表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1535/3514

1495.難民の慰霊祭

 冬枯れの梢を抜け、薄青い空へ歌声が上る。

 針子のアミエーラは、歌い手の一人として、呪文と呪印が刺繍された衣に身を包み、力ある言葉で(うた)う。



 「草揺(くさあゆ)く 有情(うじょう)直身(ひたみ) 火宅(ひのいえ)(えにし) 空解(そらど)

  退方(そきえ)への旅路の扉 開かれて

  生世(いけるよ)の水この限り 浮世の岸を別れ()

  終道(ついのみち) 導く蝶の白き(はね) 引手(ひきて)(たずさ)え 魂離(たまさか)

  五百(いお)約定(やくじょう) 消果(きえは)てて 道の枝折(しおり)に 夢見鳥(ゆめみどり)

  (みな)いずれ 会わんと向かう 限旅(かぎりのたび)へ」



 呪歌を先導するのは、難民キャンプで暮らす【導く白蝶】学派の者たちと、パテンス市の神殿から来てくれた神官だ。


 死者の魂が迷わず逝けるように送り出す【導く(はね)】は、本来、葬儀で(うた)われる呪歌だが、難民キャンプ開設間もない混乱期に亡くなった人々には、充分なことができなかった。

 当時は、魔物対策で遺体を灰にし、【魔道士の涙】を回収するだけで精一杯。魔哮砲戦争の開戦から、二年と少し経った今日、ようやく合同慰霊祭を執り行えた。


 参列者は、アミトスチグマ王国が開設した難民キャンプで暮らす人々と、アミエーラたち支援者、パテンス神殿の神官と信徒会の有志たちだ。

 突然の空襲で理不尽にすべてを奪われた人々と、故郷への帰還を果たせず、ここで生涯を閉じた人々の魂の平安を祈って(うた)う。



 難民キャンプの墓地は、五区画毎に一ケ所設けられた。

 墓地と言っても、家名や個人名を刻む墓標などはない。

 丸木小屋の中に棚を作り、瓶に詰めた遺灰を納めただけだ。救援物資でもらった飲料の空き瓶を間に合わせに使う。

 平和を取り戻せた暁には、せめて遺灰だけでも、祖国に連れて帰りたいとの思いで建てられた。油性マジックで呼称を書いた瓶が、所狭しと並ぶ。


 餓死や凍死はなかったが、病気や慣れない建築作業での事故や魔物など、他に命を失う原因は幾つもあった。


 いずれも、戦争さえなければ、失われずに済んだ命だ。


 墓地の小屋ができる前は、家族や友人知人が、遺灰の瓶を荷物と一緒に持って暮らした。天涯孤独の者の遺灰は、集会所の片隅に置かれ、僅かな所持品は、同じ小屋で暮らした者たちで分配したと言う。

 これからは墓地の小屋に安置され、死者が、日常からほんの少し遠ざけられる。



 アーテル軍の空襲が鳴りを潜め、ネモラリスの首都クレーヴェルで、クーデター後も続いた戦闘も落ち着き、難民の流入が大幅に減った。


 難民キャンプは現在、三十区画ある。アミエーラたち慰霊の一行は、三番目の墓地に移動した。今日一日で六ケ所を回る。


 集まった百人足らずの遺族らが、神妙な面持ちで一行を迎える。

 喪服姿の者は一人も居ない。逃れて来た当時の服か、救援物資の古着だ。


 「望まぬ(いくさ)に巻き込まれ、異土(いど)で果てたご無念、いかばかりかと存知ます」


 緑髪の神官が、遺灰を納めた小屋に向かってお辞儀する。

 「大変遅くなりまして恐縮ですが、改めて、みなさまの魂の平安をお祈り申し上げます。秦皮(トネリコ)の大樹の葉蔭に(いだ)かれ、乾きから守られ、苦しみから解き放たれますように」

 遺族らが、故人と故郷への思いを新たに涙ぐむ。

 力ある民は、神官が持参した【魔力の水晶】に祈りと魔力を籠められるが、力なき民にはそれも叶わない。

 彼らを遠巻きにして、同じ身の上の者同士で故人を(しの)ぶ。


 今日は、平和の花束のアルキオーネは来なかった。いつもは【道守り】の手伝いに来るが、フラクシヌス教の慰霊祭に参列するのは、気が引けるのだろう。

 祖国を捨てても、平和の花束の四人がアーテル出身なのは、変わらない。

 出身地を気にせず、彼女らがネモラリス人と打ち解けて話せる日は、来るのか。


 ……でも、みんな元は同じ「ラキュス・ラクリマリス共和国人」だったのにね。


 それが、ほんの三十年程前、ネモラリス人、ラクリマリス人、アーテル人、リストヴァー自治区民、ランテルナ自治区民に分断されてしまったのだ。

 半世紀も続いた内戦を終わらせる為、信仰と望む政体、魔力の有無で国を分け、一部は居住地まで住み分けた。

 当時は、ラクエウス議員をはじめ、国を動かす偉い大人たちが、最良の手段だと思って、地図を書き換えた筈だ。


 それなのにたった三十年で、また戦争が起きてしまった。


 ロークたちが調査したアーテルの報告書を何度読み返しても、アミエーラには何故、戦争しなければならなかったのかわからない。

 アーテル人の中にも、平和を望む者が居るとわかったのは救いだが、それを大っぴらに言えない空気があるのが、()()なかった。



 手向(たむ)ける花のない季節の慰霊祭はすぐ終わる。

 一日で六ケ所回ることもあり、遺族らは神官に死者への思いを一言ずつ語ると、三々五々散ってゆく。

 ここには電気、ガス、水道などがない。

 日々の暮らしは思いの(ほか)、忙しいのだ。

 難民は、力ある民より、力なき民が多いこともあり、水汲みや(たきぎ)拾い、(まき)割りなど、生きてゆく為にしなければならないことが、山のようにある。しかも、魔法が使えなければ、ひとつひとつが重労働だ。


 参列者が少ないのは、故人を偲んで嘆き悲しむ暇もないからだ。



 「そりゃ、気の毒だけど、灰が残っただけでもマシだと思わないと」

 「ウチの子は魔獣に食われちまって、髪の毛一本、残っちゃいねぇ」

 周囲の者が、幼い娘を病気で亡くして泣く女性に慰めにもならないコトを言う。

 アミエーラの父は、大火の最中(さなか)にはぐれ、生死も定かでない。


 「今日は悲しみに蓋をせず、故人の為に涙を流してもいいのですよ」


 神官の静かな声で、あちこちからすすり泣きが起こった。

☆餓死や凍死はなかった……「805.巡回する薬師(くすし)」→「0986.失業した難民」参照

☆慣れない建築作業での事故や魔物など……「738.前線の診療所」「739.医薬品もなく」「775.雪が降る前に」「0986.失業した難民」参照

☆【道守り】の手伝い……「804.歌う心の準備」「927.捨てた故郷が」~「929.慕われた人物」参照

☆アミエーラの父は、大火の最中にはぐれ、生死も定かでない……「0054.自治区の災厄」「0172.互いの身の上」「0187.知人との再会」参照


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