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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

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1497.ホールマ商圏

 色々な立場の人たちから聞き取った情報をまとめると、どうやら、ネモラリス共和国の首都クレーヴェルは、クーデターを起こしたネミュス解放軍に掌握されたらしい。


 レノは、呪医セプテントリオーとの別れ際、一緒にアミトスチグマ王国の難民キャンプについて行こうか、気持ちが揺らいだ。


 以前より生活環境がよくなって、少し楽になったらしい。

 正式な学校はないが、難民の中に居る先生や元教員、大学生などが、集会室で勉強を教えてくれる。

 レノたちの調理や縫製の技術、バザーでの商売のコツは、重宝されるだろう。


 首都の内部がどうなったかわからない不安はある。

 それでも、やはり、クレーヴェルに行くと決めた。


 ……麻疹(はしか)のワクチンの原料仕入れて、首都の製薬工場で作らせて、科学の医師団を結成して、ネモラリス島の北の田舎へ予防接種に行かせるって、中の状態が落ち着いてて、それなりに余裕がないとムリだよな?


 それらを賄う資金が、どんな手段で調達されたか考え始めると、不安になる。

 レノは、考えたところで、実際に見てみないことにはわからない件について、考えるのをやめた。

 わからないのが不安の原因になるなら、行って確かめればいいのだ。


 ピナとティスも、西へ進むのに反対しなかった。


 呪医セプテントリオーは、難民キャンプの医療支援で抜けたが、情報ゲリラのラゾールニクは、もうしばらく一緒に居てくれると言う。

 クルィーロと同じで、特定の学派の徽章(きしょう)を持たない。彼も日常生活の用をこなす【霊性の鳩】学派なのだろうが、魔法使いが一人増えれば、それだけでも心強い。



 今朝、移動放送局プラエテルミッサの一行は、ウーガリ古道から湖岸沿いの国道へ降り、ホールマ市内に入った。

 リャビーナ市よりずっと小さな街だが、防壁は厚く、見るからに堅牢だ。


 「ホールマも、かなり古くからある街ですよ」

 アナウンサーのジョールチが教えてくれたが、劣化を防ぐ術で守られた防壁は、新品と全く見分けがつかない。



 老漁師アビエースが交渉し、ホールマ漁協の駐車場に停めさせてもらえた。

 ジョールチとDJレーフは念の為、運び屋フィアールカから借りた【化粧】の首飾りで顔を誤魔化す。


 相談の結果、最初の情報収集には、レノ、ジョールチ、アゴーニ、パドールリクの四人で行くことになった。

 住民の大半が湖の民だと聞いたが、商店街は、様々な髪色の買物客で賑う。


 ……こっちにも、クーデターから逃げて来た人の仮設住宅とかあるのか?


