1492.【召喚】の術
クルィーロがレノと手を繋ぎ、葬儀屋アゴーニがソルニャーク隊長の手を取ってランテルナ島へ跳んだ。
地下街チェルノクニージニクの呪符屋へ行くと、薬師アウェッラーナから聞いた前回の様子とは打って変わって、客が居ない。
店番のロークが、注文した呪符を棚から出しながら言う。
「本当だったら、今週の日曜が大統領選挙の投票日だったんですけどね。延期が発表された途端、銀鱗の虫魚が涌かなくなったらしくて、もうすぐ駆除が終わるそうです」
「君が直接、現地で確認したワケではないのだな?」
ソルニャーク隊長に聞かれ、ロークは品出しの手を止めて振り向いた。
「プロのお客さん……魔獣駆除業者の人たちと、クラウストラさんから聞きました。後で報告書ももらえると思いますよ」
「素人でも倒せる奴が居なくなったから、俄か駆除屋の連中、とっととすっこんだのか」
葬儀屋アゴーニが、現金な奴らだと苦笑する。
「投票して欲しくない人が、召喚したってコト?」
「誰が、どんな手段で召喚したか、まだわからないんです」
ロークが、クルィーロに申し訳なさそうな声で返す。
「その言い方……アクイロー基地で使った呪符以外の手段があるのか?」
ソルニャーク隊長が、カウンターに身を乗り出した。
ロークは隊長に向き直り、指折り数えながら説明する。
「ゲンティウス店長に教えてもらったんですけど、【召喚符】の他にも自分で床や地面に魔法陣を描いて呪文を唱える方法と、【召喚布】って言う……【召喚】の魔法陣を刺繍や染織で組込んだ魔法の道具を使ったり、生きた人間を異界への扉に変える魔法とか……えっと、後もうひとつ何だったっけ? まぁ何せ、色々あるそうです」
「何故、そんなにも……」
キルクルス教徒のソルニャーク隊長が言葉を失うと、アゴーニが死者の魂を送る【導く白蝶】学派の術者として答えた。
「俺が生まれるよりずーっと昔、色んな学派の連中が、うっかりこっちに迷い出た化け物に“穏便にお引き取り願う方法”をあれこれ調べたんだとよ」
「えっと……【送還】の術……でしたっけ?」
クルィーロが子供の頃、魔法の塾で習った記憶を引っ張り出すと、五百年以上この世に留まり続ける魔法使いの大先輩は、にっこり笑った。
「そうだ。専門外なのによく知ってンなぁ。【召喚符】と【召喚布】にゃ、対になる【送還符】と【送還布】がある」
それは初耳だが、塾をサボったせいかもしれない。
「で、魔法陣は、別の呪文で逆に作用させりゃ、【送還】に早変わりだ」
「送り返す方法を調べてたのに……何で呼び出す魔法ができるんです?」
レノが難しい顔で聞く。
「そりゃおめぇ、何でこっち来やがンのか原因調べて、どうやって出て来ンのか手段調べて、ホントにその仮説でいいか、再現実験すりゃ、あっちの世界からこっちの世界へ、“化け物ご一行サマご案内の魔法”いっちょ上がりって寸法よ」
「えぇッ? じゃあ、先に【召喚】の術ができたんですか?」
クルィーロが驚くと、アゴーニはいつになく重々しく頷いた。
「そいつを逆に作用させて、送り返す術ができるまで、色々大変だったらしいけどな」
「そんな難しい術なんですか?」
アゴーニは、クルィーロに残念なモノを見る目を向けた。
「化け物どもが、長ったらしい呪文ちんたら唱えンの、大人しく待っててくれるワケねぇだろ」
「あッ……そう言えば、【急降下する鷲】学派の呪文ってどれも短いですね」
クルィーロは、恥ずかし紛れにロークが淹れてくれた紅茶に口をつけた。
ロークが、棚から出した呪符をカウンターに並べ、注文のメモと照合する。
「まぁ、そう言うこった。実験しようにも、食われそうンなった研究者が逃げたり、用心棒が化け物倒しちまったりして、なかなか進まなかったらしい」
「えぇッ? じゃあ、呼ぶ方の魔法はどうなんです?」
レノが驚いて聞く。
「呼ぶ時は、まだこっちに居ねぇんだから、呪文がどんだけ長かろうが、邪魔されねぇし、のこのこ出て来やがったモンは、横で待ち構えてた魔法戦士が始末してオシマイだよ」
「あぁー……」
一同の納得の声が下がり、床に落ちる。
「誰かわかんないけど、銀鱗の虫魚をいっぱい呼び出した目的は、選挙の妨害に見せ掛けて別のコトだったりしないかな?」
