1503.各方面の情報
レノたち三人は、小中学校の校庭と、別の駐車場も回ったが、ホールマ市内の仮設住宅の状況は、どこも似たり寄ったりの窮状だ。
そして、どの仮設にも、それと知らず、キルクルス教の聖句の断片を口にする者が居た。
……湖の民しか居ないから、星の標が入り込む余地なんてないと思ったのに。
日が傾き始め、ジョールチの【跳躍】で商店街まで戻った。
移動放送局のトラックを停めさせてくれた漁協には、力なき民にもできる仕事があるが、どこの仮設住宅からも遠い。
「折角、仕事があっても、通勤できなかったら、ないのと同じなんですね」
「そうですね」
ジョールチが、疲れた声でレノに同意した。
やや遅くなった夕飯後、それぞれ得た情報を報告し合う。
まずは、西の商店街へ物価などの調査に行った組が話す。
「この街のパン屋さんって、緑青パンしか売ってないみたいでした」
「それでリャビーナのボランティアが、わざわざパンとか持って来ンのか」
ピナの報告にラゾールニクがポンと膝を打った。
魔哮砲戦争の開戦前から住むホールマ市民は、ほぼ全てが湖の民だ。呪医セプテントリオーが知る旧王国時代の住民構成から、大して変わらないのだとわかった。
緑青パンの製造には、専用の設備と免許が必要だ。設備を陸の民用のパンと共用すれば、銅の混入で陸の民に健康被害が起きかねない。
実家の椿屋には、そのどちらもなく、レノは陸の民と湖の民、両方が食べられるパンしか作ったことがなかった。
パドールリクと老漁師アビエースが、主要品の物価や品揃えを語る。どうやら、東の商店街と大差ないらしい。
「電器屋さんはいかがでしたか?」
アナウンサーのジョールチから質問が出て、ピナ、パドールリク、アビエースが顔を見合わせた。
「電器屋さん……ありましたっけ?」
大人二人が手帳を捲る。
「見落としたかもしれませんね」
「また明日、見に行きましょうか?」
「お願いします。暖房器具など、力なき民の生活必需品の有無と、あれば、その値段と台数も見て下さい」
「生活必需品……?」
緑髪のアビエースが、陸の民のピナとパドールリクを見る。
「この街で必要なかった品物が、国内避難民の流入後、仕入れられるようになったかを調べるのですね」
「はい。お願いします。国内製造は厳しい状況が続きますが、この辺りは、湖東地方から仕入れやすいので」
「仕入れねぇ電器屋は、イケズってワケか」
メドヴェージが苦笑すると、DJレーフが半笑いで言った。
「逃げて来た人たちがおカネ持ってて、買えるんなら仕入れるだろうけど、身ひとつで逃げて素寒貧だったら、売れないから仕入れないよ」
「あーあーあー……地元民は絶対買わないし、仕入れもタダじゃないもんなー」
ラゾールニクが芝居掛かった表情で頷いた。
「漁協の作業場も、暖房なくて寒かったもんね」
「えっ? あれって、あったかくしたらお魚傷んじゃうから、わざと冷蔵庫くらい寒くしてると思ってた」
ティスが呟くと、アマナが驚きの声を上げた。
老漁師アビエースが、妹の薬師アウェッラーナに聞く。
「そっちはどうだった?」
「捌くのと鱗取りの他にも、香草を刻んだり、塩の計量、揉み込み……魔法が使えなくてもできる作業がたくさんあったけど」
「仮設がみんな遠いから、力なき陸の民を雇ってあげられないって言ってた」
ティスが言うと、DJレーフが簡易テントの外を見回して言った。
「この駐車場、毎朝トラックとかの出入り激しくて、ここに仮設建てンの無理そうだもんな」
「おばさんたちもそう言ってました」
アマナが肩を落とした。
「住み込みの仕事増やすって、公約出した候補者が居るけど、ここは住めなさそうだよな」
レノは【灯】の消えた漁協の建物に目を遣った。
クルィーロが眉を顰める。
「住み込み? 住宅補助とかじゃなくて?」
「候補者の一部が、アパートの新築費用に補助金を出す公約を掲げましたが」
ジョールチが答えると、ソルニャーク隊長が頷いた。
「今日回った不動産屋はいずれも、力なき民が入居可能な物件を全く持っていなかった。安全に住まわせるには、新築する他あるまい」
「自力で家賃払えないし、平和になったら地元に帰る率高そうだし、そんな仮の宿に投資できる人って、居ると思う?」
ラゾールニクに聞かれ、ソルニャーク隊長だけでなく、クルィーロとパドールリクも、首を横に振った。
建材も人手も、ネーニア島の復旧・復興事業に取られて足りず、確保するには多額の資金が必要だ。
元々財政が厳しいホールマ市には、負担しきれない可能性が高かった。
「漁協のおばちゃんたちがね、陸の民の人たちは気の毒だけど、何がどう困ってるかわかんないって言ってました」
「仕事がなくて困ってるのは知ってるけど、漁とかは危ないからムリだし、どうやって助けたらいいかわかんないって」
アマナが言うと、ティスが付け足して大人たちを見回した。
……ホントだったら、もうすぐ中学生なんだよな。
レノは、いつの間にかしっかりした妹を複雑な思いで見た。
足留めされた農村の小中一貫校で、五年生の授業を少しおさらいさせてもらえただけだ。麻疹の発生後は休校し、魔法薬作りの手伝いもあって、勉強どころではなくなってしまった。
教科書は手に入ったが、自学自習ではどうしても限界がある。
レノは、不便でも、先行きの見通しが全く立たなくても、子供の学校云々でここから動かない人たちの気持ちが、痛い程よくわかった。
「明日、陸の民の候補者に会いに行こうと思います」
「そんな急に行って、ホイホイ会えるモンか?」
ジョールチが言うと、葬儀屋アゴーニが眉間に縦皺を刻んで唇を歪めた。
「選挙事務所の場所は控えました。彼にはアシがないので、演説もそう遠くまで行けないでしょう」
支持者もほぼ、力なき陸の民だ。
周辺の仮設住宅を回って、住民に聞けば、すぐ追いつけるだろう。
レノはこっそり溜め息を吐いた。
☆緑青パンの製造には、専用の設備と免許が必要……「389.発信機を発見」参照
☆この駐車場、毎朝トラックとかの出入り激しく……「1497.ホールマ商圏」「1499.知らないこと」参照
☆足留めされた農村の小中一貫校で、五年生の授業を少しおさらい……「1051.買い出し部隊」「1052.校長の頼み事」参照
☆麻疹の発生後は休校……「1242.蓄えた備えで」参照
☆魔法薬作りの手伝いもあって、勉強どころではなく……「1271.疲弊した薬師」参照
☆教科書は手に入った……「1021.古本屋で調達」参照