 魚屋は勿論(もちろん)、八百屋の店先にも、品物がたっぷりあった。

 「南岸や西岸と違って、人口の急増による食糧難からの物価高騰は、なかったようですね」

 パドールリクが、長い商店街の中程で、誰にともなく呟いた。

 食料品店に限らず、あらゆる品物が潤沢にある。工業製品は、リャビーナ市と同じで、湖東地方からの輸入品が多かった。


 「ここ、物資が足りてるから、物販しても売れなさそうですね」

 「足りない所に持って行く方が喜ばれるし、ムリに投げ売りする必要はないよ」

 レノが、我知らず声を落とすと、パドールリクが励ましてくれた。


 ホールマ市の商店街には、「少量の商品に群がり、怒号が飛び交う人垣」など、ひとつもなかった。

 クーデター直後の首都クレーヴェルや、避難民が大量に流入したレーチカ市、ギアツィント市などで、毎日のように目にした殺伐とした光景が、ここにはない。


 どの店も、客と店主が少人数で、和やかに談笑しながら売買する。

 物価は、開戦前がどうかわからない為、比較できないが、現在のリャビーナ市より二割くらい安かった。


 商店街のそこかしこで、のんびり世間話をする人の輪がある。

 女性五人組が、膨らんだ布袋を両手に提げ、晴れ晴れとした笑顔で歩く。

 「小麦粉は、やっぱりこっちの方が安かったわね!」

 「車出してもらえて、助かっちゃった。ありがとね」

 「燃料はリャビーナが安いのね」

 「ガソリン代、ホントに小麦粉とオリーブ油でいいの?」

 「足りなかったら遠慮しないで言ってね」

 「ウチも、子供の面倒みてもらったりとか、助けてもらってるし、お互い様よ」

 「そんなコト言わないで! 後で清算するから!」



 「そっか。車持ってるモンが、買出しに来てンだな」

 葬儀屋アゴーニが、(しき)りに頷いて合点した。


 レノたちは商店街の端まで行って折り返す。

 住民は、湖の民の方が多いと言うのは、呪医セプテントリオーの記憶通りのようで、店主も従業員も、緑髪ばかりだ。

 だが、買物客は、半分くらいが様々な髪色をした陸の民で、マフラーをしっかり巻いて、コートを着込んだ力なき民もそこそこ居る。

 これでは星の(しるべ)や、隠れキルクルス教徒が紛れ込んでも、わからないだろう。


 ジョールチが何か言いたそうな顔をしたが、国営放送アナウンサーの彼がここで声を出せば、これまでとは別種の騒動になるかもしれない。

 レノは、リャビーナ市内の駐車場で、夜明けの少し前に不審者が来た件を思い出し、気を引き締めた。



 新鮮な冬キャベツとリンゴを買って、みんなの待つトラックに戻った。

 漁協の駐車場は、漁村の卸売と鮮魚店の仕入れで、早朝には込むと聞いたが、今の時間帯はガラガラだ。

 架空の運送会社に擬装した移動放送局のトラックと、これまた架空企業の社用車に化けたFMクレーヴェルのワゴン車以外は、職員の車が二台だけ停まる。


 トラックの隣の区画に簡易テントと長机を置いて、ピナたちが、ラゾールニクと料理の準備中だ。

 「ただいまー」

 「おかえりー」

 「キャベツ安かったぞ」

 「えッ? スゴーい!」

 「こんなおっきいの、久し振りに見た」


 取敢えず三玉買ったが、どれも大人の頭くらいある。


 「こんだけあったら色々作れるねー」

 「なに作ろっかなー?」

 「私、キャベツと干し肉のスープがいいなー」

 ピナとティス、アマナが、キャベツを囲んで瞳を輝かせる。

 ラゾールニクが、片手で持って重さを確め、何度も頷いた。


 「坊主たち、どこ行ったんだ?」

 アゴーニが荷台を覗いて首を(ひね)る。中からDJレーフの声が答えた。

 「干物作るの手伝いに漁協の工場へ行きましたよ」

 「バイト?」

 「工場のおばちゃんに声掛けられて、アビエースさんとアウェッラーナさんと、メドヴェージさんとモーフく……」

 「干物? 坊主に作れンのか?」

 「さぁ?」


 トラックでも、薬師(くすし)アウェッラーナと老漁師アビエースが魚を獲って、(さば)いて干物にしてくれるが、乾かす工程はいつも魔法だ。

 メドヴェージはどうか知らないが、モーフはレノたちと出会うまで、魚を見たこともなかった。一緒に暮らすようになってからも、一度も魚を捌いたことがない。


 レノもうっすら心配になった。

 「えぇっ? 大丈夫なのか?」

 「アビエースさんたちが一緒だし、大丈夫だろ」

 荷台から降りて来たクルィーロに軽く言われ、何となく納得して夕飯の準備に加わった。

☆バザーでの商売のコツ……「1116.買い手の視点」「1140.自活力の回復」「1141.帰らない日々」参照

☆ラゾールニクは、もうしばらく一緒……「1472.別行動の報告」参照

☆運び屋フィアールカから借りた【化粧】の首飾り……「1472.別行動の報告」参照

☆夜明けの少し前に不審者が来た件……「1470.見張りの変更」参照 発信機


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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