1501.公約の問題点
公園のベンチで、今朝焼いたパンを食べる。
風は冷たいが、日の当たる所はあまり寒くなかった。
レノが公約の件を聞くと、ジョールチは難しい顔で手帳を開いた。
ラゾールニクも、片手で器用にタブレット端末をつつき、撮ったばかりの選挙公報を表示させる。
住み込みの仕事に補助金を出すとの公約は、湖水の光党の現職候補の一人が掲げたものだ。
「これ、家と仕事、両方一遍に解決できていいですよね」
ジョールチが手帳から顔を上げた。
「一見すると、よさそうな案ですが、まず、財源の問題があります」
「財源……」
「空襲でネーニア島の事業所が多数消滅し、連鎖倒産や住民の死亡、国外への難民流出などで、国の税収が落ち込みました」
悲しげな眼が、眼鏡の奥からレノを見詰める。
「急増した戦費と防壁などの復旧、魔獣の駆除費用などで支出が嵩み、国庫が逼迫しています」
「で、でも、この街には空襲がなくて、全然、無事ですよ?」
レノは、両親から店の経理を学んだ時、税金には、国税と地方税があると教えられた。
「地方財政も、半世紀の内乱からの復興予算で、元々余裕がありません」
「えっ? ここ、まだ復興できてなかったんだ?」
ラゾールニクが意外そうに見回す。
壊れた建物は一棟もなく、道路にも穴などない。三人が居る公園もキレイだ。
「インフラの復旧が終わっても、景気対策や福祉など、現在も継続する復興事業はたくさんあります」
「へぇー、流石、ベテランアナウンサーは物識りだなぁ」
ラゾールニクが感心する。
……見た目通り、内乱後生まれなのかな?
「仮にその予算が確保できたとしても、期間中に景気が回復しなければ、雇用を継続できなくなります」
「最初から補助金目当てで、即ポイ捨ての悪徳業者も居そうだよな」
「あッ……!」
レノは、思いもよらない政策の問題点を次々指摘され、自分の考えの甘さを思い知らされた。これでは、平和な頃に投票した候補の選択も、間違いだったかもしれない。
「補助金の打切りと同時に解雇された場合、住み込み労働者とその家族は、収入と住まいを同時に失います」
「あぁー……仮設に戻れたらいいけど、撤去してたら……野宿、かな?」
ラゾールニクが頬を引き攣らせた。
ジョールチが頷く。
「駐車場の地主にも生活があります。いつまでも役所に無料や格安で、仮設住宅用の土地を貸せませんし、配送のトラックを停められる所が少ないのは、交通安全の面でも問題です」
「子供の学校や、持病で定期的に通院しなきゃなんないとか、難民キャンプに行けない人は、絶対、難民輸送船に乗らないもんな」
「国からの予算配分が薄い分、地方で何とかしなければなりません。しかし、人口四万程度の地方都市……しかも、元の住民がほぼ湖の民で、力なき民に必要なインフラが未整備ですから、このまま五千人もの力なき民を抱える続けるのは、非常に困難です」
「あぁー……それもあるんだよなぁ」
レノは、力ある民の遣り取りに呆然とした。
湖の民だけが暮らす地域では、レノたち力なき陸の民の存在そのものが、地元民の「負担」になるのだ。
「えっと……仮設の近くにある飲食店で働いて、賄いで一食食費が浮くから、その分、貯金して、安いアパートに引越しとかだったら、敷金の補助一回だけで助かる人、多そうですけど」
ジョールチは、レノの思い付きに最後まで黙って耳を傾けて言った。
「ホールマ市に流入した力なき民の内、就労できたのは、ほんの一握りです。支払い能力のない層の為に銅中毒予防の設備投資をする余裕のある店舗は、決して多くないでしょう」
「あッ……!」
湖の民ばかりの土地では、飲食店で提供するメニューに緑青料理が多いのだ。
レノは、ネモラリス島北部の村人が、移動放送局の為に炊き出しをした時、鍋を【操水】で何度も洗って、大変そうだったのを思い出した。
「ソルニャークさんとクルィーロ君が、不動産屋に行ってくれましたが、力なき民が入居可能な物件は、元々多くありません」
「あッ……!」
建物を守る各種防護の術を発動させるには、魔力が必要だ。
力ある民なら、帰って寝るだけで、建物に組込まれた【防火】【耐震】【耐寒】【魔除け】などの術を発動させられる。
だが、力なき民は、自分で【魔力の水晶】を買って、部屋の壁に設けられた「建物に魔力を充填する穴」に入れなければならない。
レノの実家の店舗兼住居もそうで、毎月、魔力の充填費用の負担が重かった。
「あッ……! ここ、力ある民しか住めない……とか?」
「その可能性が高いですね。力なき民向けの物件が、新築されたかもしれませんが、防壁で守られた土地には限りがあります」
「って言うか、平和になったら地元へ帰るのに、専用アパート、建てるかな?」
ラゾールニクが首を捻る。
「そっか……それに、住むとこあったら、貯金がある内に仕事しやすいとこに引越してますよね」
レノは、言う内にどんどん気持ちが沈んだ。
もしかすると、この街の【巣懸ける懸巣】学派の設計技師には、力なき民向け物件の設計経験がなく、図面を引ける人が居ないかもしれない。
考えれば考える程、ここには力なき民の居場所などないように思えてきた。
……カーメンシク市の方が、マシなのかな?
インフラ整備の都合で、力なき陸の民と湖の民の居住区が分かれ、露骨に貧富の差がある。
短い滞在期間中、陸の民と湖の民の意識に隔たりがあるのが垣間見えた。仮設住宅の設置場所も、力なき民の居住区が属する工場地帯だ。
レノは、パンの残りを口に入れたが、土塊のように味気なかった。




