1507.魔道書の本屋
「モーフ君、買出しについて来てもらってもいい?」
朝食後、少年兵モーフが今日も一日、蔓草細工をして過ごそうと、トラックの荷台に戻りかけたところを薬師のねーちゃんに呼び止められた。
「俺はいいけど、ねーちゃんたち、魚の工場は?」
「今日は日曜だから、お休みよ」
「店も閉まってんじゃねぇの?」
「開いてるとこもあるよ」
ピナの声に勢いよく振り向いた。
「えっ? 何で?」
「なんでって、理由は聞いてないけど、多分、リャビーナ市から買出しに来る人とか、地元でも会社勤めの人は、休みの日に買物する人が多いからじゃない?」
「えぇ? じゃあ、店の奴らはいつ休んでんだ?」
モーフがリストヴァー自治区で工場の下働きだった頃でも、休みの日はあった。
シーニー緑地へ食べられる草を採りに行ったり、蔓草細工を作ったりで、実質、休みなしではあったが。
「いつって、別の曜日」
「坊主、おめぇの目は節穴か? 他所でも大体そうだったじゃねぇか」
ピナが当たり前の顔で答え、メドヴェージのおっさんが呆れる。
モーフは、洗い終わった食器を片付ける二人に場所を譲った。
「他も、どこも、一緒? どうやって休みの日とか、先にわかるんだ?」
「どうって……営業時間のお知らせで」
ピナが食器を片付けながら言う。モーフは、初めて耳にした単語を反射的に繰り返した。
「えいぎょうじかんのおしらせ……営業……店、してる時?」
「看板とか扉、入口横の壁……お店によって場所は違うけど、どこかに書いてあるものよ」
パン屋のピナに言われ、モーフはこれまで行った店を思い返した。
言われてみれば、何か書いてあったような気がしてきたが、内容までは思い出せない。
片付けを終え、食材と調理器具を抱えた二人が降りて来た。
「よっしゃ、坊主、行くぞ」
「え? 行く? どこへ?」
「買出しに決まってんだろ」
「今日はお兄ちゃん、夕飯まで戻らないから」
ピナの兄貴は、隊長とラジオのおっちゃん、ラゾールニクと一緒に陸の民の立候補者の所へ行った。ピナたちは、昼飯の後で商店街へ行く予定だ。
ピナが、簡易テントで囲まれた折り畳みの長机に食材などを置いて、忙しそうに昼食の仕込みを始めた。ピナの妹とアマナがテキパキ手伝う。
ピナがパン生地を捏ね始めた。漁師の爺さんと薬師のねーちゃんが、簡易テントの外で手提げ袋を持って待つ。
「行くんだろ?」
モーフはおっさんのゴツい手に背を押され、外へ出た。
歩道を行くモーフの白い息が、あっという間に風で散らされる。
「そう言や、ここ来てから一回も店行ってねぇ」
「仕事熱心はいいが、たまの日曜くらい、息抜きせにゃな」
隣を歩くメドヴェージのおっさんは、やけに嬉しそうだ。
……蔓草細工なんか作ったって、ここじゃロクに売れねぇし、売れてもタダ同然なのに。
漁協から少し東の商店街は、活気があった。ピナたちの報告通り、アーケードの下は色んな髪色の客で賑う。
モーフは近くの店を見た。
通路に置いた看板は店名だけだが、戸の上の看板には、店名の他に数字が書いてあった。時間だとしたら、朝早くと夕方だ。
みんなに遅れずついて歩きながら注意して見ると、確かにどの店にも時間や曜日が書いてある。看板に「日曜日」とある店は、みんな閉まっていた。
行けども行けども、商店街に並ぶ看板や、降りたシャッターには必ず、時間と曜日が書いてある。
……ずっと書いてあったのに全然見てなかったのか。
「先にここで魔道書を買って、それから日持ちする野菜とか買います」
「寒くてすみませんが、少し待って下さい」
「力なき民は入っちゃなんねぇんじゃなきゃ、俺らも入れてくんねぇか?」
薬師のねーちゃんと漁師の爺さんが言うと、メドヴェージのおっさんが、半開きの戸を覗いて言った。
「多分、大丈夫だと思いますけど、いいんですか?」
「俺もちったぁ勉強しとこうと思ってな。ま、社会見学だ」
「メドヴェージさんが大丈夫でしたら……モーフ君、無理しなくていいからね」
薬師のねーちゃんは戸惑った顔で、漁師の爺さんと一緒に店へ入った。
アーケードの下は、風は当たらないが、日も当たらず、外とは別の寒さが身に凍みた。
看板の字は難しくて、営業時間と休みの曜日しか読めない。何屋か知らないが、おっさんの背について入った。
「わぁ……」
店内に色んな光が満ちる。
アカーント市の虹色の商店街もキレイだったが、ここは別の種類のキレイさだ。
棚には、ガラスや陶器でできた色とりどりのタイルがきっちり並ぶ。それぞれ別の紋様が描かれ、それが色の付いた淡い光を放つのだ。
店の真ん中には立派な木の机があり、売り物が詰まった小さな籠や、見たことのない品物が所狭しと並ぶ。手前の籠にはすっかり見慣れた【魔力の水晶】が山盛りで、その隣の籠は、銀色の糸巻きが入れてある。
薬師のねーちゃんは、モーフとは反対側にある本棚の前に行った。
「坊主、その辺のモン触って壊すんじゃねぇぞ」
「わかってらぁ」
モーフは小声で答え、店の奥を窺った。店主らしき老人は、カウンターの奥の机で何か書き物をして、こちらを見もしない。
「あ! あれ、ドーシチ市のお屋敷にあったヤツだ」
モーフが机の真ん中にある化け物の石像を指差すと、そいつは目を開けてこっちを見た。
「小型のガーゴイルだよ。多分、商品にイタズラとかしなければ大丈夫だ」
漁師の爺さんに言われ、モーフが手を下ろすと、ガーゴイルとやらは目を閉じて石像のフリに戻った。
ねーちゃんが、本棚から一冊抜いて奥へ行く。
店の爺さんは、やっとカウンターに出て来た。
「この本は中級の魔道書だから、【思考する梟】か【飛翔する梟】学派の徽章のない人には売れないよ」
「はい。私、薬師です」
ねーちゃんが懐からいつもの鳥の首飾りを出すと、店の爺さんは途端にイイ笑顔になった。漁師の爺さんが、小さい宝石と傷薬一個払う。
店の爺さんは、ニコニコ笑って小さい瓶をオマケにつけた。




