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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

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1542/3518

1502.両者の隔たり

 公園での昼食後、レノたち三人は、ホールマ市役所周辺の仮設住宅を回った。


 ここも他所と同じで、プレハブ本体には何の術も掛かっておらず、【魔除け】や【耐寒】などの呪符が部屋毎に必要だ。


 主にラゾールニクが住民に声を掛け、レノは彼の補助、アナウンサーのジョールチは記録係に徹して無言でメモを取る。

 「こんにちはー。俺たち、今、漁協の駐車場に来てる移動販売店なんですけど、ご入用の品、ありませんか?」

 「移動販売店?」

 「欲しい物は色々あるけど、なんせ、おカネがないからねぇ」

 「いいから早く戸を閉めとくれ。寒いったらありゃしない!」

 老婆が毛糸の肩掛けで我が身を包み、ラゾールニクを睨んだ。


 三人は集会室に入り、戸をしっかり閉めて向き直った。

 二十人ばかりの中高年が、呪符作りや編み物などの作業をするようだ。

 吐息が白くなる程ではないが、レノは身震いした。見回したが、ストーブなどの暖房器具は見当たらない。部屋の壁には、一枚の呪符もなかった。


 老婆が編み物を再開した。その手は(あかぎれ)だらけだ。


 「移動販売店で、何を売ってるんだ?」

 男性が、呪符を書く銀のペンを置き、両手を擦り合わせて温めながら聞く。

 レノが店長として応えた。

 「パンとクッキーと香草茶、蔓草(つるくさ)細工です。それから、交換品で手に入った日用品とかも、少しあります」

 「ストーブはないのか?」

 呪符書きの男性が聞くと、他の者たちが口々に反対した。

 「品物だけあったって、おカネがないんだから買えないじゃないの」

 「電気ストーブはダメだぞ。なんせ、仮設に電気引いてないからな」

 「石油ストーブも、灯油が高くて買えないし……」

 「薪ストーブは、煙突がないから一酸化炭素中毒になって危ない」

 「って言うか、こんな街の中で使ったら、煙で近所迷惑よ」


 ジョールチとラゾールニクが、無言で顔を見合わせた。

 レノは、服の【耐寒】で守られた力ある民の二人にもわかるよう、自分の両肩をさすりながら言う。

 「ここ、暖房なくって寒いですよね。お部屋で作業なさらないんですか?」

 「ウチは子供がまだ小さいから、部屋で呪符書きの内職なんてできないよ」

 「大勢居るとこの方が、あったかいからね」


 ……えっ? 部屋にも暖房とか【耐寒符】とかないのか?


 レノは驚いた。

 「ここ、【耐寒符】もないんですか?」

 「何せ、カネがねぇからな」

 年配の男性が溜め息混じりにぼやく。


 「オバーボクとか北部の仮設は、見習いの職人さんが練習で作ったのとか、呪符を各部屋に配って雑妖や防寒の対策してましたけど」

 レノが言うと、呪符書きの内職をする者たちが、口々に声を上げた。

 「ここには、元々湖の民しか居ないから、【耐寒】とかを服や建物に組込む配列は知ってても、呪符にする配列は知らないんだとよ」

 「えっ? 呪文って、全部一緒じゃないんですか?」

 レノが驚くと、銀のペンを握った女性が、呪文入りの服を着たジョールチをチラリと見て言う。

 「私もこの内職するまで知らなかったんだけど、服も建物も立体でしょ? 平面の呪符とは、魔力の巡らせ方がそれぞれ全然違うって教えてもらったわ」

 「プレハブの建物は、材質の都合で無理って言われたし」

 「それ系の呪符って全部、力なき民向けだから、この街の呪符屋はどこも在庫がないし、作り方もわかんないんだってさ」

 年配の女性が吐き捨てると、ラゾールニクが額に手を当てて大袈裟に納得した。

 「あー……そっか。需要ないと、そうなっちゃうのかー」


 レノは、ジョールチを見た。【化粧】の首飾りで顔は変えたが、国営放送アナウンサーの彼が声を出せば、すぐ何者かバレてしまう。無言でペンを走らせ、手帳から目を離さなかった。


