似たような内容が続く。
これに不自然な点があるか、モーフにはわからないが、聞いたままメモした。
開票が進むにつれて、無所属候補の票が伸びる。
「やっぱ、魔哮砲云々の件で、浮動票が流れたんだろうな」
「公約の中身はどれも一長一短で、大差ねぇもんな」
九割方済んだ十二時の速報で、DJレーフが予想通りだと勝ち誇って笑う。葬儀屋のおっさんも頷いた。
大人たちはメモのまとめが終わり、今度はクルィーロが、タブレット端末で一枚ずつ撮るのに忙しくなった。
「ナウチールス候補が当選したら、この街にも路線バスが走るかもしれないんですね」
モーフはうとうとしかけたが、ピナの声で一気に目が覚めた。
メドヴェージのおっさんが、少し嬉しそうに言ったピナに重い声を浴びせる。
「もし、そうなったら、喜んでらンねぇぞ」
モーフはムッとして、思わず聞いた。
「何でだよ?」
「俺に聞くより、明日、ジョールチさんに聞いた方がいい。もう寝ろ」
「ここまで来て寝られっかよ」
ピナが起きているのに寝られるワケがない。
モーフは、開票完了の速報が出た午前一時四十分まで頑張った。




