0154.【遠望】の術
嵐に洗われ、二月十日の空が澄み渡る。
魔装兵ルベルは遙か南西の彼方、アーテル方面の警戒にあたる。
湖は穏やかで、旗艦オクルスの揺れは少ない。
水軍に転属してすぐ、艦に長く居ると、陸に上がっても揺れているように感じると知った。
……その環境に慣れると、元の環境に違和感を覚えるようになるんだよな。
ラキュス・ラクリマリス共和国は、半世紀の内乱を経て三国に分裂した。
ルベルの住むネモラリス共和国は、魔法文明寄りの両輪の国だ。
南隣のラクリマリス王国も両輪の国だが、魔道優遇政策を掲げ、ほぼ魔法文明国と呼んで差し支えない。
キルクルス教国として独立したアーテル共和国は、科学文明国となった。
ルベルが親世代から聞いた話では、元のラキュス・ラクリマリス共和国は、魔法と科学を半分ずつ使う両輪の国だったらしい。
……イイトコドリできるだろうし、元の方が便利だったんじゃないのか?
今日の空は平和だ。
雲ひとつない青空で機影も見当たらない。アーテル空軍は嵐を押しての出撃が堪えたのかもしれない。
元はひとつの国だった。
それが、三十年前に別の道を歩み、今、再び戦火を交える。
ネモラリス共和国は、ラクリマリス王国の湖上封鎖によって、アーテル共和国に水軍を向けられなくなった。強行突破すれば、ラクリマリスとも事を構える羽目になる。
ラクリマリス政府は今のところ、ネモラリス共和国に救援物資を送るなど、友好的な態度を示す。
……戦争、早く終わんないかなぁ。
こちらからは手出しできず、防戦一方だ。それでも、敵戦力は出撃する度に失われる。
この戦闘は、一兵卒のルベルの目にも無意味に映った。
アーテル共和国が開戦したのは、自治区民の救済が目的だと報じられた。
それが本当なら、キルクルス教徒をさっさとアーテルに引き渡してしまえばいいと思う。
中立を保つラクリマリス王国に仲介を頼めば、何とかなりそうな気がした。
ネーニア島のラクリマリス領と、アーテル領のランテルナ島は北ヴィエートフィ大橋で繋がる。
キルクルス教徒の引き渡しも、ラクリマリスにしてもらえれば、誰からも文句は出ないだろう。
「ご苦労、交替だ」
肩を叩かれ、集中が切れた。【索敵】の効力が失われ、ルベルの視線が甲板に戻る。
上官に敬礼し、異状ないことを報告する。笑顔で送り出され、ルベルは交替要員に【花の耳】を渡すと船室に退がった。
独房のように狭い部屋で一人になり、作りつけの寝台にごろりと寝そべる。
……戦果を挙げたのは、全部、新兵器だ。
それが何なのか、ルベルは報道発表以上のことは知らない。一度上官に聞いてみたが、はぐらかされてしまった。
もしかすると、彼も知らないのかもしれない。
ルベルは寝台に身を起こし、小声で【遠望】の呪文を唱えた。防空艦レッススが展開する水域に視線を飛ばす。
湖上封鎖の影響で民間船の姿は一隻もない。鏡のような湖上で、味方の艦を発見するのは容易かった。
豆粒のように見えた船影に【遠望】の眼を寄せる。
……何だこりゃ?
☆水軍に転属……「0144.非番の一兵卒」参照
☆ラキュス・ラクリマリス共和国は半世紀の内乱を経て三国に分裂……「0001.内戦の終わり」参照
☆ラクリマリス王国の湖上封鎖……「0127.朝のニュース」「0144.非番の一兵卒」参照
☆ネモラリスに救援物資を送る……「0144.非番の一兵卒」参照
☆アーテル共和国が開戦したのは、自治区民の救済が目的……「0078.ラジオの報道」参照




