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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

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1499.知らないこと

 「ジョールチさん。掲示板とか見に行くの、俺もついてっていいですか?」

 「私は構いませんよ」

 レノが思い切って話を戻すと、ジョールチは助かったとばかりに即答した。


 「俺、もっといろんなコト勉強したいんで、よろしくお願いします」


 ついさっき、葬儀屋アゴーニから、食品関連に集中してくれた方が有難いと言われたばかりだが、ポスターなんて大きな物を見落とすようでは、てんでハナシにならない。

 何に注意して街を見ればいいか、情報収集の視点を増やしたかった。



 「では、私とクルィーロ君で、力なき民が入居可能な物件があるか、不動産屋を回ろう」

 「えッ? ここに住むの?」

 アマナが素早く父と兄を見て、ソルニャーク隊長に視線を定めた。

 「陸の民……特に力なき民の定住状況を調べるだけだ」

 「あ、お兄ちゃんは写真係なんですね」

 クルィーロが、ホッとした妹に苦笑する。

 「俺だって、物件情報くらい読めるよ」

 「クルィーロ、一人暮らししたかったのか?」

 パドールリクが意外そうに聞く。


 実家のパン屋を継ぐ筈だったレノは勿論(もちろん)、工場勤務のクルィーロも、ずっと実家暮らしだった。

 レノは、不動産屋の店頭に掲出される物件情報をじっくり見たことがない。通りすがりに何となく視界に入る風景の一部でしかなかった。


 ……やっべ。俺、物件情報の読み方、全然わかんないや。


 間取図とか言う部屋の設計図的なものなら、見覚えがある。だが、あの図面に書いてあるたくさんの記号の意味は、全く知らない。どこをどう見れば、居心地のいい部屋と、不便な部屋を見極められるのか、全くわからなかった。



 レノの焦りを他所に幼馴染の父子は話を続ける。

 「違うよ。会社の先輩に物件探しを手伝わされただけだよ」

 「物件探しの手伝い? 何をしたんだ?」

 「結婚決まったから、新居探すの手伝ってくれって、婚約者さんが書いた条件のメモ渡されたんだ。で、俺と先輩入れて五人で手分けして、不動産屋さん回っただけだよ」

 「そんなコトしてたのか」

 パドールリクが苦笑する。


 「お昼奢ってくれたし、俺も将来、結婚する時の参考になるかなって」

 クルィーロの顔が暗くなる。

 開戦前から特に浮いた話はなかったが、今は自分たちの暮らしが浮草で、結婚など考えるのも無理だ。

 たくさんの街を訪れ、大勢の人と出会って別れたが、その視点で「公開生放送や物販のお客さん」を見る発想すらなかった。


 ……読み方、後でクルィーロに教えてもらおう。


 レノは気持ちを切り替えて、夕飯の後片付けをした。



 夜明け前。

 まだ星が瞬く時間に(おろし)と仕入れの喧騒が始まった。

 日が昇る頃、魚の取引を終えた保冷トラックが去り、再び静かになる。


 昨夜、この世の終わりのようにしょんぼりだったモーフは、レノがパンを焼く匂いで、いつもの元気を取り戻した。

 メドヴェージは、いつものようにモーフをイジらず、嬉しそうに見守る。


 ……魚の内臓(まみ)れ……か。


 想像しただけでキツい絵面(えヅラ)だ。

 ラキュス湖の魚は、内臓に銅を蓄積したものが多く、レノたち陸の民には食べられない。

 逆に湖の民は、手軽に美味しく銅を補給できる健康食品として、魚の(はらわた)を塩と香草で漬け込んだ瓶詰や、アラ煮の缶詰を好んで食べる。


 ……ま、元気になってよかったよ。



 何事もなかったかのように朝食を終え、今日は五組に分かれて活動する。

 レノ、ジョールチ、ラゾールニクは役所へ選挙の情報収集。アビエース、ピナ、パドールリクは、西の商店街で物価などの調査に出掛け、クルィーロとソルニャーク隊長は、昨日、レノたちが行った東の商店街で、不動産情報の調査だ。

 アウェッラーナとティス、アマナは、水産加工場で、おばさんたちを手伝うついでに地元の話を聞くと言う。

 残りは、昨日集めた情報メモや新聞記事の整理だ。


 何となく、みんなの目がモーフに向く。


 「俺、中でカゴ作っとく」

 モーフは、とぼとぼトラックの荷台に引っ込んだ。

 葬儀屋アゴーニが緑色の頭を掻く。

 「元気なのは、メシ時だけか」

 「まだ引きずってやがンのか」

 メドヴェージも肩を落とした。


 「工場の人にキツく当たられたんですか?」

 レノが聞くと、昨日、モーフと一緒に作業した三人は、首を横に振った。

 「逆にみなさん、やさしくしてくれました」

 「怪我ぁねぇか、スゲー心配されただけだ」

 「弁償してとかも、言われませんでしたよ」


 「引き続き、そっとしておくしかあるまい」

 ソルニャーク隊長の一言で、それぞれの用に散った。



 アナウンサーのジョールチが、ホールマ漁協の正門脇に立つ案内板を確認する。ラゾールニクは、タブレット端末で素早く地図を撮った。

 ホールマ市の官庁街は、漁協からかなり離れた所にある。

 「商店街の手前から、反対側までは私が【跳躍】します」

 「ここ、市バスとかなさそうだもんな」

 ラゾールニクが、ポケットから【魔力の水晶】を出して言う。

 「えっ? どうしてそう思うんです?」


 ジョールチが、歩きながら教えてくれた。

 「先程の地図には、バス停の記号がありませんでした。漁協など、大規模な事業所の前には、通勤用にバス停が設置される場合が多いのですが、ここにはありません」

 「地元民、湖の民が多いって言ってたし、【跳躍】と魚運ぶトラックで間に合うから、路線バスが要らないかもってコト」

 「じゃあ、力なき民は全然、住んでないんですね?」

 「ここ二年余りで急増したなら、路線の選定、車輌の調達、運賃の決定などが協議中の可能性があります」

 レノは、早合点をジョールチにやんわり修正され、頭を掻いた。



 ホールマ漁協から、商店街前の【跳躍】許可地点まで、東に歩く道すがら目を凝らしてみたが、バス停の看板はひとつもなく、走行中のバスも見掛けなかった。

 車道を走るのは、魚の絵が描かれた保冷トラックや、家畜運搬車、野菜の段ボールを満載した軽トラが多い。

 時々、リャビーナ方面から乗用車が来た。普通なら、通勤の時間帯だが、乗用車の数は、ゼルノー市の同じ時間帯よりずっと少ない。


 報道人と情報ゲリラの説明を頭に入れて見る街は、昨日とは全く別の場所に感じられた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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