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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

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1547/3514

1507.魔道書の本屋

 「モーフ君、買出しについて来てもらってもいい?」

 朝食後、少年兵モーフが今日も一日、蔓草(つるくさ)細工をして過ごそうと、トラックの荷台に戻りかけたところを薬師(くすし)のねーちゃんに呼び止められた。


 「俺はいいけど、ねーちゃんたち、魚の工場は?」

 「今日は日曜だから、お休みよ」

 「店も閉まってんじゃねぇの?」

 「開いてるとこもあるよ」

 ピナの声に勢いよく振り向いた。

 「えっ? 何で?」

 「なんでって、理由は聞いてないけど、多分、リャビーナ市から買出しに来る人とか、地元でも会社勤めの人は、休みの日に買物する人が多いからじゃない?」

 「えぇ? じゃあ、店の奴らはいつ休んでんだ?」


 モーフがリストヴァー自治区で工場の下働きだった頃でも、休みの日はあった。

 シーニー緑地へ食べられる草を採りに行ったり、蔓草細工を作ったりで、実質、休みなしではあったが。


 「いつって、別の曜日」

 「坊主、おめぇの目は節穴か? 他所でも大体そうだったじゃねぇか」

 ピナが当たり前の顔で答え、メドヴェージのおっさんが呆れる。

 モーフは、洗い終わった食器を片付ける二人に場所を譲った。


 「他も、どこも、一緒? どうやって休みの日とか、先にわかるんだ?」

 「どうって……営業時間のお知らせで」

 ピナが食器を片付けながら言う。モーフは、初めて耳にした単語を反射的に繰り返した。

 「えいぎょうじかんのおしらせ……営業……店、してる時?」

 「看板とか扉、入口横の壁……お店によって場所は違うけど、どこかに書いてあるものよ」

 パン屋のピナに言われ、モーフはこれまで行った店を思い返した。


 言われてみれば、何か書いてあったような気がしてきたが、内容までは思い出せない。


 片付けを終え、食材と調理器具を抱えた二人が降りて来た。

 「よっしゃ、坊主、行くぞ」

 「え? 行く? どこへ?」

 「買出しに決まってんだろ」


 「今日はお兄ちゃん、夕飯まで戻らないから」

 ピナの兄貴は、隊長とラジオのおっちゃん、ラゾールニクと一緒に陸の民の立候補者の所へ行った。ピナたちは、昼飯の後で商店街へ行く予定だ。

 ピナが、簡易テントで囲まれた折り畳みの長机に食材などを置いて、忙しそうに昼食の仕込みを始めた。ピナの妹とアマナがテキパキ手伝う。


 ピナがパン生地を捏ね始めた。漁師の爺さんと薬師(くすし)のねーちゃんが、簡易テントの外で手提げ袋を持って待つ。

 「行くんだろ?」

 モーフはおっさんのゴツい手に背を押され、外へ出た。


 歩道を行くモーフの白い息が、あっという間に風で散らされる。

 「そう言や、ここ来てから一回も店行ってねぇ」

 「仕事熱心はいいが、たまの日曜くらい、息抜きせにゃな」

 隣を歩くメドヴェージのおっさんは、やけに嬉しそうだ。


 ……蔓草(つるくさ)細工なんか作ったって、ここじゃロクに売れねぇし、売れてもタダ同然なのに。



 漁協から少し東の商店街は、活気があった。ピナたちの報告通り、アーケードの下は色んな髪色の客で賑う。


 モーフは近くの店を見た。

 通路に置いた看板は店名だけだが、戸の上の看板には、店名の他に数字が書いてあった。時間だとしたら、朝早くと夕方だ。

 みんなに遅れずついて歩きながら注意して見ると、確かにどの店にも時間や曜日が書いてある。看板に「日曜日」とある店は、みんな閉まっていた。

 行けども行けども、商店街に並ぶ看板や、降りたシャッターには必ず、時間と曜日が書いてある。


 ……ずっと書いてあったのに全然見てなかったのか。


 「先にここで魔道書を買って、それから日持ちする野菜とか買います」

 「寒くてすみませんが、少し待って下さい」

 「力なき民は入っちゃなんねぇんじゃなきゃ、俺らも入れてくんねぇか?」

 薬師(くすし)のねーちゃんと漁師の爺さんが言うと、メドヴェージのおっさんが、半開きの戸を覗いて言った。


 「多分、大丈夫だと思いますけど、いいんですか?」

 「俺もちったぁ勉強しとこうと思ってな。ま、社会見学だ」

 「メドヴェージさんが大丈夫でしたら……モーフ君、無理しなくていいからね」

 薬師(くすし)のねーちゃんは戸惑った顔で、漁師の爺さんと一緒に店へ入った。


 アーケードの下は、風は当たらないが、日も当たらず、外とは別の寒さが身に()みた。

 看板の字は難しくて、営業時間と休みの曜日しか読めない。何屋か知らないが、おっさんの背について入った。



 「わぁ……」

 店内に色んな光が満ちる。

 アカーント市の虹色の商店街もキレイだったが、ここは別の種類のキレイさだ。

 棚には、ガラスや陶器でできた色とりどりのタイルがきっちり並ぶ。それぞれ別の紋様が描かれ、それが色の付いた淡い光を放つのだ。


 店の真ん中には立派な木の机があり、売り物が詰まった小さな籠や、見たことのない品物が所狭しと並ぶ。手前の籠にはすっかり見慣れた【魔力の水晶】が山盛りで、その隣の籠は、銀色の糸巻きが入れてある。


 薬師(くすし)のねーちゃんは、モーフとは反対側にある本棚の前に行った。

 「坊主、その辺のモン触って壊すんじゃねぇぞ」

 「わかってらぁ」

 モーフは小声で答え、店の奥を窺った。店主らしき老人は、カウンターの奥の机で何か書き物をして、こちらを見もしない。


 「あ! あれ、ドーシチ市のお屋敷にあったヤツだ」

 モーフが机の真ん中にある化け物の石像を指差すと、そいつは目を開けてこっちを見た。

 「小型のガーゴイルだよ。多分、商品にイタズラとかしなければ大丈夫だ」

 漁師の爺さんに言われ、モーフが手を下ろすと、ガーゴイルとやらは目を閉じて石像のフリに戻った。


 ねーちゃんが、本棚から一冊抜いて奥へ行く。

 店の爺さんは、やっとカウンターに出て来た。

 「この本は中級の魔道書だから、【思考する(フクロウ)】か【飛翔する梟】学派の徽章(きしょう)のない人には売れないよ」

 「はい。私、薬師(くすし)です」

 ねーちゃんが懐からいつもの鳥の首飾りを出すと、店の爺さんは途端にイイ笑顔になった。漁師の爺さんが、小さい宝石と傷薬一個払う。

 店の爺さんは、ニコニコ笑って小さい瓶をオマケにつけた。

☆魚の工場……「1498.戦時下の選挙」「1503.各方面の情報」参照

☆アカーント市の虹色の商店街……「1347.アカーント市」「1348.魔法の糸相場」「1352.繊維産業の街」参照

☆ドーシチ市のお屋敷にあったヤツ……「230.組合長の屋敷」「239.間接的な報道」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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