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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

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1543/3514

1503.各方面の情報

 レノたち三人は、小中学校の校庭と、別の駐車場も回ったが、ホールマ市内の仮設住宅の状況は、どこも似たり寄ったりの窮状だ。

 そして、どの仮設にも、それと知らず、キルクルス教の聖句の断片を口にする者が居た。


 ……湖の民しか居ないから、星の(しるべ)が入り込む余地なんてないと思ったのに。



 日が傾き始め、ジョールチの【跳躍】で商店街まで戻った。

 移動放送局のトラックを停めさせてくれた漁協には、力なき民にもできる仕事があるが、どこの仮設住宅からも遠い。

 「折角、仕事があっても、通勤できなかったら、ないのと同じなんですね」

 「そうですね」

 ジョールチが、疲れた声でレノに同意した。



 やや遅くなった夕飯後、それぞれ得た情報を報告し合う。

 まずは、西の商店街へ物価などの調査に行った組が話す。


 「この街のパン屋さんって、緑青(ろくしょう)パンしか売ってないみたいでした」

 「それでリャビーナのボランティアが、わざわざパンとか持って来ンのか」

 ピナの報告にラゾールニクがポンと膝を打った。


 魔哮砲戦争の開戦前から住むホールマ市民は、ほぼ全てが湖の民だ。呪医セプテントリオーが知る旧王国時代の住民構成から、大して変わらないのだとわかった。


 緑青パンの製造には、専用の設備と免許が必要だ。設備を陸の民用のパンと共用すれば、銅の混入で陸の民に健康被害が起きかねない。

 実家の椿屋には、そのどちらもなく、レノは陸の民と湖の民、両方が食べられるパンしか作ったことがなかった。



 パドールリクと老漁師アビエースが、主要品の物価や品揃えを語る。どうやら、東の商店街と大差ないらしい。

 「電器屋さんはいかがでしたか?」

 アナウンサーのジョールチから質問が出て、ピナ、パドールリク、アビエースが顔を見合わせた。

 「電器屋さん……ありましたっけ?」

 大人二人が手帳を(めく)る。


 「見落としたかもしれませんね」

 「また明日、見に行きましょうか?」

 「お願いします。暖房器具など、力なき民の生活必需品の有無と、あれば、その値段と台数も見て下さい」

 「生活必需品……?」

 緑髪のアビエースが、陸の民のピナとパドールリクを見る。


 「この街で必要なかった品物が、国内避難民の流入後、仕入れられるようになったかを調べるのですね」

 「はい。お願いします。国内製造は厳しい状況が続きますが、この辺りは、湖東地方から仕入れやすいので」

 「仕入れねぇ電器屋は、イケズってワケか」

 メドヴェージが苦笑すると、DJレーフが半笑いで言った。

 「逃げて来た人たちがおカネ持ってて、買えるんなら仕入れるだろうけど、身ひとつで逃げて素寒貧(すかんぴん)だったら、売れないから仕入れないよ」

 「あーあーあー……地元民は絶対買わないし、仕入れもタダじゃないもんなー」

 ラゾールニクが芝居掛かった表情で頷いた。



 「漁協の作業場も、暖房なくて寒かったもんね」

 「えっ? あれって、あったかくしたらお魚(いた)んじゃうから、わざと冷蔵庫くらい寒くしてると思ってた」

 ティスが呟くと、アマナが驚きの声を上げた。


 老漁師アビエースが、妹の薬師(くすし)アウェッラーナに聞く。

 「そっちはどうだった?」

 「(さば)くのと鱗取りの他にも、香草を刻んだり、塩の計量、揉み込み……魔法が使えなくてもできる作業がたくさんあったけど」

 「仮設がみんな遠いから、力なき陸の民を雇ってあげられないって言ってた」

 ティスが言うと、DJレーフが簡易テントの外を見回して言った。

 「この駐車場、毎朝トラックとかの出入り激しくて、ここに仮設建てンの無理そうだもんな」

 「おばさんたちもそう言ってました」

 アマナが肩を落とした。


 「住み込みの仕事増やすって、公約出した候補者が居るけど、ここは住めなさそうだよな」

 レノは【灯】の消えた漁協の建物に目を遣った。

 クルィーロが眉を(しか)める。

 「住み込み? 住宅補助とかじゃなくて?」

 「候補者の一部が、アパートの新築費用に補助金を出す公約を掲げましたが」

 ジョールチが答えると、ソルニャーク隊長が頷いた。

 「今日回った不動産屋はいずれも、力なき民が入居可能な物件を全く持っていなかった。安全に住まわせるには、新築する他あるまい」

 「自力で家賃払えないし、平和になったら地元に帰る率高そうだし、そんな仮の宿に投資できる人って、居ると思う?」

 ラゾールニクに聞かれ、ソルニャーク隊長だけでなく、クルィーロとパドールリクも、首を横に振った。


 建材も人手も、ネーニア島の復旧・復興事業に取られて足りず、確保するには多額の資金が必要だ。

 元々財政が厳しいホールマ市には、負担しきれない可能性が高かった。



 「漁協のおばちゃんたちがね、陸の民の人たちは気の毒だけど、何がどう困ってるかわかんないって言ってました」

 「仕事がなくて困ってるのは知ってるけど、漁とかは危ないからムリだし、どうやって助けたらいいかわかんないって」

 アマナが言うと、ティスが付け足して大人たちを見回した。


 ……ホントだったら、もうすぐ中学生なんだよな。


 レノは、いつの間にかしっかりした妹を複雑な思いで見た。

 足留めされた農村の小中一貫校で、五年生の授業を少しおさらいさせてもらえただけだ。麻疹(はしか)の発生後は休校し、魔法薬作りの手伝いもあって、勉強どころではなくなってしまった。


 教科書は手に入ったが、自学自習ではどうしても限界がある。

 レノは、不便でも、先行きの見通しが全く立たなくても、子供の学校云々でここから動かない人たちの気持ちが、痛い程よくわかった。



 「明日、陸の民の候補者に会いに行こうと思います」

 「そんな急に行って、ホイホイ会えるモンか?」

 ジョールチが言うと、葬儀屋アゴーニが眉間に縦皺を刻んで唇を歪めた。

 「選挙事務所の場所は控えました。彼にはアシがないので、演説もそう遠くまで行けないでしょう」


 支持者もほぼ、力なき陸の民だ。

 周辺の仮設住宅を回って、住民に聞けば、すぐ追いつけるだろう。


 レノはこっそり溜め息を()いた。

☆緑青パンの製造には、専用の設備と免許が必要……「389.発信機を発見」参照

☆この駐車場、毎朝トラックとかの出入り激しく……「1497.ホールマ商圏」「1499.知らないこと」参照

☆足留めされた農村の小中一貫校で、五年生の授業を少しおさらい……「1051.買い出し部隊」「1052.校長の頼み事」参照

麻疹(はしか)の発生後は休校……「1242.蓄えた備えで」参照

☆魔法薬作りの手伝いもあって、勉強どころではなく……「1271.疲弊した薬師(くすし)」参照

☆教科書は手に入った……「1021.古本屋で調達」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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