1506.潜在需要発掘
商店街に来たついでに電器屋も探したが、ホールマ市は、ゼルノー市よりずっと少なかった。
呪符屋はあちこちに散らばって何軒もあるが、電器屋は一軒しかなく、品揃えもよくない。ピナたちが午後から調べに行く別の商店街も、同じ可能性が高かった。
よく見ると、商店街には街灯もない。
……魔法の【灯】があれば、電気いらないもんな。
電柱はあるが、あの架線は全て電話線かもしれない。素人のレノには、電線を見ても、それが電気用か電話用かわからなかった。
先程の電器屋には、ラジオとレコード再生機、テープレコーダーなどの音響機器の他、冷蔵庫と冷凍庫、延長コード、レコーダー用のテープ、電池しかなかった。
「冷蔵庫の代わりになる魔法ってないんですね?」
「あるよ」
レノが電器屋から充分離れてから聞くと、ラゾールニクが即答した。
「あるのに冷蔵庫あるんですか?」
「うん。【家守る鸛】学派の術。【保存】や【氷室】がそうだ。単に氷柱とか作るだけなら、【急降下する鷲】学派にもあるけど、保存向きじゃないな」
「いえもるこうのとりって初めて聞きました」
「男はほぼ関係ないからな」
「関係ない……?」
レノとソルニャーク隊長の驚きと疑問が重なる。
「出産に関する医術と高度な家事の術。身体的条件に出産経験と産んだ子供の人数を要求する術が多いから、術者が少ないんだ」
「アウェッラーナさんやセプテントリオー呪医たちとは逆なんですね」
「成程な。それでは男には無理だ」
力なき民二人が納得すると、ラゾールニクはニヤリと笑った。
「ところがどっこい。男も出産できる術があるんだ」
「えぇッ?」
アナウンサーのジョールチも知らなかったらしく、勢いよく振り向いた。
「妊婦が亡くなって、胎児がまだ生きてる時、【家守る鸛】学派には【子産す父】って、実父に胎児を移して続きを育てさせて、産ませる術があるんだ」
「え……えぇ……?」
レノは何をどうすれば、そんなコトが可能になるのか想像もつかなかった。
「その術で子供を産んだ男性も、出産経験だけが条件の術は使えるようになる」
「子供の人数は考慮されないのか?」
ソルニャーク隊長が、鋭く切り込む。
「俺もその辺、詳しく知らないんだけど、考慮って言うか、誰かが禁止してるとかじゃなくて、身体的な条件を満たさない人だと、呪文を正しく唱えても、発動しないんだよ」
「魔力があっても無理なのか」
「そう。何か新しい術を作った後で、色んな条件の人が試した結果、この条件を満たす人だけが使えるってわかって来るモンなんだ」
レノと隊長は、唸るしかなかった。
……そう言えば、天気予報の歌も、元の呪歌は雨の日に生まれた人じゃないと、雨が降らないらしいな。
「常命人種には、【家守る鸛】学派の徽章を持ってる人が、ほぼ居ない」
「えっ? どうしてです? 子供居る人は、使えるんですよね?」
レノは次々と予想外のことを言われ、困惑した。
「出産して家事しながら、結婚前に修めた学派とは全然別の専門的で高度な内容の学派を勉強し直すのって、大変だよ?」
「あッ……!」
言われてみれば、当たり前の話だ。
両親はパン屋の仕事と家事が忙しかったが、二人とも半世紀の内乱による戦災孤児だ。
レノはが小さい頃の記憶は殆どないが、ピナとティスが小さい頃は、レノも子守りを手伝った。近所の人たちも何かと手を貸してくれ、クルィーロの両親も、育児の一年先輩として、何くれとなく助けてくれた。
「長命人種の人だって、先に修めた学派に追加でって人は、なかなか居ない。便利な術があっても、使える人が少なかったら、機械を使おうってなって当然だ」
掃除機がなくても箒とチリトリで代用できるが、冷蔵庫はそうもゆかない。
「冷蔵庫がない時代は【操水】で水抜いて乾物にするしかなかったんですね」
「多分ね」
ラゾールニクが視線を向けると、ジョールチは頷いた。五十代の彼も、冷蔵庫の発明後に生まれたが、半世紀の内乱中は、電力の供給が途絶えがちで、使えなかったのだろう。
……そっか。防壁が復旧しても、発電所とかが元通りになんないと、帰れないんだ。
レノは、故郷のゼルノー市に帰れる日が、ずっと遠くなった気がした。
ラゾールニクが六軒目の呪符屋に入った。
「こんにちはー。【耐寒符】ってあります?」
「すまんな。ウチは置いてないんだ」
「じゃあ、作ってもらうのは?」
カウンター越しに先の五軒と同じ問答が繰り返される。
ここの店主も、緑髪の頭を左右に振った。
「作り方がわからんのでな」
「見本があったら、作れます?」
「見本と、紙か何か書く物とインクの素材が何かわからんことには無理だな」
レノは、何度も目にした表情で、ここも無理かと徒労感を覚えた。
「じゃあ、それ、全部揃えて持って来るんで、作ってもらえます?」
「用意できるのかい?」
六軒目の店主は、他の店主とは違う表情でカウンターに身を乗り出した。
ラゾールニクが念を押すと、店主は頷いた。
「リャビーナから買出しに来る人らにも、よく聞かれるんでな。あれば、幾らか売れるだろう」
「まだ人数は少ないけど、仕事持ってる仮設の住民も買えますよね」
「ん? あぁ、そうだな。あんたら、どこの仮設だい?」
「俺たちは移動販売店の者です。仮設で御用聞きしたら、そこそこ需要あったんで、呪符屋さんに見本と素材卸した方がいいかなって」
店主は肩を揺すって笑った。
「こいつぁやられた! 売り込みだったか」
「作ってもらえるんですよね?」
「簡単なら、仮設の人に内職させるけどな」
店主が真顔に戻り、ラゾールニクがレノを振り返る。
意外に思ったが、顔には出さず、移動販売店プラエテルミッサの店長として、レノは数量と価格の交渉をした。
☆ピナたちが調べに行った別の商店街……「1503.各方面の情報」参照
☆アウェッラーナさんやセプテントリオー呪医たちとは逆……「0108.癒し手の資格」「632.ベッドは一台」参照
☆天気予報の歌……「170.天気予報の歌」、元の呪歌「178.やさしき降雨」「0220.追憶の琴の音」参照
☆二人とも半世紀の内乱による戦災孤児……「596.安否を確める」参照