レノが不意に顔を上げて、みんなを見回した。
「あまりに露骨過ぎるから、隠蔽工作の可能性があると言うのだな?」
「駆除が終わってみんなが安心して、駆除屋さんがランテルナ島に帰って、油断した途端、またドバーとか」
「その可能性もあるな。その場合、教会など、人が集まる場所を狙うだろう」
ソルニャーク隊長が、眉ひとつ動かさずに恐ろしい推測を述べる。
……戦闘ガチ勢の発想って、魔術の知識なくてもエグいな。
クルィーロは予想外の方向から、ネミュス解放軍とネモラリス憂撃隊の危険性を思い知らされた。
ネミュス解放軍は、ウヌク・エルハイア将軍と言う強力な指導者を戴く。
だが、クーデター初期には、連絡手段が確立されておらず、指揮系統が曖昧で混乱が生じた。
そもそも、ウヌク・エルハイア将軍自身が望んでネミュス解放軍を組織したのではない。クーデター発生後、指導者として祭り上げられ、事態を収拾する為に仕方なく引受けたと言う。
解放軍の兵士全員が、ウヌク・エルハイア将軍に心酔して盲従するなら、ある意味、安心だが、実際は一枚岩ではない。
余計な気を回した結果、将軍に無断でリストヴァー自治区に進軍したクリュークウァ支部長カピヨーの例もある。
ネモラリス憂撃隊には、正式な「指導者」が居ない。
一応、警備員オリョールが代表者のような立ち位置だったが、アクイロー基地襲撃作戦の件を見た限り、彼には武装ゲリラを統率する気はなく、その器もなさそうだ。
一度だけマスコミに声明文を送りつけたが、その後は犯行声明など一切、出さない。アーテル領内で発生する事件や、魔獣の出現にどこまで関与したのか、全くわからなかった。
……憂撃隊だったら多分、あの小さい呪符職人が【召喚符】をいっぱい作ったんだろうけど。
「ネモラリス憂撃隊が、アーテルの大統領選挙を邪魔する理由って、何かありますか?」
クルィーロが他の四人を見回すと、レノが真っ先に頭を抱え、葬儀屋アゴーニが難しい顔で動きを止めた。
☆薬師アウェッラーナから聞いた前回の様子……「1442.大繁盛の理由」参照
☆今週の日曜が大統領選挙の投票日だったんですけどね。延期が発表……「1478.葬儀屋の買物」参照
☆アクイロー基地で使った呪符……「460.魔獣と陽動隊」参照
☆自分で床や地面に召喚の魔法陣を描いて呪文を唱える方法……「虚ろな器(https://ncode.syosetu.com/n6611cp/)」の「39.呪縛」「40.共闘」「41.犯罪」「43.夕闇」「44.推理」参照。
銀鱗の虫魚の初出もこの話です。
☆【送還布】……「黒い白百合(https://ncode.syosetu.com/n5910dd/)」の「42.対策会議」「47.突入準備」「48.呪符発動」「49.魔物の力」参照
☆生きた人間を異界への扉に変える魔法……「531.その歌を心に」参照
☆「【急降下する鷲】学派の呪文ってどれも短い」の例
【風の矢】風束ね 空を弓とし 矢と番え 狙い違わず 敵を撃つ……「488.敵軍との交戦」参照
【光の槍】想い磨ぎ 光鋭き槍と成せ……「523.夜の森の捕物」参照
※「長い呪文ちんたら」の例
【渡る白鳥】学派の【使い魔の契約】……「776.使い魔の契約」参照 これを十二回唱える。
紐の緒のい繋る彼我の和び結
言結び 絆ぐ軛に接なる汝
我が為る掟つ言の葉絡ぶ魔に
服い従け
地に在りて 接なり続ぐ組の結
従き順え 我が力 汝に属る
我が言に和び諾え
水の中 隷い属げ彼我の結
従き属なれ魔の軛 隷い従け
空に舞い 連び絡がれ
火に躍り い繋る結は 何処にも 連び接なれ
我を汝の主とし調れよ伏え 翼け成せ
☆クーデター初期(中略)実際は一枚岩ではない……「921.一致する利害」参照
☆ネモラリス憂撃隊には、正式な「指導者」が居ない
名もなきゲリラ時代……「254.無謀な報復戦」「358.元はひとつの」「510.小学生の質問」「770.惜しくない命」参照
ネモラリス憂撃隊時代……「837.憂撃隊と交渉」「838.ゲリラの離反」参照
☆アクイロー基地襲撃作戦の件……「470.食堂での争い」「471.信用できぬ者」参照
☆一度だけマスコミに声明文を送りつけた……「618.捕獲任務失敗」参照




