1495.難民の慰霊祭
冬枯れの梢を抜け、薄青い空へ歌声が上る。
針子のアミエーラは、歌い手の一人として、呪文と呪印が刺繍された衣に身を包み、力ある言葉で謳う。
「草揺く 有情の直身 火宅と縁 空解け
退方への旅路の扉 開かれて
生世の水この限り 浮世の岸を別れ往く
終道 導く蝶の白き翅 引手携え 魂離る
五百の約定 消果てて 道の枝折に 夢見鳥
皆いずれ 会わんと向かう 限旅へ」
呪歌を先導するのは、難民キャンプで暮らす【導く白蝶】学派の者たちと、パテンス市の神殿から来てくれた神官だ。
死者の魂が迷わず逝けるように送り出す【導く翅】は、本来、葬儀で謳われる呪歌だが、難民キャンプ開設間もない混乱期に亡くなった人々には、充分なことができなかった。
当時は、魔物対策で遺体を灰にし、【魔道士の涙】を回収するだけで精一杯。魔哮砲戦争の開戦から、二年と少し経った今日、ようやく合同慰霊祭を執り行えた。
参列者は、アミトスチグマ王国が開設した難民キャンプで暮らす人々と、アミエーラたち支援者、パテンス神殿の神官と信徒会の有志たちだ。
突然の空襲で理不尽にすべてを奪われた人々と、故郷への帰還を果たせず、ここで生涯を閉じた人々の魂の平安を祈って謳う。
難民キャンプの墓地は、五区画毎に一ケ所設けられた。
墓地と言っても、家名や個人名を刻む墓標などはない。
丸木小屋の中に棚を作り、瓶に詰めた遺灰を納めただけだ。救援物資でもらった飲料の空き瓶を間に合わせに使う。
平和を取り戻せた暁には、せめて遺灰だけでも、祖国に連れて帰りたいとの思いで建てられた。油性マジックで呼称を書いた瓶が、所狭しと並ぶ。
餓死や凍死はなかったが、病気や慣れない建築作業での事故や魔物など、他に命を失う原因は幾つもあった。
いずれも、戦争さえなければ、失われずに済んだ命だ。
墓地の小屋ができる前は、家族や友人知人が、遺灰の瓶を荷物と一緒に持って暮らした。天涯孤独の者の遺灰は、集会所の片隅に置かれ、僅かな所持品は、同じ小屋で暮らした者たちで分配したと言う。
これからは墓地の小屋に安置され、死者が、日常からほんの少し遠ざけられる。
アーテル軍の空襲が鳴りを潜め、ネモラリスの首都クレーヴェルで、クーデター後も続いた戦闘も落ち着き、難民の流入が大幅に減った。
難民キャンプは現在、三十区画ある。アミエーラたち慰霊の一行は、三番目の墓地に移動した。今日一日で六ケ所を回る。
集まった百人足らずの遺族らが、神妙な面持ちで一行を迎える。
喪服姿の者は一人も居ない。逃れて来た当時の服か、救援物資の古着だ。
「望まぬ戦に巻き込まれ、異土で果てたご無念、いかばかりかと存知ます」
緑髪の神官が、遺灰を納めた小屋に向かってお辞儀する。
「大変遅くなりまして恐縮ですが、改めて、みなさまの魂の平安をお祈り申し上げます。秦皮の大樹の葉蔭に抱かれ、乾きから守られ、苦しみから解き放たれますように」
遺族らが、故人と故郷への思いを新たに涙ぐむ。
力ある民は、神官が持参した【魔力の水晶】に祈りと魔力を籠められるが、力なき民にはそれも叶わない。
彼らを遠巻きにして、同じ身の上の者同士で故人を偲ぶ。
今日は、平和の花束のアルキオーネは来なかった。いつもは【道守り】の手伝いに来るが、フラクシヌス教の慰霊祭に参列するのは、気が引けるのだろう。
祖国を捨てても、平和の花束の四人がアーテル出身なのは、変わらない。
出身地を気にせず、彼女らがネモラリス人と打ち解けて話せる日は、来るのか。
……でも、みんな元は同じ「ラキュス・ラクリマリス共和国人」だったのにね。
それが、ほんの三十年程前、ネモラリス人、ラクリマリス人、アーテル人、リストヴァー自治区民、ランテルナ自治区民に分断されてしまったのだ。
半世紀も続いた内戦を終わらせる為、信仰と望む政体、魔力の有無で国を分け、一部は居住地まで住み分けた。
当時は、ラクエウス議員をはじめ、国を動かす偉い大人たちが、最良の手段だと思って、地図を書き換えた筈だ。
それなのにたった三十年で、また戦争が起きてしまった。
ロークたちが調査したアーテルの報告書を何度読み返しても、アミエーラには何故、戦争しなければならなかったのかわからない。
アーテル人の中にも、平和を望む者が居るとわかったのは救いだが、それを大っぴらに言えない空気があるのが、遣る瀬なかった。
手向ける花のない季節の慰霊祭はすぐ終わる。
一日で六ケ所回ることもあり、遺族らは神官に死者への思いを一言ずつ語ると、三々五々散ってゆく。
ここには電気、ガス、水道などがない。
日々の暮らしは思いの外、忙しいのだ。
難民は、力ある民より、力なき民が多いこともあり、水汲みや薪拾い、薪割りなど、生きてゆく為にしなければならないことが、山のようにある。しかも、魔法が使えなければ、ひとつひとつが重労働だ。
参列者が少ないのは、故人を偲んで嘆き悲しむ暇もないからだ。
「そりゃ、気の毒だけど、灰が残っただけでもマシだと思わないと」
「ウチの子は魔獣に食われちまって、髪の毛一本、残っちゃいねぇ」
周囲の者が、幼い娘を病気で亡くして泣く女性に慰めにもならないコトを言う。
アミエーラの父は、大火の最中にはぐれ、生死も定かでない。
「今日は悲しみに蓋をせず、故人の為に涙を流してもいいのですよ」
神官の静かな声で、あちこちからすすり泣きが起こった。




