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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

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1504.陸の民の候補

 唯一の陸の民候補は、ナウチールスと言う呼称の男性だ。

 それどころか、ホールマ市の市会議員選挙史上初だろう。


 選挙公報によると、年齢は四十六歳。ネーニア島のガルデーニヤ市出身だ。空襲から身ひとつで、ネモラリス島東部のホールマ市まで逃れてきた。

 役所と銀行の手続きを経て、身分証と預金通帳の再発行ができたようだ。現在は無職で仮設住まいだが、立候補に必要な供託金を払える経済力があった。


 ……落ちたら没収されるのに強気だなぁ。


 レノは昨夜、アナウンサーのジョールチに教わったことを思い出した。選挙事務所がある仮設住宅へ向かう道すがら、ナウチールス候補の人物像を思い描く。

 選挙公報からわかるのは、力なき陸の民なのと、ガルデーニヤ市に居た頃、バス会社に勤めたことだ。運転士なのか、他の仕事なのか、職種まではわからない。

 レノは、バス会社にどんな部署があるか知らず、全く想像もつかなかった。


 ……俺ってホント何も知らないんだな。


 こんなコトなら、もっと勉強しておけばよかったと、何度目かわからない後悔が首をもたげる。

 中学と高校で、それぞれ少しずつ、色々な職業について学ぶ授業があった。

 レノは、パン屋にしかならないのだから、聞いても仕方がないと思い、他の授業で出された課題をして時間を潰した。


 何故、他の仕事を知ろうともしなかったのか。


 後悔に押し潰され、ナウチールス候補について考えるどころではなくなった。はぐれないよう、ジョールチとラゾールニクについて行くだけで精一杯だ。

 「具合でも悪いのか?」

 「えっ? い、いえ、大丈夫です」

 「そうか」

 隣を歩くソルニャーク隊長に気遣われ、レノは背筋を伸ばした。



 ナウチールス候補は、今回、唯一の陸の民候補だ。

 警戒されないよう、陸の民だけで会いに行く。四人ともホールマ市の市会議員選挙の有権者ではない。移動販売店の御用聞きとして、情報収集するのだ。


 市役所最寄りの【跳躍】許可地点までは、ジョールチとラゾールニクに跳んでもらった。昨日とは反対方向にある高校を目指す。

 車道を行くのは業務用車両ばかりだ。

 道沿いの民家は、庭付き一戸建てが多いが、車庫付きの家は一軒もなかった。


 様々な髪色の者を見掛けたのは、商店街と仮設住宅周辺だけだ。そこを少しでも離れると、緑髪だけになり、黒、茶、金髪の四人は周りから浮いた。

 「おかーさーん、アタマー」

 「しッ! 指差しちゃいけません!」

 緑髪の母親が、レノたちを指差した幼児を抱き上げ、足早に去る。


 ……そりゃまぁ、生まれて初めて見たんだろうけどさ。


 レノは、何とも言えない気持ちで緑髪の母子を見送った。



 高校の校庭は、半分が仮設住宅で埋まる。工事現場によくある白い遮音壁がプレハブを囲み、体育の授業と国内避難民の生活を隔てる。

 「こんにちはー。こちらにナウチールス候補の選挙事務所があるって聞いて来たんですけど」

 ラゾールニクが老人に声を掛ける。老人は、洗濯物を握った手を左に振った。

 「集会所の隅っこだ」

 「ありがとうございます」

 レノとラゾールニクが同時に言い、四人は物干し竿の間を縫って奥へ向かった。


 集会室の戸に「市会議員候補ナウチールス事務所」と油性マジックで書いた紙が貼ってある。よく見ると、カレンダーの裏だ。

 選挙ポスターの(たぐい)は市役所周辺で見た限り、どれも色褪せ、どの候補者も新しい物は刷れなかったようだ。だが、こんな物まで節約しなければならないナウチールス候補の窮状に胸が痛んだ。


 「ごめん下さーい。移動販売店の者です。ご入り用の品、ありませんか?」

 ラゾールニクがノックに続き、返事も待たずに戸を開ける。四人は集会室に身を滑り込ませ、素早く戸を閉めた。

 ここも、内職の作業場だ。

 奥の一角が段ボールで仕切られ、男性が黒電話で話す。


 編み物の手を止め、女性が聞く。

 「移動販売? 売り物はどこ?」

 「漁協の駐車場にトラック停めさせてもらってます」

 「パンとか食料品が中心ですけど、【耐寒符】とか住宅用の呪符もありますし、他のも、三日くらいいただけたら、仕入れますよ」

 レノの一言にラゾールニクが付け足した。


 呪符を書く手を止め、年配の女性が肩を回して言う。

 「どうせ、高くて買えないに決まってるじゃない」


 レノとラゾールニクが、ここの住人相手に昨日の仮設と同じ遣り取りを繰り返し、ジョールチが無言でメモを取る。ソルニャーク隊長も、何かをメモしながら、電話の男性を窺う。


 「ここ、電話あるんですね」

 「選挙用にリャビーナの慈善団体の人が、あっちで募金集めて、臨時のを引いてくれたんだ」

 「役所の連絡とか、俺らも(たま)に貸してもらうんだ」

 「役所へ行って戻るだけで一日仕事になるから、すっごく助かってるの」

 「選挙終わるまでだから、来月で終わりだけどな」


 奥の男性が受話器を置き、こちらを見た。仮設の住民が笑顔で会釈する。

 ソルニャーク隊長が一歩前に出た。

 「あなたが、ナウチールス候補ですか?」

 「はい。あの、あなた方は?」


 住民が移動販売だと説明し、ホールマ市唯一の陸の民候補はやや緊張を解いた。

 ソルニャーク隊長が、ニコリともせず言う。

 「選挙で必要な事務用品なども調達可能です」

 「欲しい物はたくさんあるんですが、何せ、資金が……」

 「あー……供託金で」

 ラゾールニクがわかった風な顔で頷くと、ナウチールス候補は苦しげに(うつむ)いた。

 「いえ、あれも、電話も、リャビーナの慈善団体の方々が、寄付を集めて下さって……みなさんの善意を無駄にしない為にも、この選挙、負けられないんです」

 「ですよねー。ガルデーニヤでも出馬したコト、あるんですか?」

 ラゾールニクが軽やかに聞くと、ナウチールス候補は顔を上げた。

☆ガルデーニヤ市/空襲……「756.軍内の不協和」~「759.外からの報道」参照

☆役所と銀行の手続きを経て、身分証と預金通帳の再発行……「0104.身の証なき者」「564.行き先別分配」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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