 「でも、隣のリャビーナには……」

 「あっちはもう、国内難民がいっぱいで、居場所なんてどこにもないよ」

 「呪符とかも、向こうの分だけで手いっぱい、こっちまで回せないって」

 「内職したら、十枚に一枚は手間賃としてもらえるから、頑張ってんだ」

 「古着や毛布は、リャビーナのボランティア団体が、ホールマの仮設にも分けて下さったので、まだ何とかなっていますけど」


 呪符や、呪印のない普通の夏服や冬服、毛布や毛糸、暖房器具などは、すべて力なき民向けの物品だ。

 元の住人が湖の民ばかりのホールマ市では、需要がないのだから、在庫どころか中古品すらなくて当然だ。

 リャビーナ市からホールマ市までの距離は近いが、(へだ)たりは大きかった。


 「じゃあ、衣類と寝具は足りてるとして、他に足りない物ってあります?」

 ラゾールニクが聞くと、仮設住まいの力なき民は、困った顔で御用聞きを見た。

 「何もかも足りんよ」

 「品物持って来てくれたって、何せ、おカネがないのよ」

 「この辺にゃ、力なき民でもできる仕事があんまりないし」


 「食べ物とかはどうしてるんです?」

 レノが聞くと、仮設の住民は、苦悩の色を濃くした。

 「平日は、商店街の人が売残りの野菜やらなんやらくれて、休日は、リャビーナのボランティア団体が持って来てくれるパンや堅パン、缶詰とかだよ」

 「料理したくても、電気とガスがないし、街の中で焚火なんてできないから」

 「それと、漁協の人たちが、焼魚とかくれる日もあるな」

 「どうしても栄養が(かたよ)るけど、食べられるだけマシよ」


 レノは、諦め混じりの答えに(ひる)んだが、思い切って聞いてみた。

 「難民キャンプには、行かないんですか?」

 「子供らを学校へ行かせてやりたいからね」

 「空襲で家財道具全部なくしても、知識って財産だけはなくならんからな」

 「役所のラジオで言ってたけど、難民キャンプには学校がないんでしょ?」

 「今はよくても、大人になってから困るじゃない」

 「外国じゃ、貯金取り崩して暮らすなんてムリだろ? 支店がないんだから」


 「()(ともしび)があれば、手に職もつけられる。学校に行けば、昼飯は給食が出る」

 レノはギョッとして、呪符の内職をする男性を見た。震えそうになる声を抑えて聞く。

 「ち……ちの、ともしびって、なんですか?」

 「知識は将来の進路を照らす光って(たと)えだな」

 「リャビーナのボランティアの人が言ってた」

 「上手いコト言うわよね」

 「それで、石にかじりついてでもここで頑張ろうって、呪符屋に頼み込んで内職の仕事取って来たんだ」


 レノが頷くと、ラゾールニクが話題を変えた。

 「料理は【炉】の呪符とか【炉盤(ろばん)】があれば、できそうですけどね」

 「ボランティアの人に魔力入れてもらって……?」

 女性たちは、諦めきった顔で肩を落とした。

 「鍋も何もないのにそれだけあったってねぇ」

 「暖房器具にもなりゃしない」


 ホールマ市の仮設住宅は、これまで見たどこよりも、力なき民への支援が足りなかった。

☆北部の仮設は、見習いの職人さんが練習で作ったのとか、呪符を各部屋に配って雑妖や防寒の対策……「820.連続窃盗事件」「0947.呪符泥棒再び」参照

☆魔力の巡らせ方……服の例「454.力の循環効率」参照

☆【炉盤】……「301.橋の上の一日」「1096.教育を変える」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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