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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

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1508.買う物の基準

 「ねーちゃん、何の本、買ったんだ?」

 モーフは薬師(くすし)のねーちゃんが抱えた包みを見たが、無地の紙袋からは何もわからない。


 「魔道書よ。【思考する(フクロウ)】学派の中級の本」

 「難しいのか?」

 「そうね……大学で習ったけど、呪文をみんな暗記してるワケじゃないから、これで確認しようと思って」

 モーフは驚いて薬師のねーちゃんを見た。

 「エラい学校卒業したのに、まだ、勉強すんの?」

 「そうよ。確認して覚え直せば、作れるお薬の種類が増えて便利だもの」

 「ふーん」


 薬師(くすし)のねーちゃんに普通の顔で言われ、少年兵モーフも普通に頷く。学校をひとつも卒業できなかったモーフから見れば、学校を幾つも出た上、まだ勉強するねーちゃんは、雲の上の人に思えた。


 ……長生きだから物識(ものし)りなんじゃなくて、スゲー勉強するから物識りなんだ。


 薬師のねーちゃんは、半世紀の内乱時代に生まれた。今のモーフが「戦争中だから勉強できない」と思うのは、言い訳にもならない。

 明日から三月だ。


 ……キリがいいし、今日は籠とか作って、明日から教科書読もう。


 買ってもらった教科書は、まだ一度も開いたことのないものが多かった。小学校の分を全部読み終えられたのは、国語だけだ。

 たくさんあるどれかには、メドヴェージのおっさんでも知っていた「営業時間」のコトも書いてあるかもしれない。



 漁師の爺さんと薬師(くすし)のねーちゃんが、八百屋の店先で足を止めた。

 看板にある営業時間は、朝八時から夕方四時まで、休みは水曜だ。

 緑髪の二人が野菜を品定めするのをぼんやり眺める。


 ……美味い野菜って、どうやって見分けりゃいいんだ?


 それも、教科書に説明があるのだろうか。

 ピナと兄貴はパン屋で、食べ物のプロだから目利きできるのだと思った。だが、薬師(くすし)のねーちゃんと漁師の爺さんも、野菜を手に取って何か調べて、買う買わないを決めるようだ。


 モーフは、緑髪の兄妹(きょうだい)の手許をじっくり見た。

 大きさかと思ったが、そうでもないようだ。爺さんは大きいのを棚に戻し、小さい方のキャベツを買物籠に入れた。


 ……あのキャベツともう一個の奴、どこがどう違うんだ?


 「坊主、どうした? 腹減ったのか?」

 「何でも……キャベツ買う時って、どこ見て買やぁいいんだ?」

 「あ? そんなモン、俺に聞くなよ」

 案の定、メドヴェージのおっさんは知らなかった。自動車学校では、トラックの運転しか習わなかったらしい。


 地元の湖の民も、リャビーナ市から買出しに来た陸の民も、野菜の何かを調べて籠に入れる。中には、ねーちゃんが見て売り場に戻した南瓜を買う者も居た。


 ……ねーちゃんがダメだと思っても、他の奴は買うって、何でだ? 陸の民だからか?


 だが、薬師(くすし)のねーちゃんは、自分の為だけでなく、移動放送局プラエテルミッサのみんなの為に買出しに来たのだ。十五人分も買うから、一軒では済まないし、魔法の袋を使わない時は、荷物持ちが要る。


 八百屋の隅で、陸の民が群がる一角に気付いた。気になって近付くと、おっさんもついて来る。

 人垣の真ん中にあるのは、段ボール箱だ。開いた蓋の一枚で、「見切り品」と油性マジックの文字が躍る。

 中身は、モーフがよく知る(いた)んだ野菜だった。葉が(しな)びたものや、茶色くなったもの、半分腐ったものまである。

 一人が萎びたホウレンソウを手に取り、レジに直行した。現金の値段は、棚にあるホウレンソウの半分くらいだ。


 ……そうか。なるべく傷んでねぇのを買うんだ。


 ラジオのおっちゃんは、八百屋が仮設住宅に来て、売れ残りの野菜で炊き出しすると言った。

 いい野菜が売れ残るとは思えない。傷んだ見切り品を貧しい陸の民が買い、彼らさえ手を出さなかったどうしようもない物しか、仮設暮らしの力なき民には回らないらしい。

 食べ物は、リストヴァー自治区に居た頃のモーフと大差ない。

 少年兵モーフは拳を握ったが、すぐ緩めた。それでも、立派な仮設住宅に住める分、マシなのだ。


 ……仕事もねぇのに食わしてもらえるだけ、有難ぇンだよな。


 モーフは工場で下働きした日だけ、昼飯を食べられた。冬の休日はシーニー緑地に草もなく、マズい井戸水だけ飲んで過ごす日が多かった。


 「坊主、どうした?」

 「仮設の炊き出しって……」

 「ウチは毎週水曜に高校へ行くのよ。坊や、ここらじゃ見ない顔だけど、どこの仮設の子?」

 緑髪が半分以上白い婆さんが、前掛けで手を拭きながら話に混ざる。


 口ごもったモーフの代わりにおっさんが答えた。

 「俺たちゃ旅のモンなんだ。住むとこなくなって、どっか落ち着けるとこねぇか探してんだが、どこもかしこもいっぱいでな」

 「気の毒にねェ。水曜に高校の仮設へ行けば、ごはん食べさせてあげるよ」

 店の婆さんは、モーフにニコニコ笑顔を向けて言った。

 「住んでねぇのに……いいのかよ?」

 「一人や二人増えたってどうってコトないのよ。前の日の在庫をみんな持ってくからね」

 「売れ残り?」

 「面白いコトいうねぇ。まだ売りに出してないのも持ってくから、新鮮よ」


 モーフは驚いて婆さんを見た。

 皺に埋もれた緑色の目は真剣で、嘘を()くように見えない。


 「でも、タダなんだろ?」

 「そうよ。お代は……後で働けるようになってからでいいのよ」

 「儲かンねぇのに?」

 「毎日は無理だけど、私ら、このくらいしかできないからねぇ。ホントは役所がもっとどうにかしてくれりゃいいんだけど」

 「まぁ、どこも不景気で、税金もアレですからねぇ」

 「そうですねぇ」

 近くにいた緑髪の客が口を挟み、メドヴェージもいつになく丁寧に応じた。


 「ウチは運転できる人を一人、仮設から雇ってるけど、仕事は朝の仕入れの時だけだからねぇ」

 「給料安いんだ?」

 「まぁね。ウチもそんなに儲かってないから、生でも食べられるお野菜で払ってるけど」

 「ここもやっぱ、家も仕事もねぇンだな」


 地元民から改めて聞くと、ラジオのおっちゃんたちが仮設で聞いた話とは随分、違う気がした。モーフには、どちらが本当か、これだけではわからない。


 「生きてればその内、家や仕事があるとこに引越せるかもしれないからね。リャビーナの方がマシなんでしょ?」

 「わかんねぇ」


 モーフは、星の(しるべ)の幹部が社長をする倉庫会社が、力なき民だけを雇ったのが、悪くないような気がして来た。

 布教されても、ハナシを聞いた奴が星の(しるべ)の思想に染まらなければ、丸儲けだ。


 モーフは、薬師(くすし)のねーちゃんから、膨らんだ買物袋を受取り、考え事をしながら次の店へ向かった。

☆小学校の分を全部読み終えられたのは、国語だけ……「1113.知の灯を識る」参照

☆八百屋が仮設住宅に来て、売れ残りの野菜で炊き出しする……「1505.市外の支援者」参照

☆星の(しるべ)の幹部が社長をする倉庫会社……「1468.社長夫婦の話」「873.防げない情報」「1372.ノチリア企業」参照

☆ハナシを聞いた奴……「1459.付け込む布教」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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